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3.私はわがままを通したいと思った

数日で「月が島」との話はついた。

もともと暁月一貴や小笠原組の皆も寸志を出していた施設である。

人間というものはどうにも後ろめたさから逃げられないものらしい。

なけなしの金は出している私も似たようなものだけれど。

ともあれ会おうとすればいつでも十愛に会う事は出来た。

会ってしまえば十愛の邪魔になるからやりたくなかったというだけ。


12月の曇り空。そういえば今日はクリスマスイブらしい。

街中がチカチカしながらこの季節だけの曲を流している。

私にはサンタクロースなど来るはずもないし、

救い主とやらを当てにする事もなかったけれど。


子供の体でコートを着てマフラーを巻いて手袋。

変な見た目ではない、と思いたい。

そういえば外見を気にした事なんてあったっけか。

呼び鈴を押す。施設の職員が対応してくれた。

もうじき学校から帰ってくるから中で待っていてくれ、だそうだ。

ありがたく言葉に甘えてみようか。


おそらく食堂として使われているであろう部屋。

見慣れない飾り付けには「クリスマス」の文字。

こうやって騒いでいい日だったのか。

せわしない調理室が見える。この後パーティーでもするのだろう。

しまった私もプレゼントでも持ってくれば良かったな。


ここが皆の守りたかった場所なのか、と思った。

私は本当はここに来てはいけなかったし一生来るつもりもなかった。

薄汚れた血の臭いを持ち込む気にはなれなかったから。

けれどもうそんな事も言っていられないのだ。

ごめん、みんな。私はわがままを通すよ。

「みんなただいまー!買い物済ませてきたよ!」

「おかえり十愛ちゃん。買ってきた物は食堂に置いてくれればいいからね」

「わかった! で、私に会いたい人がいるんだって?」

「その人も食堂で待ってるからね」

五年も経てば人も変わる。

この施設の人々や学校での友達にも恵まれ、十愛はすっかり明るく強くなった。

十愛に命を託した人々もきっと喜んでいるに違いない。

三人とも彼女の運命は知らなかったのだろうけれど。

それでもきっと。


「えっと、失礼しま…あっ、あの黒い女の子」

アルビノという言葉からイメージされる儚さは今の十愛には…えっ、私の事を知ってる?

もしかして見てたのバレてた?

「えー、その。はじめまして? 櫛奈田椿です?」

「いやいやいや、時々私を遠くから見つめてましたよね? あんなに目立つ黒いドレス着てる可愛い女の子ですもの、一回見たら絶対忘れませんよ」

「可愛い? 私が?」

何を言っているんだこの子は。

「誰が見たって可愛いと思いますよきっと。あ、でも名前は今始めて知りました。くしなだ、つばき…ちゃん?」

「ごめん、一応これでもちょっと歳上なんだ」

「あっ、ごめんなさい!じゃあ櫛奈田椿さん!」

「椿でいいよ。それに敬語もいらない」

「えっと、じゃあ椿…さん。その、ごめんなさい。それだと落ち着かなくて」

「だったら好きに話してくれればいいよ、トーア」

「と、言われても椿さんと話すのは今日が初めてですし」

「しまったそうだった」

私の思っていた展開とだいぶ違うぞ。

でも、うん。本当に十愛は強くなった。

あと数年しか残っていない事は十愛だって知っている。

体だって苦しくない筈がない。

だけどこんなに胸を張って生きてくれているんだ。

「それで、その。私に用があるって聞いていたんですが」

「あー、うん。実は用はもう終わっているんだ。トーアと会えればそれで良かったから」

「…ところで「トーア」なんて呼び名を知ってるって事は」

「お察しの通り。実はずっと昔からトーアの事は知っているんだ」

そう、ずっと昔から。君がこの世に生まれる前からずっと。

「じゃあ、椿さんは瑞稀さんの」

「残念ながら彼女については君より詳しくないんだ。もっと前から私は、君を」

「だったら、お母さん達の」

「うん、縁があるにはあったよ。あまり愉快な話は出来ないけれど」

「待って待って待って、そんな急に」

「大丈夫、落ち着くまでいくらでも待つから」

それはそうだ、ここに来る前には思い出したくない事の方が多いだろう。

けれどもあの三人は十愛にとって忘れられない存在でもある。

聞きたい話だってあるだろうさ。

どうしよう、どうすればいいと言わんばかりに十愛は考え込んで、

やがて私を見据えて口を開いた。急に私の両肩を掴みながら。

「…長くなりますよね。だったらご飯のあとにしましょう。この後にクリスマスパーティーがあるから椿さんも是非」

「えっ、いやそんな急に一人増えても皆が困るんじゃ」

「大丈夫です!私もご飯を作る側ですから! あっ、もしかしてこの後誰かと予定が」

「いやそんなものは無いけれどね」

「じゃあ椿さんも一緒に! …それとも私のご飯は食べたくないとか」

「そんな事はない、無いよ。分かった、じゃあ、私もお邪魔します」

「という事で先生! 一人分増えたのでよろしくお願いします!!」

「はいはい。十愛ちゃんも頑張ってね」

完全に主導権を握られてしまった。

私の初めてのクリスマスパーティーはこうして唐突にやってきた。

強くなっていたのは知っていたけれどこんなに押しの強い子だったっけか。


はは、でも素晴らしいじゃないか。

十愛はきっとこうしてたくさんの人に愛されたくさんの人を愛してきたのだ。

人一倍、いや人十倍愛の強い子。多くを与えて多くを受け取ってきた。

まるで天使か救世主か。暮れの泥から生まれた十人力の愛。

私なんかいなくてもきっと。

私の運命から生まれてさえこなければずっとずっと生きられた。

なのに十愛はこんなにも人を愛している。人形の私とは違って十愛は。

出来損ないの私でもこんなにも十愛が愛しくてならない。


十愛がいる限り私は私を愛せる。

呪われた運命であっても、十愛に繋がっている限り、私はこの運命を愛せる。

私はその日「苦しみ」と「喜び」という感情を覚えた。

短命の呪いを十愛に押し付けてしまった「苦しみ」は、

十愛が存在している「喜び」と結びついている。

この日からずっと。今でも、ずっと。


どう見ても話しかけにくい私を、「月が島」の皆は暖かく迎えてくれた。

クリスマスプレゼントは後日皆にちゃんと渡した。

サンタクロースにはなれなかったがそれは贅沢というものだ。


十愛に渡したのは羽衣瑞稀がデビューする前の、ちかあいどる?だった頃のCD。

意外な程に大喜びしてくれたのを覚えている。

私自身の分はコピーしているから困る事もない。

…歌ったり踊ったりは分からないと言ったけれど、五年も経てば人は変わる。

十愛を支えてくれた人の歌を私は時々聞いていたのだ。


それから、何日もかけて。私と十愛は色々な事を話した。

私は暮泥零と暁月一貴の事を、十愛に繋がる人々の話を。

十愛は羽衣瑞稀と彼女を愛してくれた人々の話を。

二人揃って逃れられない数年後の終わりを。

最後の日までに何をしたいのかを。


いつの間にか私はウジ虫ですらなくなってしまった。

相棒の銃が私を拒み始めた。老化で指が動かなくなったのもあるけれど。

銃爪が重い。狙いが定まらない。

人どころか物もまともに撃てなくなってしまった。

何かあったら私が十愛を守らなければならないのに。

銃を撃てない私だなんて。


何故だろう、そんな私に皆は優しかった。

「きっと椿には元々向いて無かったんだよ。これで良かったんだ」

「後はアタシ達がやります。椿さんは十愛ちゃんの所にいてあげてください」

「今度はウチらが椿さん達を守るっすよ」

「もうここには戻ってこなくて大丈夫っスから!」

そう言って暮泥零と暁月一貴が残した皆は私を見送った。

「椿さんだって10代の女の子です。人に甘えて悪いはずがありません」

「事情は聞いています。…十愛ちゃんには貴女が必要です。貴女にしか出来ない事がある筈です」

「えっ、そんなにぶきっちょなんだ。なら、わたしたちがおしえてあげる!」

「とあちゃんの友達なんだ、だったらつばきちゃんも友達だね!」

そう言って施設の皆は何も出来ない私を出迎えた。

「…」

撃てなくなった相棒の銃は口を利かなかったけれど。

弾丸を抜かれて机の底にある今でも私を見守ってくれている、気がする。

「これで道連れだね、椿さ…あー、今なら呼べるかも。椿!」

私と一緒に朽ちていく十愛はいつだって笑顔だった。

残された時は数年も無いだなんて思えない位に。



「教えてくれた人がいたんだ。生きる事は愛する事、何かを与える事だって」

ある日一緒にご飯を食べながら十愛が話してくれた事。

十愛はいつだって人を愛している。こうして毎日ご飯を作ってくれている。

「そんなに美味しいかな?」

「すっごく美味しい。こんなに美味しいご飯を毎日食べられてるのが夢みたいだ」

「そんなに?」

「そんなに」

「あはは、そう言ってくれると頑張りがいがあるよ。ありがと、椿」

「こっちこそさ。トーア、いつもありがとう」

「えへへ、どういたしまして」

餌付けでもされてるみたいだけれど、それはそれとして。

十愛のおかげで、私は十愛と一緒にいていいんだと思えるようになれた。

今は何も出来ないけれど。

私も十愛のように、人を愛して何かを与えられるようになりたい。

私は望んだ、だから頑張るんだ。


という事で私は「月が島」の炊事担当に入った。

といっても料理と言える代物は今でも作れないのだが。

「貴女と十愛ちゃんの分を作れるようになればいいの。時間はどれだけかかってもいいから」

それが目標である。大分遠いのが辛い所だが。

銃を使っていた頃に必要な分は稼いでいたから働く必要は無かったけれど、

私に出来る事があるならやりたかったのだ。

…この仕事で報酬を貰っていいのだろうかと正直に話した事もあるが、

「上手い下手では無いのです。貴女は仕事をしているのですから、対価を払わせて下さい」

と言われては引き下がるしかなかった。


はっきりと言える。十愛たちとの日々は幸せだった。

「喜び」「安らぎ」、そんな感覚をこの一年で初めて知った。

白い冬、桜の春、青い夏、紅の秋。どれもこれも忘れられない。

「月が島」での私は控えめに言って役立たずだが、皆はそんな事はないという。

大事なのは結果を出す事ではなく大切なものの為に頑張る事。

それ以上に私がここにいる事だと。

小笠原組の皆にも月に一回は手紙を書いた。皆が律儀に返事を書いてくれる。

生きたり死んだりはどうしてもつきまとったけれど、私は生存報告を皆に送り続けた。


最後の時は冷たく私達に近づいていた。

それでも十愛と皆のくれたものが私を突き動かす。

最後の瞬間まで頑張ってみせる。大切なものの為に。

十愛の道は私が切り開くんだ。

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