砂から出た獣編 1
少し季節外れの小雪がちらんちらんと舞って神社を純白に飾り、人工的な町の様子から隔絶する。一般的な神社よりもさらに小さめなこの神社は感傷的かつ幻想的な雰囲気を辺りに漂わせていた。石畳の表面はでこぼこして、窪んでいる部分に薄く氷が張っている。滑らないように足を引きずるようにして歩く。もう立春は過ぎているけれど、それでもやはりまだ雪が降っているのでとても寒い。研いだような鋭い冷たさが手に、痛覚と共にしみ込んできた。ジャンバーの袖に、隠すように手を引っ込める。こういう日はできるだけ外へは出たくないけれど、約束だからしょうがない。というかむしろこの約束を自分は楽しみにしていたので確かに寒いけれど、寒いから帰りたいという気持ちは全く湧かなかった。
境内を進むと拝殿の所に、階段に腰掛けて斜め上を向いている彼女の横顔が見える。彼女は何の気なしに腕を伸ばして雪を少し人差し指にのせてから、親指と人差し指を擦り合わせて雪を融かす。それから水滴が重力に沿ってひょうたんみたいに形を変えながら垂れるのを、顔の前に人差し指を持っていってぼーっと見つめている。やっぱり暇なんだろうか。滑らないように気を付けながら早足で彼女の元へ近づく。雪はうっすらと積もっていて踏むと水っぽい感触がした。足音で気づいたのだろう。凛々しい姿勢は崩さないまま、こっちへと彼女は顔だけ向けて自分が彼女の方へと早足で近づくのをただ見つめていた。彼女の目は目尻がスッと線を引いているように綺麗な切れ長で、冷ややかな程真っ直ぐな目をしている。瞼の上に軽く線が走って、紫交じりの黒い瞳は雪が反射してほんの少し光っていた。無表情の彼女は清白で清らかで純粋だったけれど無機質のように感情や温かさがなく、ただそこにあるだけのように感じた。自分が軽く手を振ると、彼女は微笑んでくれる。笑うと彼女の目は細くなって糸みたいになる。鎖骨から頬へと体温が昇ってきた。
「こんな日でも会いに来てくれるんですね」
「そりゃあ、約束ですから」できるだけ余裕な表情を心掛けて答える。さりげなく袖から手を出した。
「それじゃ、話しましょう。」彼女は柔らかに腰を上げるとこちらへと歩く。そして自分の目の前に来ると上目遣いでこちらを見上げた。彼女の赤い花の髪飾りが白色の世界の中で燃えている。
彼女の睫毛は長く、毛先が少し湿っていた。少しづつ雪が肩に積もり始めている。
~2か月前~
秋が終わり、季節はもう冬へと差し掛かろうとしていた。人気のない寂れたシャッター通りには冬からの冷たい風が吹いて、下に落ちているたくさんの枯れ葉は冷たい風に押しやられるようにしてどこかへと飛んで行く。舗装されてないのだろう。コンクリートはところどころひび割れており、その隙間から焦げ茶色の雑草がまばらに見える。
ふと下から見上げるようにして、猫背のまま顔だけを上にあげると道路わきに植えられている少し小ぶりな木が規則正しく等間隔に並んでいるのが見えた。もう木の葉は全て吹き飛ばされて無機質な茶色い骨格だけが寂しそうに立っている。枯れ木からは何の生気も感じることは出来ず、その一木一木は自分に終わりというものを叩きつけているかのようだった。口から無意識にため息が出る。
もう大学一年が終わろうとしている。
大学に入ってから一日一日が異様に早く感じるようになった。自分の中でやりたいことがあってそのために大学に入ったはずだったし、毎日毎日そのために努力を続けていた。しかしそれはいったい何のためになったのだろう。過ぎていく毎日の軽薄さと現実は全く釣り合いが取れていないような気がする。僕は大学入学を期に一人暮らしを始めた。ベッドとその他もろもろで部屋が埋まるような決して広い部屋ではないけれども、やっと何かが始まるような気がしてワクワクしていたことは覚えている。一人暮らしの窓から見る景色は妙に美しくて、特にぽつんと孤独に立つ一本の桜の木はお気に入りで毎日といっていいほど意識して見るようにしていたけれども、実際に外に出てその木を見たり触ったりすることはしなかった。このまま何もないまま大学を卒業することは何となしにわかってたけれども認めるわけにはいかなかった。義務感もあるけれど、それが無くなってしまうと自分の社交性のなさ諸々に対する言い訳が無くなってしまうから、ということでもあった。
すこし歩く速度を速める。青々しい澄んだ空がだんだんと赤色に燃えるにつれて、逆に寒さは厳しくなっている。早くいかないと暗くなってしまうと思った僕はさらにもう一段階歩く速度を速めた。
神社へはあとどれくらいで着くだろうか。




