第9話(6)
だが、その焦りをぶち切るように美月が言い放った。そのまま一人で班長のところへ歩き出し、俺は不格好に追いかける羽目になってしまった。
しかし、この段階でも捜査本部は彼女が犯人であることに懐疑的だった。一瞬にして深く突かれたナイフ。迷いもなく人の体に突き刺すことが、果たして女子中学生に可能だろうか。
「森崎に襲われたとか。それで咄嗟にそこにあったナイフで……。被害者自身の体重で深く差し込まれたんじゃないかな」
美月を犯人とみる刑事たちの予想は大体がこの傾向だった。争っているうちに、つい、とか。逆にナイフで美月を脅して関係を迫ったんじゃないかと平気で言う奴もいた。
――――冗談じゃない。そんなこと、あってたまるか。
俺は腸煮えくりかえる思いで同僚たちの妄想を聞いていた。もちろん、彼女が犯人であるはずがない。そう信じたかった。だって、美月は刑事である俺に声をかけられても顔色一つ変えなかった。それまでも、今までと何も変わらず生活していたんだ。
「森崎先生とは主に数学の話をしていました。アパートですか? はい、何度かうかがってましたが、それが何か」
事情聴取は少年課の刑事が行った。まだ任意で参考人だ。取り調べというわけではない。特に大事なのは、犯行時間にどこにいたか。アリバイの確認だ。これが出来れば無罪放免になる。けれど……。
「さあ、随分と前のことだから覚えてません。いつも通りの火曜日なら、家にいたと思いますけれど」
曖昧な答えだった。家族は普通のサラリーマン家庭だ。母親も仕事をしているため、家にいたことを証明する人物はいなかった。普通の中学生なら塾に行っててもおかしくないのに、美月にはそんな必要は全くない。
「なにか覚えてない? 宅配便が来たとか」
事情聴取が終わったあと、俺は美月に尋ねた。彼女は今の状況に全く動じず、それどころか楽しんでいるかのようだ。
「なにも? みんな、どこでどうしていたかって逐一証明できるものなの?」
「いや……それは人に依るよ。職場や学校にいる時間ならともかく……」
「なら仕方ないじゃない」
「でも、このままだと君はまた呼ばれるよ。あの、森崎先生と親しかったなら、何か聞いてない? ほら、先生の元カノとか、仲の悪かった同僚とか」
取り調べの行われた応接室で聴かれていたことだ(相手が女子中学生ということを考慮して、取調室は使われなかった)。聴く相手が俺に変わったところで話が変わるはずがない。
「知らないって言ったでしょ。聴いてたよね? もう帰るから。親が待ってるし」
突然の任意同行に彼女の両親が慌てて駆け付けていた。どういうことだと藤井さんに詰め寄ってもいた。のらりくらりと班長は弁解していたが、何かを掴んだのか、彼らにもお話を聞かせていただきます、なんて宣告していた。息を呑み込んだ父親の姿が哀れに見えたほどだ。
「わかった。また学校で話そう」
それには無言で、美月は僕の前から去って行った。




