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5.こんなにも愛しい私達の

願いを託された流れ星が必ず落ちるように、

願いを果たした者は力尽きるという。

最後の歌を引き継ぐ願いを叶えた十愛は急速に衰弱していった。

と言うより、気力で前借りした生命はもう残っていなかった。


私も十愛もこうなると分かっていて頑張り抜いた。

悔いがないわけじゃない。

二人でずっと生きていけるならその方がいいに決まってる。

けれど終わってしまう覚悟はしようと二人で決めていたんだ。

私が十愛の足を引っ張らない為にも。


かろうじて年は越せた。

何とか蕎麦は食べられた。

正月は私達が何とか作った雑煮を一口だけ。

それが十愛の最後のご飯になった。


余命はどうにもならない事は全員が知っている。

病院にもとっくに話は通してある。

入院は無し、出来るだけの緩和ケアだと二人で決めていた。

残る僅かな日々は「月が島」にいたいと。


忘れ得ぬ一月七日、満月の夜。

この日にクリスマスを祝う人々もいるという。

ここで終わりになる事は私にも十愛にも分かっていた。

最後の最後は皆と一緒に。

けれどその前に、十分だけ椿だけとの時間がほしい。

暮泥十愛の願いは叶った。

十愛の部屋、ほんの十分だけの二人だけの時間。

どのみち私だってそれ以上は耐えられないから。

私は本当に弱くなってしまった。


真冬の風の音、時計の秒針の音。青く光る満月。

言いたい事は今すぐ言えと世界が急かしてくる。

けれど必要な話はとっくに済ませている。

私は十愛の小さな手をぎゅっと握って、誓った。

「私は、ずっとトーアの側にいる。絶対にトーアを一人になんてしない」

「それじゃ椿が困っちゃうよ。だって、明日には私はもう」

「トーアが天国行きで私が地獄行きでも、私は必ず君にたどり着く。死んだ後だってずっと一緒だよ」

「椿は相変わらず無茶を言うなぁ」

かすかに動く十愛の人差し指。「嬉しいよ」のサイン。

一回、二回、三回。

十愛は確かにここにいる。神様にだって渡さない。

「ねぇ、椿。もう一回言いたいんだ」

親指。「行かないで」。分かってるよ十愛、私は何処にも行かない。

「椿がいてくれたから私はこの世界に生まれる事が出来た」

「椿が私を守ってくれたから私の願いも叶った」

「椿が私にくれたものは全部素敵なものだったんだよ」

人差し指を一回づつ。私は十愛の小さな手を握り返した。

少しでも私の願いが伝わるように。

「私の一生は短くても誰よりも幸せだった」

「私のアーキタイプ、私の天使様」

「私の全ては椿のおかげだよ。椿がくれたのは決して呪いなんかじゃない」

「私の天国は椿のいる所。私だって必ず椿の所にたどり着く。椿がくれた力で」

「だから、ありがとう。ずっとずっと、私は、椿が」

か細い人差し指がかすかな力を振り絞っているのが伝わる。言えなくても十愛の言葉が分かる。

もう十愛の手が苦しいかもだなんて思う余裕はなかった。

非力な私の両手で十愛の小さな手を握りしめる。

あの日からいつだって私はそうやって生きてきた。けれど今、再び。

私は、櫛奈田椿は。暮泥十愛の為なら。

「死んでもいい。トーアのためなら」

「月が、きれいだものね。椿と一緒だよ」



誓いのキスを、十愛に。



「愛しているよ、トーア」

「だいすきだよ、つばき」



最後の言葉を伝える時間をくれた運命を。

私は生まれて初めて愛した。

私を人間にしてくれたアーキタイプ、私を愛してくれた天使。

暮泥十愛との最後の時間が、そこで終わった。



23時25分0秒。

多くの人々に見送られて、暮泥十愛の命が燃え尽きた。



十愛の喪主は私がやりきった。

「月が島」の皆がやると言ってくれたが、この世でのお別れは私の手でやりたかった。

といっても例によって頑張ってくれたのは周りの皆で、

私はわがままを通しただけのようなものだったけれど。


「みんなが悲しむのはイヤだから。出来れば、笑顔で私を見送ってほしいな」

それがずっと前から伝わっていた十愛の遺言。

あんなに皆を愛して皆に愛されていた十愛が死ぬのが悲しくない筈がない、

けれど皆はいくばくかの時間をかけて準備と覚悟を固めてきた。


皆が泣きながら何とか笑顔を拵えていた。

十愛が死んでしまったのは悲しいけれど、十愛がくれたものが残っているから。

残ったものは悲しみだけじゃない。

私達は十愛の残してくれたものと一緒に生きて行く。

そう伝えたかったから。



荼毘の煙が空に飛んでいく。

老化のせいで十愛の骨は殆ど残らなかった。

ひどく大きくなってしまった骨壷に、皆で十愛の骨を納める。

焼けた骨の欠片が擦れる音を私は今でも覚えている。


その夜、全てが終わって。

一人ぼっちになった私は。

辛くて悲しい時にも泣いていいんだという事を知った。



一週間が経った。

遠くない私の時間切れが痛みとして迫ってくる。

体を動かすのもおっくうになりそうだけれど。

それでも私は、死ぬか殺されるかまでは生きていたい。

十愛と一緒にそう誓ったから。


呪われていたのが私と十愛のどっちだったかは、

今となっては分からないし、もうそんなものはどうでもよかった。

呪いは願いに変わったのだから。


私は十愛と共にありたいと願う。

十愛は私と共にありたいと願う。

願っているのは両方だ。一人だけじゃない。絶対に。

私がここにいる限り、ここに私と十愛の願いがある。


四十九日で骨を納めるまでは必ず。

その後に数ヶ月でも残ってくれるなら、皆に返せる恩を返したい。

この世にいる限りこの世の為に頑張るんだ。



十愛、この世界で私は最後まで生きるよ。

最後まで私と君の願いは一緒だ。


そして必ず君を迎えに行く。

天国と地獄に引き裂かれても、

私は君の所にたどり着くから。

どうしても百合の日に書き上げたかったのです。

その後色々手直ししつつ、そういえば私ここにもアカウント持ってたので。

5つに分割して「なろう」っぽいサブタイトルをつけてみたくなりました。


悲しいけれどもそれだけじゃない、そんなお話になっていれば幸いです。

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