序章
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よろしくお願いします。
1週間前、無理して買った新品のスーツに腕を通す。締めたネクタイはもちろん勝負の水色ストライプだ。細長い姿見に自らを映し、まさか値札が付いてたりしないかチェックした。新しいスーツは布の硬さが心地よい。真っすぐに伸びるパンツの折り目に身が引き締まる気分だ。
――――よし、こっからだ。
俺は風間悠。刑事になって6年目。本来ならキャリアな俺は、今頃どこかの県警で班長くらいにはなっていたはずだ。だが、人生には紆余屈折が付き物。そんな簡単にはいかなかった。俺は現在、大変不名誉な別称を戴いている。
今日から関東地方の中核都市、S市署に異動になった俺はまだ平刑事だ。だがつい昨日まで、遺留品保管係にいたことを考えたら、久々の現場復帰になる。気持ちが逸らないわけはない。鼻歌まじりとまで言わないが、初めて赴任した時のような高揚感を抱いていたのは間違いない。
「おい、聞いたか。今日異動してくる風間って奴」
うっ! いきなり俺の噂してる。警察署のロビーで署長室の場所を確認している俺の背後。刑事らしい二人が話をしている。内輪の話をこんな一般市民様が出入りできる場所でするとは迂闊な奴らだな。だが、俺は振り向くこともなく耳をダンボにした。
「あぁ、それ。僕の新しい相棒になるみたいっすよ」
え? そうなの? どうしよう。振り向きたくなってきた。
「マジか。わあ、ご愁傷様。定年退職した山本さんの後任ってわけだな」
ご愁傷様って……酷いな。
「そうなんですよ。やっとアナログ地獄から抜けられると思ったら……。今度は殺人事件の被疑者に恋する色ボケ野郎ですよ」
い、色ボケ野郎だとっ。否定できないけど。
「被疑者じゃねえよ。殺人犯だよ。しかも未成年」
「あり得ないっすよね。頭痛しますよ」
申し訳ないですが、よろしくお願いします。頑張りますから。と、俺はまだ振り向くこともできずに心で頭を下げる。
「ま、頑張れよ。その、なんだっけか、あいつのこと……」
「不祥事刑事」
「それなっ」
まるで漫才のボケツッコミのように絶妙な間合い。当然のように笑い出す。何がおかしいんだよ。俺は気取られないようため息をついた。
不祥事刑事……。それが俺についた有難くもない二つ名だった。