第8話(4)
三条の祈りが通じたのかどうかはわからないが、翌日、俺は通常勤務後居酒屋へと向かった。三条は当直明けで午前中で引けていたので現地集合だ。俺の赴任初日に二人でパトロールした繁華街にある小綺麗な店の前に三条が立っていた。
「おまえの行きつけか?」
「まさか。班長のおススメですよ。僕も初めてです」
都並さんも隅に置けないな。どこかの刑事ドラマで出て来そうな店構えだ。そこまで高級じゃないにしても、カウンター席と椅子席が四つの小料理屋の雰囲気。まさかここの女将は別れた奥さんじゃないだろうな。
「いらっしゃい。都並さんのご紹介の方ですね」
カウンターの向こうにいたのは中年の男性だった。なんだかホッとしてしまった。
「奥のお席にどうぞ」
店主の奥様かバイトかわからないが、モノトーンのパンツスタイルの女性が俺らを一番奥の特等席に連れて行ってくれた。
「都並さんは高校時代の同級生なんですよ」
自ら水とメニューを持って来た店主はそう言った。まさかと思うが、ここで俺が三条に話したことが、そのまま都並班長に行くってことはないよな? 三条ももちろん信用ならんが、テーブルに盗聴器とかあるんじゃないかと疑ってしまった。
「都並さんが、ここの料理はなんでも美味しいって言ってましたよっ」
だが、当の三条は、メニューにある料理を見て興奮している。確かに写真に写る料理はどれも美味そうだ。
「ホントだ……。よし、お勧めコース頼もうぜ」
酒もビールでは勿体ない。俺もただ酒が飲めるとあってテンションが上がった。
滅多に飲まない清酒とともに、彩りも鮮やかなうえに美味の料理を食べる。1時間もしないうちに、俺も三条も随分イイ感じに酔っ払った。
「言っとくがな。俺だって殺人犯とわかって好きになったわけじゃないんだ」
「はあ、そうなんですねえ。じゃあ、たまたま好きになった子が犯人だったってわけですか? 先輩引きがいいですね」
「何が引きがいいだ。精一杯引いたわ」
「あははっ。上手いなあ。でも、先輩ってロリコンだったんですね。そこにこそ引きますよ」
「何言ってる。美月はそんなお子様っぽくないよ。てか、ロリコンじゃねえよ。アホ」
俺はテーブルの下であいつの足を蹴る。
「いてっ。ふううん、そうなんだ。写真とか見たいです」
「それはいくら飲ませても駄目だ」
「ですよねー!」
何がおかしいのか、そこで二人して笑う。どんなに酔っ払ってもそこは譲れない。俺の箍が外れまくらなくて良かったよ。三条を信じないわけじゃないが、これは絶対に流出してはならないものだ。それでなくても、あの頃、週刊誌記者のみならず、ネットにあげる馬鹿どもが湧いて、それを抑えるのに苦労したんだから。
「あいつはなあ、初めて会った時から他を寄せ付けない美しさっていうのか、特別なオーラがあったんだよ」
あれはもう、クリスマス商戦が始まる11月の末だった。俺が初めて美月の存在を認識したのは。




