第10話(4)
そこは真っ白な世界だった。眩しくて目を開けたら、光ばかりで何も見えない。ずっと感じていた痛みも息苦しさもない。
――――あれ……。俺もしかして、死んだのか?
「冗談じゃない! 美月に会いに行ってない!」
「はいはい、先輩の気持ちはよくわかりましたから」
「え……」
体を動かさそうとしたが、重くてうまくいかない。ようやく手を光にかざすと、ぼんやりと天井が見えた。
「目、覚めました? 手術は無事終わりましたよ」
「三条……」
俺は病院のベッドに寝かされていた。腕に点滴、腹になにやら入れ込まれていて動けない。
「手術したのか……」
「お腹、刺されましたからね。でも、深い傷ではなかったようです。日ごろの鍛錬のお陰でしょう」
「奴はどうした? 捕まえたのか?」
俺は色々思い出した。確か逃げたチンピラを捕まえて、そこに突然現れた男に俺は刺されたのだ。
「もちろん。てか、近くにいた大学生たちが協力してくれました。やっぱ若いってすごいですね」
「そうなんだ……」
「先輩が睨んだとおり、ヤクがらみでしたよ。今、豊島さんが取り調べ中です。刺した奴も仲間みたいで。お手柄でしたよー」
こんな痛い目にあってお手柄もないもんだ。
「そうかよ。それは良かったな」
「都並班長も、手術終わるまでいたんですよ。すごく心配してました」
「え、そうなのか。それは……心配かけてしまったな」
俺の失態でこうなってるのに、申し訳ない。それに三条にも迷惑をかけてしまった。ずっと付いててくれたのか。ベッドから見える時計では、深夜を過ぎている。
「すまなかったな。こんな遅くまで。親に連絡とかいったのかな」
「はい、もちろん。お母さんが来られると思いますよ」
来ると言っても、早くて明日の午後だろうか。親に心配かけるなんて、みっともないこと甚だしいよ。母さんもびっくりしただろうな。
「先輩は彼女に来て欲しいでしょうけど」
「あほかっ」
そうだ、あろうことか俺はこいつの前であほなことを口走ってしまったんだ。なんちゅう体たらく。
「大丈夫ですよ。誰にも言いませんからあ」
「なっ、てめ……いてっ!」
動こうとしたら、てきめん腹が痛い。麻酔が切れかけてるんだろうか。
「あ、痛かったらここ押すんですよ。セルフ麻酔。痛み和らぎます」
「あ、そうか。ありがとう」
どうやら当分、大人しくするしかないらしい。その後、執刀医がやってきて俺に色々説明していった。最低でも2週間は入院が必要らしい。こんなところで休みをもらえるとは考えてもみなかった。
夏祭りで逮捕した若い連中の大方は、ただの不良高校生だった。だが、逃げた奴と俺を刺したのは違う。所謂売人ってやつだ。
不良高校生を媒介に善良な子供たちにも売り捌こうとしていたらしい。それを偶然とは言え未然に防いだんだ。俺がけがをしたことを差し引いても、十分な成果があっただろう。
駆け付けてくれた母親に頼んで、入院の手続きや色々を整えてもらった。術後の経過も悪くなく、思いのほか穏やかに日々が過ぎた。
病院には様々な人が見舞いに来てくれた。家族はもちろん、班長初め都並班の面々も忙しいなか顔を見せてくれた。
「不祥事刑事なんて噂もあったが、お手柄を引き当てる幸運と死なない悪運の持ち主だったようだな」
「えー、それは酷いなあ」
「いや、褒めてるんだ」
郷田さんや佐々木さん、杉本さんからはそんな皮肉ももらったが、慣れない花なんか持って来て気を使わせてしまった。三条からはみんな本気で心配していたのだと聞かされ、本当に都並班の一員になれたんだと感慨深い。
そして何よりも驚いたのは……。




