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両脇を申し訳程度の縁石で挟まれている道が比較的真っ直ぐ続いている。道の外には裸の木が何本も何本も乱雑に立ち育っており落葉は散らされたように道にもまばらに落ちていた。左端には歩道灯が棒切れのような体にランタンのようなものを吊るして等間隔に立って道を照らしている。
走れば走るほどに呼吸が荒くなる。肺のそこから何か黒い重石のようなものがどんどんと肺を埋め尽くしていくのを感じ、喉の筋肉がキュッと収縮するように痛む。腕を大きく振りながら地面を這うようにして逃げた。灯に照らされて見る道路は荒れており、剥げていたりひび割れている。転ばないように気を付けながら走るものの、それゆえに体力はどんどんと削られていった。
「オエッ…ハァ、ハァ」
喉の方に詰まった息を吐きだす。喉が痛い。疲労がたまりそこまで重くないけれど太ももとふくらはぎが麻痺しているような、力が抜けていくような不快な感覚が襲ってくる。後ろからでかい足音を立てながら自分の方へと迫ってくる轟音が聞こえる。それは硬いアスファルトの道を抉っているようで土と砂利が巻き上げられる音と木が何本もなぎ倒される音が森の中に響いた。金属が捻じ曲がるおよそ人がきいたことのない音も聞こえる。速度は落とさないまま姿を見ようと首を捻って後ろを振り向く。
自分の体長を遥かに超える黒色の毛で覆われた、狼みたいなものが後ろから大口を開けながら近づいてきていた。体は自分の身長を優に超えて狭い道を地面や木、そして歩道灯を文字通り力づくで砕いたり捻じ曲げながらこっちに迫ってきており、茶色の眼はひたすらに自分を捉えて睨むように眼を放さない。姿かたちは実際の狼に似ているけれども爪が地面に食い込むほどに鋭く大きく、何といっても尻尾が普通の狼とは全く違い尻尾は地面に垂れ下がるほど長くまるでとか比喩ではなく刃物のように研ぎ澄まされていた。尻尾の側面が地面と擦れ、赤い火花と共に鉄が削られるときに出る金属音が怪物に引きずられている。自分はここで追われてまだ幸運だったと思う。道は狭くボロボロですぐ崩れ、道幅が狭く成長した木が多く生えているがために怪物は追いかけようとすると道が削れ木や歩道灯が体に当たるので、走るというよりはもがくようにして力で障害物を捻じ伏せ自分に迫ってきていた。疲労がたまってもう足は限界だったけれど、何とか無理やり足を動かす。やっと森を抜けたようで視界が開けて左側の方、少し坂を下った所に神社の鳥居が見えた。鳥居は木造で朱色に塗られていたけれど、作りが古くまた手入れもされていないようで塗装が剥げて木材の部分が見えていたり赤黒く変色したりしている。
神社の中に入れば何とかなるかもしれない。
下り坂をひたすらに全力で下る。仰け反った状態だと勢いを抑えるために却って足に負担がかかってしまうので前かがみになってできるだけ足に負担がかからないように走るようにした。速度が速くなるにつれて頬を通り過ぎる風が鋭利になってくる。頭に過った一縷の望みにかけて他の思考をすべてシャットダウンする。どの道オカルトに賭けるしか術はないのだ。疲労した足は軋み勢いに持ってかれて転びそうになるのを必死に耐えながら更に下る。
無言のまま怪物が迫ってきている。後ろを向くと下り坂を下る獣と目が合った。獣はあいかわらず少し黒が混ざった琥珀色の瞳孔でこっちを捕えつつ、爪を地面にめり込ませ地面ごと振りこみながら迫る。障害物が無くなったせいか、速度が先程よりも加速していて自分との距離がじわりじわりと近づいていく。もう少しで追いつかれそうだ。自分の心を危機感と絶望と焦燥感とがごちゃ混ぜになりながら急速に蝕んでいき、そして思考の冷静さが失われていく。
やばい、やばいやばいやばいやばい!
神社はもう目前にまで迫っている。すでに限界を迎えた足を無理やり動かして走っていた。呼吸は浅く歯茎が痛くなって振る腕にも力が入りづらい。後ろから地を削る音が聞こえ、細かい小石や砂利などが跳ねて背中に当たる。冷たい風は絶え間なく身体を刺すように勢いよく通り過ぎていった。鳥居まではあとほんの5メートルくらいである。森の中にいた時は気づいていなかったけれど此処は明りが少ないがために月の光がより強く当たるのかもしれない。月光によって自分の姿を覆い隠すように大きな影が形成されている。背後から鳴る爪が空を切る音が、自分の足音や風が顔の側を吹く音よりも遥かに大きく聞こえた。




