第7話(2)
「面白いアイディアがあるんだけど……」
美月はらしくない笑顔で言った。らしくない。というのはいかにも偏見だ。罪を犯したものは笑ってはいけないとでも言うように。だけど、彼女のその時の笑顔は、普通の17歳の少女がする笑顔と、何も変わっていないように感じた。
「ツイッタで呟くの。空き巣犯の誰でもいい。そうねえ、見張り役の凶行だろうって」
「え? そんな誤情報、流せないよ」
「空き巣犯は気が気じゃないと思うよ。目を皿のようにして情報を探してる。それを利用しない手はないと思うんだけど。私がネットを使えれば流してあげるんだけどね」
「いや、それは、いいよ。でもそうか……」
おとり捜査は禁じられているが、これなら問題ないはずだ。市警にもサイバー課はあったと思う。そこと相談してみるかな。
「でも、それだとさらに出てこなくなるんじゃないか?」
俺が返すと、美月は綺麗なおメメをぱっちりと開き、長い睫毛を二回ほどパタパタさせた。
「呆れた……まさか空き巣が殺人を犯したって本気で思ってる?」
「いや……それは……」
疑わないわけではなかった。空き巣犯の仕業に見せかけて、誰かが殺したということも。だが、家族のなかでいざこざはなく、もちろん財産での問題もなかった。弟は既に遺産分けをされており、それで起こした事業、IT関係らしいが、成功を収めている。それに、空き巣があったのは間違いない。奴らの手口をこれほど忠実に再現は出来ないはずだ。
「それと、どうやって空き巣に入る家を決めてるのかって話だけど」
俺の返事を待つことなく、彼女は話を続けた。
「ああ、なにかあるのか?」
「例の……闇バイト関連と、これは別ものと考えてるのよね」
「考えてるというか、別だよ。まあ変な話だが、昔からある類の空き巣で強殺とはまた違う。だからと言って、罪が軽くなるわけじゃないが」
「それなら、狙われた家の事情、どこから情報が入ったかが鍵ね」
彼女は小首を傾げて俺を見る。細い指を唇に持っていく仕草がたまらない。
――――可愛い……!
思わずごくんと唾を呑んでしまった。それに気付いたか、美月は少し頬を赤らめて俯いてしまった。
「と……とにかく、それをもう一度調べた方がいいかなと思うの。そんなこと、言われるまでもないだろうけど」
言われるまでもないことはない。サイバー課と言っても、詐欺なんかを担当する二課が兼務してるんだ。人手不足は否めないだろう。
「何かあるって思う。その……違う管区との事件と比べてみても……」
声がなんだか小さくなっていく。美月が俺のことでこんなに反応したのは初めてのことだ。これって脈ありとか考えてもいいのかな。俺は事件のことを聞きに来たというのに、早くもそれはどうでも良いことになりつつあった。
「聞いてる?」
「あ、えっと、もちろん」
瞬殺で現実に引き戻された。そんなことがあろうはずもない。
「一人でいい。空き巣犯を捕まえれば見えてくるはず。それなら、1番罪が軽いと安心している見張り役を、殺人犯に仕立て上げられそうだと思わせれば……」
「うん。そうだな。班長に言ってみる。てか、駄目でもやってみるよ。情報を流してみる」
面会の時間も終わりが近くなっている。こんな話ばかりじゃなく、違うことも話したい。もちろん、彼女自身の事件のことも。
「今度も、またひと月後?」
別れ際、美月が椅子をしまいながら言った。
「え……」
「ううん、なんでもない」
「美月、いや、1ヶ月に1回って決めたわけじゃない。ただ、親族じゃない限りは……」
未成年の場合、面会の頻度と時間、さらに相手は規則で決められている。親族でもない俺は、本来なら面会を許されないのだが、前担当刑事という名目で許可されている。だから月イチが精いっぱいなのだ。
――――こんなことを美月から言われたのは初めてだ……。
「ごめん。忘れて。じゃあ、また」
胸が締め付けられる思いがした。だけど、彼女はいつものポーカーフェイスに戻って、何事もなかったかのように踵を返し、扉へと向かっていった。
「必ず、また来るから……」
俺がかける声に、少しだけ肩で反応して扉の外へ消えていった。
 




