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第9話(9)


 人殺し……。美月ははっきりとそう言った。俺は彼女を穴が開くほど見つめる。美月の薄紅色の頬に涙が伝っていくのが見えた。初めて見る彼女の涙だった。息を止める瞬間。


「美月、泣くな。一緒に死にたいのなら、俺は死んでやるよ。だけど、君は生きていてくれ。俺の命をあげるから、だから生きていてくれ。どんなに苦しくても辛くても……」


 気付けば彼女を抱きしめていた。フローラルな香りが俺の鼻腔に飛び込んでくる。美月の痛み、苦しみ、何も俺にはわかっていない。何不自由なく生きてきたはずの美月。人よりも優れた知能と容姿を持ち、暖かい家庭に恵まれていた。君には明るい未来しか見えなかったはずだ。

 そうだよ、約束された未来。それなのに、何故……君は森崎を殺さなければならなかったのか。どうして今、死を望むのか。


 ――――だけど、そんなことはもうどうでもいい。


「君のいない世界を、俺は許せない……から」


 自分の言葉に酔っているのか。俺は涙が流れて流れてどうしようもなくなってしまった。腕の中で美月は動かない。ただ、俺がしゃくりあげながら垂れ流す言葉を聞いていた。


「風間さん……不思議ね。あなたの言った言葉。半年も前に同じことを聞いたわ」

「え……それは」


 どのくらいそうしていただろう。めそめそと泣く俺の耳に、美月の透き通った声が聞こえてきた。俺は、われに返ったように、そっと腕を放す。


「私……とんでもないことをしてしまった。なんで、そんな簡単なこと気付かなかったんだろう」

「美月、なにを言ってるんだ……」

「風間さん、私、やっとわかった」

 

 赤い目に鼻の頭も少し朱色に染まってる。彼女も俺の腕のなかで泣いていたんだ。けれど、随分とさっぱりしたような様子で彼女はそう言った。


「なにを、わかったんだ?」

「私を署に連れて行って。風間さんが説得してくれたってことにすれば、辞職しなくてすむでしょ?」


 思わぬ返しだった。


「なに言いだすんだ! そんなことするくらいなら俺と逃げよう。これでも刑事だ。君一人を逃がすくらいなんでもない」

「違うの。私のするべきことがわかった。先生が考えていたことも……」


 もう一度彼女の腕を握り、揺らしながら叫ぶ俺に、彼女は笑みを浮かべる。全てを悟ったような言い方、何が何だかわからない。


「やめてくれ。君が出頭するなんて、俺は絶対に嫌だっ」


 美月は困惑した表情を見せた。そして、一筋の涙が伝う。それはさっき見せた諦めの涙でなく、答えにたどり着いたような安堵。ずっと探していた答えを見つけたような……俺にはそう見えた。


「ありがとう。でも、これでいいんだよ。これが私に残された、たった一つの正しい事なんだよ」




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