第9話(5)
美月が捜査線上に浮上したのは、実を言うと俺のせいだった。俺が纏わりついたために彼女の存在がクローズアップされてしまったのだ。
それまでは、被害者が勤めていた学校に特別に成績のよい女子生徒がいるらしいくらいで誰も気に留めていなかったのに。
「彼女なら、私服でいれば中学生に見えないですよね」
その一言で事態は急変した。森崎には付き合っていた女性はいなかったようだが、時々口の端に昇る美女の話があった。髪が長くスタイルのいい、20代の女性が彼のアパートで見かけられていた。所謂大人の女性として捜査員の脳内にはイメージされていた。森崎が以前交際していた女性や同僚の教師、学生時代の友人などの写真を持って回ったが、該当する人物はいなかった。
「あ、この人です。この美人ですよ。まさか……中学生ですか?」
制服姿の美月に驚く目撃者たち。ちらりと見ただけでも絶対に忘れないからと、美月の写真を見て証言した。
「一緒にいただけで、動機もないし、殺したことにはならないはずですっ」
「おまえ、何言ってんだ。違和感があったからマークしてたんだろ?」
突然降って湧いたような話だった。ある日捜査本部に行くと、いつの間に盗撮したのか美月の写真がホワイトボードに貼られていた。捜査会議で有力な容疑者と名指しされ、俺は分もわきまえず立ち上がって叫んだ。一斉に俺の顔を見る会議室の面々。最前列にいた藤井さんに当然のごとく怒鳴られた。
「おまえのお手柄だってわかってるよ。だから、落ち着け。な……」
「何を言って!」
隣に座っていた屋敷さんがなだめに入る。俺はその手を振りほどこうとしたが、ぐいと腕を掴まれ無理やり座らされた。
「馬鹿野郎。まだそうと決まったわけじゃないが、やっと掴んだ大きな一手なんだ。だまって聞いてろ。それともおまえなにか? あの中学生に惚れてんじゃないだろうな」
息が止まる思いだった。屋敷さんに言われ、俺は気付いたんだ。
――――俺は、美月のことが好きなのか? そんな馬鹿な。
最初は綺麗な子だと思っただけだ。それなのにいつも一人で寂しそうに見えた。誰もが彼女が壁を築いていると感じていたが、本当はそうじゃない。こちら側の人間が勝手に壁を作っていただけだ。平気な顔をしているけれど、彼女は孤独を感じていたはずだ。
――――それに同情と言うか……放っておけなかったんだ。
けれど、彼女が殺人犯の容疑者になり、捜査本部を上げてマークされだすと、俺は居てもたっても入れられなくなった。
――――美月を守りたい。こいつらに指一本触れさせない。
刑事としてではなく、一人の人間として……男として……強く意識した。その感情は紛れもない。俺は美月のことが好きになっていたんだ。
その日のうちに、美月は任意同行を求められた。まずは森崎とどういう関係であったのかを聞かなければ話にならない。だからこの任意を防ぐことはできない。彼女にそれを告げに行く任を言い渡された俺は性懲りもなく言う。
「これは任意だから断れるんだ。それに君はまだ未成年だし出頭する必要はない。俺たちが君の家に出向いても構わないし」
「何をまたそんなことを……遅すぎるから、こちらから行こうかと思ってたのに」
「どういうことだよ……」
「別にどうも。先生とのこと、誰も気付かないから……」
「も、森崎とのことって、どういうことだよっ」
俺は完全にテンパってしまった。美月が森崎と会ってたとしても、教師と生徒としてだ。美月は数学が特に強くて大学レベルを独学で学んでいる。数学教師の森崎なら彼女の良き相談相手になっていたはずだ。と、勝手に妄想していた。
「突っ込むのそこなの?」
呆れ顔の中学生にそう返されてしまった。だが、テンパってる俺は無敵だ。もう自分が何言ってるのかわかっていない。
「た、ただの教師と生徒の関係だろ? いくらイケメンだからって君が惹かれるはずはない」
「それ……どういう意味? 私が人を好きになるわけないってこと?」
「い……いや、えっとそういうワケでは……」
まさかの彼女の反撃だった。もしかすると、彼女にとってこれこそ触れてはならないところだったのか? 迫る彼女に俺は一歩ほど下がる。その様子を遠目に見ている藤井班長と屋敷さんがしびれを切らしそうで更に焦る。
「その通りよ。私は誰のことも好きじゃない」




