第5話(3)
次の非番である3日後に美月を訪ねる予定だ。そうしないと月イチの面会が途絶えてしまう。誰かに、もちろん美月自身に約束したわけでもないけれど、違うことはしたくない。もしかしたら、美月も待っていてくれるかも……望み薄だけど。
先月行った時に、彼女は『退屈』と言っていた。ネットを使うのはさすがに難しいだろうけど、ダウンロードされた講座ならどうなんだろう。俺は面会の後、学園長(所長)と会い、提案はしてみた。
図書室の蔵書についても。差し入れは可能なので、何度か彼女がリクエストした本を差し入れたが、専門書のため高額だし、入手困難なのがネックになっている。
「それについては重々承知しております。ただ、橘美月のような生徒はレアケースでしてね……とにかく特別過ぎるんです」
女性ながら、長年青少年の矯正に尽くしてきた羽生所長はため息交じりに応じる。美月が収容されてから、俺は何度となく所長と会ってきたが、毅然としたなかにも優しさを秘めた好人物だ。かねてから美月に対するいじめや隠れた暴力に懸念を抱いてた俺も、羽生の下なら大丈夫だろうと安心したものだ。
ただ、それについて、羽生は一笑に付した。『私達が手を出すまでもない。橘は簡単にここを制圧してましたよ。ああ、悪い意味ではないので誤解されないように』と。
「ご両親からも差し入れや寄付を頂いてますので、それでなんとか。授業も高校まではあるんですが、必要ないですしね。逆に彼女に教えさせたいくらいですよ」
大学の受講については、上に問い合わせてみると約束してくれたが難しそうだ。ただ、『彼女に教えさせたい』というワードに俺は興味を持った。美月にそんな芸当が出来るなんて思えないが、だからこそやらせてみてはどうだろう。今度の面会で、話してみたいと考えていた。
管区内で最も大きな書店に出向き、彼女が読みそうな本をいくつか購入した。ネットでも買えるが、管区の様子を知りたい俺には本屋に並んでいる書物も実は重要だ。お堅い専門書が多いのは企業城下町なんかの特徴だし、エロ本まがいの雑誌や単行本を揃えているところは繁華街だ。学生街ではそれ相応の書物が並ぶ。
S市は近郊に大手企業が密集するベッドタウンだ。大学のキャンパスもある。自ずと固めの本や雑誌が並び、一方で子供向けの本やコミックスが幅を利かせている。一言で言えば、健全な本屋だった。
夜更け。寝る前に飲んだビール缶が、ベッドの横に転がっていた。俺は不意に鳴り響く着信音に飛び起きた。
本屋で時間を取られ、アパートに帰り着いたのは午後10時を回っていた。異動してから2週間、あっという間に過ぎていた。
なんとか班の輪にも溶け込んだつもりだが、まだまだ新参者の域を出ない。知らぬうちに緊張していたのか、ここのところ眠りが浅かった。酒の力を借りて熟睡していたのに、こういう日に限って叩き起こされる羽目になる。
「はい……」
『都並だ。寝てるところ悪いが、すぐに来てくれ。住所は……』
「はい、はい。すぐ行きます。大丈夫です」
都並さんの低く重い声が重大な事件が起こったことを瞬時に理解させた。俺はすぐさま服を着替え玄関を飛び出る。深夜と思っていたが、もう東の空にうっすらと光が見えている。初夏の夜明けはこれほどに早いのか。
「先輩!」
頭ははっきりしているが、まだ酒が残っているかもしれない。駐車場に向かうのを躊躇した俺の前に青のSUVが滑り込んできた。
「三条。なんだ、迎えに来てくれたのか?」
「はい、班長から頼まれたんで大丈夫です」
多分まだ土地勘が怪しい俺のことを考えてだろう。まさか酔いが醒めないとは思っていないだろうが、とにかくありがたかった。
「殺しだな」
「はい。どうやら居空きを住人に気付かれたようで……」
「ああ……」
俺たちが手をこまねている間に、事態は最悪へと陥ってしまった。誰もが危惧していたことだが、どこかそんなことは起らないと思っていた。
「そういう凶悪犯じゃないと思っていたんだがな」
「僕らもそう思っていました。ま、甘かったですね。結局は犯罪者なんですよ」
眠りを妨げられたからではないだろうが、三条はらしくない捨て鉢な言い方をした。結局は犯罪者。俺は美月のことがあってから、犯罪者に甘いのかもしれない。みな、それぞれに理由があるのだ。犯罪者にもそのワケはある、と。
「そうだな……」
だが、三条の意見を否定するつもりもない。ワケがあるからと言って、やっていいことと悪いことが世の中にはあるのだ。




