表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/44

第4話(6)


「よし、じゃあヒントをやろう」


 隣で真っ赤な顔をしながら、うんうん唸っている三条に声をかけた。


「お願いします! 自慢じゃないですが、全然わかりませんっ」


 ホントに自慢じゃないな。でも、酔っ払った頭で解けてもらっても困る。 


「このダイイングメッセージは、実は被害者が伝えたかったことじゃないんだよ」

「はあ?! なんすかそれっ。それじゃあダイイングメッセージじゃない」


 もう先輩後輩は忘れたかのように俺に詰め寄ってきた。気持ちはわかるし、酒が入ってるので怒るつもりはないが近い。


「そういうことだな」


 俺はしれっと応じる。この事件、ここがキモだ。ダイイングメッセージなんて美味しい餌をぶら下げられて、元々謎解きが大好きな刑事たちはみなゾロ食いついてしまった。現実には謎を解く名探偵がいないのだ。いや、俺にはいたのだけれど。


「わかんないです。降参です。教えてくださいーっ」

「もう降参か。ま、いいだろう。教えてやるよ」


 なんの足しにもならないが、貸しを作ったかのような気分になった。俺はこの事件のあっけない幕切れについて話し始めた。




 収容施設からそのまま、高速を飛ばし俺は署に向かった。この日は非番だし、行く必要はない。あの職場の唯一の利点は、休み通りに休めることだ。だから、こんな日に出勤すると絶対稀有な目で見られることになる。


「あれ、今日は出勤日だったっけ? 落とし物係に事件でもあったか」


 俺の持ち場を『落とし物係』とか、『忘れ物預かり所』なんて揶揄う奴はいくらでもいた。最初は傷ついたし腹も立ったけど、最近はもう慣れてしまった。言いたい奴は言えばいい。


「高見さん、今、大丈夫ですか?」


 一課のデスクに渋い顔で腕組をしている。事件に新たな進展はなさそうだ。


「おお、風間か。あれ……今日は」

「はい。非番でしたが、気が付いたことがあって」

「なに、よしすぐに聞かせろ」


 渋い表情が一変する。ギラギラした目は飢えを抱えたハンターのようだ。生半可な答えでは絞殺されそうな勢い。自信はあったが、思わず唾を吞み込んだ。




 3日後。取調室で弁当屋経営者、引田信二が自白した。

 当日の夜、引田は佐夜子宅で口論となった。


『別れるなら貸した分、耳を揃えて返してもらう』

『何言ってんだよ。散々、俺に奉仕させたくせに』


 佐夜子は引田に恋人として投資していた。だから、たとえそれが返ってこなくてもある程度は仕方ないと腹を括っていたのだ。にも関わらず、引田には他に女がいることが分かった。裏切られたことで感情的になった佐夜子は引田に迫る。

 一方の引田にとっては、佐夜子は金づるでしかない。若い彼にしてみれば、応分に奉仕してきたつもりだ。女がいるなんて許容範囲だろうと開き直る。自分に非があるとは思っていないのに金を返せと詰め寄られ、ついカッとなってしまった。


 手近なところに凶器があったのも不運だった。もみ合い、逃げようとした佐夜子の背中に凶器を突き刺す。暴れた際にバラまかれたタロットカードの上に彼女はうっぷした。


「風間、お手柄だな。今すぐあの倉庫から地上に出てこい。何とかしてやるから」

「ありがとうございます。それは心強いお言葉です」


 俺だって、地下室でずっと遺留品のお守りをしたいわけじゃない。時期が来れば現場に出たいとずっと願っていた。ここのエース、高見さんが声掛けをしてくれるなら、その時期は近づいたのかもしれない。


「ところで、どうしてあれが犯人が書いたものだと思ったんだ? その可能性は低いと言ったと思うが」

「ああ、それは……」


 まさか施設にいる受刑者にヒントをもらったとは言えない。彼女に問題があるわけではない。部外者に話したことが問題なのだ。


「ずっと被害者が書いたと考えてても何も見えてこないので。もし、犯人が危険を冒してでも残さなければならないとしたら、その理由はなんだろうと思い直しました。たまたまです」

「いや、そういう柔軟な発想こそが大事なんだ」


 殺人犯の引田が言うには、佐夜子はすぐに息絶えなかった。背中から腹から流れ出る血液に溺れるよう、手を必死に伸ばし這おうとしていた。タロットカードを取ろうとしたのかどうかはわからない。だが、佐夜子の手は確実に1枚のカードに向かっていた。

 それを見た引田は咄嗟に彼女の腕を取り、暗号のような形を書いた。それがあのおにぎりだが三角だが丸だかわからない印だ。佐夜子は抵抗を見せたが直に力尽き、絶命した。


「あの形は、何も考えずに書いたものらしい。丸山とか三田とか、そんな名前が浮かんだわけでもないと言っていたよ。とにかく自分に関係ないものと思ったとさ。まさかあれが『おにぎり』と思われるなんて思いも寄らなかったと」

「そうでしたか……」


「だが、俺たちを振り回すには十分なものだったな。おまえがいなかったら、まだまだ藻掻いていたかもしれん」

「いや、多分これは煮詰まってしまうパターンだったんですよ。だから、高見さんが色々聞いて回ってたのが良かったかもしれません。どこかでこんな発想が必ず出てきたはずです」

「そうか? おまえ、謙遜してるといつまでも忘れ物係でいることになるぞ?」


 痛いところを突かれた。だけど俺も自分だけの力でないところが弱みとなっている。それがついつい謙遜にさせてしまうんだ。


「はい。気を付けます」


 美月に見せた絵には、散らばっていたタロットカードの絵柄までは書いていなかった。彼女には見えたのだろうか。偶然ではあったろうが、血に染まるカードの一番端にあり、佐夜子の手が目指していた魔術師のカードが。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ