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第2話


 新しい勤務先に異動するより前、俺は毎月訪れているある場所に来ていた。

 普通の住宅街を入ってしばらく行くと、奥まった場所にレンガの塀に続く門がある。館内にいる守衛に門扉を開けてもらい中へと進む。パンジー等、春の花々が植えられた花壇とその中央に枝を広げる見事な桜が出迎えてくれる。蕾はもう膨らみ始めてはいたが、肌に当たる風はまだ冷たかった。


「面会を予約していた風間です」

「はい。今月も来たんだね。ちょうど20回目だよ」

「ああ、そうなんですか。いつもお世話になっています」


 そう言われて気付いたふりをしたが、実は知っていた。俺は今でも紙のメモ帳を使っている。そのカレンダーにちゃんと回数も記していた。


「2時からだから、いつものところで待っててね」


 北関東にある女子収容施設。ここは主に、20代前後の受刑者、もしくは重犯罪を犯した年少の受刑者が収容されている。未成年犯罪での施設だから、大人の刑務所を想像すると少し違う。学校のような教育の場もあるし、手芸など女性らしい手作業の訓練もしている。前庭の花壇も彼女たちの作業の一つだ。

 もちろん、そこが楽しい場所であるはずはない。厳しく制限された共同生活のなか、勢力争いや嫉妬による喧嘩や嫌がらせ、いじめも頻繁にあるという。彼女はそこに、もう2年近くいる。


「こんにちは。元気そうだね」


 面会と言うと、よく刑事ドラマで出てくる穴のあいたガラスを境にして会う姿を思い浮かべるだろうか。けど、ここはそうではない。食堂のような広い場所で、何組かが同時に面会するのだ。もちろん室内には教務官が立っている。

 僕が待つ1つのテーブルの前に、ストレートヘアを顎のラインで切り揃えた美少女が歩いてきた。


「本当に毎月来るのね」


 彼女はポツリと呟くと僕の前に座る。


「約束だから」

「勝手に約束したんじゃない」


 そうだけど。でも、来る日は決めてない。仕事柄、絶対この日、この曜日に来れるとは限らない。彼女が待っていたら落ち込むかもと思ったんだけど、そんな必要なかったかもな。


「でも、君のお陰で現場に戻れることになったよ。内示もらったんだ。本当にありがとう」

「現場……そうなんだ。私じゃないよ。風間さんが気付いたんだよ」

「いや、君と話しているうちに思い付いたんだ。君のお陰だよ」


 ふふっと、彼女が笑った。こんなふうに彼女に笑顔が戻ったのはいつのことだったろう。多分、あの事件が解決した時だ。いや、違うか。笑顔になった時に事件が解決したんだ。彼女自身の告白によって。



 橘美月たちばなみつき。3年前、14歳だった彼女は、副担任の数学教師を殺した。

 俺が担当した事件としては、最も難解で最も切ない事件だった。彼女の逮捕まで、実に半年の時間を有し、今もなお、その動機ははっきりとしていない。被害者は同校の人気若手教師だった。人当たりも良く、悪い評判もなかった。

 一方の美月は、学内でもナンバーワンの優等生。模擬試験でいつもトップを取る秀才。加えて国民的美少女も真っ青になるくらいの美形で運動神経までよかった。だが、人付き合いは悪く、友達らしい生徒はいなかった。


「人当たりがいい評判の良い教師っても、それは表の顔だ。実は彼女に迫ったんじゃないのか? 彼女のほうこそ被害者だった可能性もあるぞ」


 警察が美月に目を付けたのは、事件から5ヶ月も過ぎたころだ。散々遠回りした挙句、ようやくたどり着いた容疑者だった。その頃ですら動機がはっきりとせず、大方の見方は被害者教師の横恋慕で、彼女が抵抗したのだといったものだった。

 俺は美月が容疑者に上がる前から、彼女に惹かれていた。いい大人が女子中学生に文字通り横恋慕したんだ。犯罪だよな、普通に。それでも俺は自分の気持ちを止められなかった。


「君はあいつに迫られて困ってたんだろ? なにかひどいことをされたんだ。言いたくないだろうけど、それをきちんと言わないと」

「何それ。勘違いも甚だしいわね」


 刑事は二人一組で動くのがルールだ。だが俺は、規則を破って一人で彼女に会いにいった。彼女が犯人かもしれないと、多分誰より早く気付いていたが、それを上へ上げることもしなかった。


「おまえ、自分がやってることわかってるのか? 懲戒解雇ものだぞっ」

「わかってます。わかってやってます」

「馬鹿かっ! 目を覚ませ!」


 俺のそれまでの素行がバレた時、当時の上司、藤井さんに食ってかかられた。それでも恋の病に陥ってる俺は聞く耳持たなかった。彼女の容疑が固められた時、俺は事もあろうに彼女を連れて逃げようとしたんだ。

 結局、その前に美月が自ら出頭をした。しかも、それは俺にそうするよう勧められたからと言ってくれたんだ。おかげで俺は首の皮一枚で警察に残ることができた。正直その時の心境は、懲戒解雇、なんぼのもんやって思ってたんだが。浅はかだよ、俺は。


 自首してから彼女の口から語られたのは、不可思議な動機だった。


「愛してました。だから、殺しました」


 美しい優等生による教師殺しは、当時週刊誌やワイドショーの恰好の標的になった。未成年だと言うのに、ネットでは本名まで出てしまった。

 そこでは彼女が自意識過剰なための嫉妬心から犯行に及んだのだとか、教師に猥褻な行為があったんじゃないかとか、反吐が出るような憶測が語られた。

 それでも彼女は、それ以上のことは語らなかった。今に至っても。



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