第1話
灰色の机が所せましと並び、その上にはパソコンと書類箱が置かれている。雑然としている机もあり、きちんと整理されているものもある。持ち主の性格を反映しているのだろう。窓際の上司が座る席の前で、俺は背筋を伸ばした。
「みんな、ちょっと集まってくれ。今日から配属された風間君を紹介する」
新しい上司、都並さんは30代半ばで勢いのある刑事といった感じだ。ガタイも良く、エネルギュッシュな雰囲気が趣味のいいスーツから溢れている。
そんな彼から明るく元気に紹介された俺だったが、当たり障りのない自己紹介をして深々と一礼した。なんとなく、際物を見るような視線を感じる。自虐すぎるだろうか。どうかお手柔らかにお願いします。
「三条翔太って言います。まだ3年目なのでご教示お願いします」
さっき背後で聞いた声だ。そうか、まだ3年目なんだ。俺の方が先輩ってわけか。大胆な組み分けするな。俺みたいな色物は、ベテランが見張り代わりに着くんだと思ってたが……。それとも、戦力にならない同士を組み合わせた? いかんな、どうも僻みが顔を覗かせる。
「こちらこそよろしくお願いします。現場には3年ぶりなので、ご教示願うのは俺の方だと思うよ」
三条君は今風なイケメンで、身長は俺より少し低いかな。それでも180cm近くはありそうだ。ふんわりとした髪は明るめだから染めてるんだろう。さっきの件はショックだったけど、話した感じは悪くない。
でも相棒になるんだから、そのうち色々聞いてきそうだな。なんたって、俺に興味津々なのはキラキラした目を見れば一目瞭然だよ。
それでも、嫌悪感を露わにされるよりずっとマシだ。同じ班の中には、そういった類の視線も感じた。
「今、うちの班で扱ってるのは、最近立て続けに起きている空き巣事件です。一課で腕を鳴らした風間さんには物足りないかもしれませんが」
おい……それはいきなり皮肉かよ。俺はこの3年、忘れ物係同様の仕事をしていたんだ。保管庫の受付で、モノの出入りを管理してた。そこから脱出出来たのは、本当に偶然だった。彼女の……助けなしにはできなかったことだ。
「全然鳴らしてないよ。厳しいなあ」
「え? すみません。そんなつもりじゃなくて。うちは一課と言っても、殺人とかはめったに起こんないんで」
素で謝ってるのかな。俺も気にし過ぎか。S市は大きな都市だけど、確かに日本全国、どこかの国のように毎日殺人事件が起こってるわけじゃない。
俺もここに配属が決まってネットで調べたけど、指定暴力団もないし、最後に重大犯罪が起きたのは5年前の強殺くらいだ。これはまだ解決してないが、担当は別の班なんだろう。
「警察が機能してるってことだよ。資料見てみるよ。まずはパソコンの設定からやらなきゃ」
「お手伝いします」
そう言えば、彼の前の相棒は定年間近の人だったな。そうか、今朝の言動はともかく、面倒見がいいんだろうな。
「うん、ありがとう」
そうは言っても、さすがに俺はPC苦手じゃない。保管庫に居た時は暇すぎたので、パソコンのスキルだけは上げたんだ。サイバー課に異動できるようにと思ってたんだけど、そこまでには至らなかったかな。
「このフォルダに防犯カメラ映像の一覧があります。都並さんから風間さんに見せるよう言われました。フレッシュアイだから、何か見つかるかもしれないって」
「お、そうか。うん、初日としてはいい仕事だな。でも後で管区を回りたい。付き合ってくれるか?」
「もちろんです。お供しますよ」
人懐っこい笑顔を三条君は見せて頷いてくれた。設定が終わったのが10時。映像は2時間ほどだから、昼までじっくり見ることにしよう。防犯カメラの映像は空き巣があった時刻の周囲をくまなく揃えてあった。
――――ここ数週間で起こっている空き巣事件は全部で3件か。時間はバラバラ。居空き(住人が在宅中の盗み)はそのなかで1件。調書によると、半年前にも違う管区で何件かあり、そちらも未解決。侵入の仕方から見て同一犯のようだけど、ターゲットはどうやってあたりを付けてるんだろう。
このところ世間で話題になってる、素人をバイト感覚で雇う系ではないようだ。手口は玄人で行き当たりばったり感はないとある。変な言い方だが、『昔ながらの空き巣、居空き事件』なんだ。
フレッシュアイと言うのもあながちでたらめでもない。何度も見てると固定された風景のようになって異質なものに気付けないものだ。期待されてるとまでは言わないけど、それなりの成果を出したい。俺は2時間、真剣に画像と格闘した。