第9話(7)
それから時間は掛からなかった。美月が重要参考人に格上げされるまでは。
容疑者にアリバイがないとなると、警察は徹底的に調べる。美月の家から森崎のアパートまでの防犯カメラというカメラ、全てを調べ、その道筋の住人にも聞き込みをした。場所と人物像を特定すれば造作もない。犯行当日、美月が教師の住むアパート方面へ向かう映像が出た。
「これで引っ張れるな。だが、相手は未成年だ。慎重にな」
藤井さんが俺達藤井班の面々に言う。声は大きくないが力強い。自信を持った瞬間だ。
「風間。おまえは外れろ」
「え……どうしてですか?」
これから任意の形式ではあるが、彼女に同行を願おうという時、藤井班長から戦力外通告をされた。どうしてですか、と聞いたものの、理由はわかっていた。
「自分の胸に聞いてみろ」
聞かなくたってわかる。大体今から、俺はみんなより先回りして彼女と落ち合う気満々だったんだ。外されたのはむしろ好都合だった。
「わかりました」
不承不承な態度を取り、俺はフロアを出る。そして急いで彼女の元へと向かった。
平日の夕方だ。学校での逮捕はさすがにマズイので、班長達は自宅に向かうはず。けれど、既にもう美月は家にいない。俺は彼女の逮捕が近いことを感じていた。それが今日であることも驚いてはいない。だが、間に合ってよかった。
「美月っ」
「風間さん……こんなところに呼び出して、何の用? あなたに絵の趣味があるとも思えないけれど」
「デートの場所としてはいいだろう。いや、冗談言ってる場合じゃなかった」
美月は美術館にいた。中核都市にしては立派な美術館だが、平日のこんな時間に訪れる人はまばらだ。
「今、班長達が君の家に向かってる」
「ああ……そうなんだ」
「落ち着いてる場合か。俺と逃げよう」
「は? そっちこそ何言ってるの?」
「いいから、来てっ」
俺は乱暴に彼女の腕を取った。細くて白い腕。強く力を入れると折れてしまいそうだ。
「気は確かなの?」
「確かなわけないだろっ」
引きずるように彼女を連れ、車に押し込んだ。まるで誘拐だ。いや、誘拐でも構わない。その方が、彼女にとって有利であれば。
「君が捕まるのを黙って見ていられないんだ。俺は君を最後まで守る」
車を走らせながら、俺は叫んだ。前を向いているから美月の表情はわからなかったけど、静かに息を呑むのが聞こえた。その後は、ずっと黙ったまま。車内は重苦しい沈黙に包まれた。
「ほんとに……馬鹿だったんだ」
重すぎる空気に耐えられなくなったのか、美月はぽつりとつぶやいた。
「何とでも言え」
「でも、何故? あなたは曲がりなりにも刑事でしょ」
「曲がってなくても刑事だよ」
さっきからマナーモードにしてるスマホが揺れっぱなしだ。藤井さんからの着信だろう。俺はガン無視した。もう刑事なんて言えないな。
「俺は自分の気持ちに従ってるだけだよ」
ハンドルを握り、車を走らせる。とりあえず海に向かうというのは、あまりに短絡的か。だが、他に思い当たる場所がなかった。こんなんで彼女を守り切れるんだろうか。
「自分の気持ちって、どういうこと?」
「そこ聞くかな……」
落ち着き払った彼女に俺は戸惑った。この期に及んで彼女が犯人じゃないとは考えにくい。だが、今となりで時に委ねているような美月の様子からは、動揺も後悔も感じられなかった。




