第6話(1)
初夏の日差しが眩しい。車の中はもう夏のような暑さだ。エアコンをつけるか窓を開けるかだが、高速では圧倒的に前者だろう。今年初めて付けると、少し埃っぽい匂いがした。
俺は美月の待つ(待ってるかどうかはわからないが)収容施設に向かっている。つい2日前、重大な事件が起こったにも関わらず、俺は彼女のところに行くことにした。都並さんには『何考えてんだ』と言わんばかりに睨まれたが、半休をもらうことができた。これには三条のお陰もあった。
『元々非番だったんですし、リラックスした方が閃くかもしれませんよ? 先輩には、ほら、そういうとこあるって班長も仰ってたじゃないですか』
三条は俺が美月に会いに行くことが分かったんだろう。そして本当に、何かのヒントを得るかもしれないことを知っていた。
都並さんがどう思ったのかはわからない。だが、三条の提言で何か思い当たることがあったのか、半日だけならと言ってくれた。
「今月は来ないのかと思ってた」
艶々の髪をすっと長い指でかき上げ、美月が言った。確かに月一回と言いながら、少し間隔が空いたかもしれない。彼女がそんなことを気にしていたなんて意外に思う。
「新しい部署で歓迎会をしてくれてね。少し遅くなったかも。でも、来ないっていう選択肢はないよ」
「何を優先させてるのか……事件あったんでしょ?」
「え……」
俺はテーブルに寄りかかっていた姿勢を正した。何故わかったんだ? 彼女たちにはニュースも選択のうえ知らされてるはずだ。たとえ新聞の三面記事を賑わす殺人事件が起こったとしても目に触れるはずもない。
「なんでわかったか不思議? その充血した目と縒れたシャツを見れば分かるわ。本当に現場に戻れたんだね」
ああ……そうか。この3年と言うもの、俺は規則正しい就業時間とお休みをいただき、ここに来るときは少なくとも身ぎれいにしていた。だが、突然に起こった殺人事件には、そんな余裕はさすがになかった。出掛けに警察署で髭を剃るのが精いっぱいだったんだ。
「さすがだな。ああ、お陰様であの頃のように時間が読めない生活に戻ったよ」
あの頃……。言ってから俺は少し後悔した。それは美月が起こした殺人事件に振り回されていた頃のことだからだ。あの頃も、何晩も完徹したものだ。
「そうだ。差し入れありがとう。それに、大学の講座も受講できるようになった。文学だけど」
「そうかっ。良かった。一歩前進だな」
「なんかね。爆弾でも作ると思ってるのかな……作れるけど……」
物騒なことを言う。美月は理数系の天才だ。だからこそ、新しい動きから取り残されるのが怖いのかもしれない。技術や科学は日進月歩だ。いや、今や進歩は秒速の域か。
「それで……何か煮詰まってるの?」
美月は今日の訪問がいつもとは様子が違うことをわかっている。面会場所は同じだが、面会者が俺達しかいない。そんなことはあまりないことだ。今回は一般人ではなく刑事として面会をお願いした。だから、時間もちょっとだけ長い。
「うん。聞いてもらえるかな。血生臭い話で申し訳ないんだけど」
「私に話すことで、風間さんの頭が整理できるなら。どうぞ」
俺の頭が整理できるかどうかはわからんが、君からのヒントは期待している。
「俺の異動先の管区で、空き巣、居空き事件が続いてたんだ。俺たちは同一犯人と考えていたんだが、二日前に殺人事件になってしまった」
俺はその事件がもっと以前、隣の市でも頻発していたこと、恐らく同一犯であることを伝えた。仕事は丁寧でプロの仕業だと思っていたが、事件は居空きを狙った窃盗犯が、居合わせた主人を撲殺したことで急展開を迎えた。




