第10話(1)
S市では、お盆にかけて地方ごとに夏祭りが開催される。住宅街では中央にある公園で夜店が出たり盆踊りを踊ったり。地元の集落なら神社で同じような催しが開催され、どこも老若男女が集う。
最も人が集まるのは、御蔵駅周辺で開催される『おいで祭り』で、最終日に行われる花火大会は市を挙げてのイベント。相当盛り上がるらしい。
「お祭りは嫌いじゃなかったんですけどね」
こんな日でも、いや、こんな日だからこそ俺たちは仕事に忙しい。目立たない恰好で治安を乱すものがいないか見回りだ。
「今は嫌いってわけか」
「うんざりですよ。酔っ払いの喧嘩や迷子……スリに痴漢となんでもありだ。あ、綿菓子くらい食べてもいいですよね?」
「駄目に決まってるだろ」
屋台に突撃しようとした三条を引き留める。ちょっと前まではこういう場所でデートしたりナンパしてたんだろう。気持ちはわかるが業務に勤しんでもらわなければならない。
「ええー。残念」
「残念言うな」
Tシャツにデニム、それに薄手のジャケットを羽織っている。一目では刑事とわからない格好だ。だが、任務中であることに間違いはない。
「でも先輩だって、こういう場所に例の彼女と歩きたいでしょ?」
「はあ? 何言ってんだ。そんなの、夢のまた夢の話だよ。外出許可が下りるのももっと先だし、出たとしても俺と一緒にいたいとは思わんだろ」
「そうですか? 相思相愛じゃないですか」
「な、何を根拠に、あほかっ」
「いてっ。もうすぐはたく」
あの夜、すっかり眠りこけていた三条の隣で、俺は一人でお茶漬けを食べていた。こいつが眠ってからも、俺は一人であの日々のことを思い返していたが、もちろん口にはしていない。恐らくこいつの意識があったのは、美月が任意同行されたまでくらいだったと思われる。
『そうかあ。彼女、先輩のことが好きなんですね』
目を覚ました三条は開口一番俺に言った。どんな脈略でそうなったのか。多分、夢でも見たんだろう。俺は呆れて、再びお品書きではたく。それでも俺は、三条がなにかぶつくさ言いながらお茶漬けを食べるのを待ってやり、解散となったのだ。
「絶対、彼女は先輩のこと好きだと思いますよー。今度はいつ行くんですか?」
「どんな楽しい夢を見たのか知らんが、俺の過去にそれを根拠とするストーリーはない。それに俺がいつ行くかなんて、おまえに教えるわけないだろ」
実際、先回の別れ際がなんとなくしっくり来ていない。何が不満なのか、美月はムッとして面会室を去ったのだ。
『またね。楽しい事件、待ってるから』
その楽しい事件も全然起こっていなかった。
「花火、そろそろうち上がりますかね」
「そうだな。始まってしまえばヤバい事件も起こらないだろう」
俺たちは暗くなってきた空を見上げ、うち上がる花火を待った。けれど俺たちのささやかな願いは、花火のように儚く消えた。まだうち上がってもいないのに。




