1.出来損ないの殺戮人形
呪われていたのは私とあの子の
どちらだったのだろうか
アーキタイプNo.25。
「組織」なる連中は私をそう名付けた。
いずれは子宮も生殖細胞も、
どころか有機組織すら無い所から肉体を生み出し、
乗り換える事で不老不死を達成するのが目的だったらしい。
荒唐無稽にも程があるが困った事に私は現実にここにいる。
その辺の細胞をいじくってその辺の子宮で作る。
私を作った目的は「受精卵無しでやれるか」だそうだ。
残念ながらそれは成功してしまった。
いくつかの問題点は発生したがそれは後々改善していけばいいと誰かが言っていた。
体の成長は10歳前後で止まる。
生殖は出来ない。
18歳までは生きられない。
「後々改善していけばいい」のだそうだ。
幼いまま幼くして死ぬだけの小娘。
私の運命は生まれる前に決まっていて変えられない。
そう宣告されたのはいつだったか。
千里の道も一歩からと言うがその足跡に気を止める者などいない。
「組織」は最初から二歩目の事しか考えていなかった。
今となってはどうでもいい話だが。
実際に作って問題点を洗い出せれば実験は終わりだった。
「組織」にとってはそれが私の存在意義の全てだった。
生かしておけばデータを取れるから殺す理由は無い。
しかし「組織」が世間に露見すれば全ては終わり。
だから死ぬまで飼い殺される、筈だった。
そんな私の道は、ある日ある女の欲望から乗り換わる事になる。
園田會系列小笠原組。別に珍しくもない「ヤクザ」なるウジ虫の皆様。
「組織」とて馬鹿げた妄想をやりとげる為には金も暴力も要る。
暮泥零なる女は暁月一貴なる女との子を求めた。
くれなずみれい、あかつきかずき、ふたりのこどもを。
「組織」はそんな愚かなヤクザの耳元に「作れる」と囁いたのだ。
証拠として差し出されたのが受精卵無しで作られたアーキタイプNo.25、つまり私。
命じられるままの挨拶は「はじめまして」だった。
何処にでもある言葉、けれど幼い私の声は今でも覚えている。
容姿を整えて作られたからか、体力と知能に問題が無い事を証明されたからか。
ともあれ暮泥零は私にぎこちなく微笑んだ。
あの時、あの人から感じたものは何だったのだろう。
あるいは肉親の情とはそういうものかもしれない。
私が終ぞ得られなかったもの。
かくして取引成立。対価は銃を二百挺。
その日ある少女の運命が決まり。
私は本物のアーキタイプになった。
それは私と小笠原組との馴れ初めでもある。
結果的には、私の存在が一人の少女を生み出したのだ。
少女の名は暮泥十愛。くれなずみ、とあ。私の運命から始まった運命の子。
私の存在と私の運命が無ければ十愛は生まれなかった。
私の運命に理由があった。
黒い髪に黒い目の私は影。
白い肌に赤い目の十愛は光。
私は何の為に存在しているのかと言われれば。
十愛の為だと今は言いきれる。
けれど私は十愛の運命を憎悪している。
出来損ないから生まれた運命を憎悪している。
…暮泥零が十愛に出会う事はなかった。
あまりにもつまらない行き違いで彼女は頓死。死体はとっくに魚の餌だろう。
乗り換わった私の行き先も呆気なく消えた、筈だったが。
何故か私は暁月一貴に引き取られる事になる。
私は今でも、あの女が何故そんな真似をしたのか理解できていない。
「アーキタイプでは呼びにくいだろ?」
言葉通りの意味だったのか、
ゴッドマザーでも気取りたかったのか、
暮泥零の物を塗りつぶしたかったのか。
あるいは何か別の感情があったのかはもう分からない。
分かっているのはあの女、暁月一貴が私に名前をつけた事。
冬空の下で歩きながら告げた名前は。
櫛奈田椿。くしなだ、つばき。
その命を以て誰かの櫛になれるように。
椿のように美しく死ねるように、だそうだ。
ふざけた名前だがアーキタイプよりかはまだマシだとも思った。
私は今でも櫛名田椿を名乗っている。
自分で気の利いた名前を見つける事もできなかったから。
出来損ないの私にはその程度すらできない。
暁月一貴は他にも行き場所のない小娘を拾って飼っていたと知ったのはもう少し後の話だ。
その日から私の暴力としての日々が始まる。
ヤクザにも人殺し以外の仕事はいくらでもあるのだが、
銃と引き換えにここに来たせいか、私には何故か銃がよく馴染んだ。
10歳で成長が止まる体のくせに大人用の銃爪を引けるのは単なる偶然なのか。
そういう風に作られたからなのか。
暗殺、拷問、護衛。銃でやれる仕事は自決以外は何でもやったと思う。
死ぬ時は銃がいいとも思ったが相手の弾は何故か私に当たらなかった。
きっと椿に着せてるそのごすろり?ドレスの加護だ、と言ったヤツもいる。
ひらひらしてて動きにくいし夏は暑いしで大変なのだけれど。
結局私はこの真っ黒なドレスを着通す事になった。
正直に言えば、だ。
小笠原組も暁月一貴も「組織」よりは大分マシではあった。
組織での生活とすら言えない日々に比べれば「生きている」感覚はあった。
命じられて人を殺した私を「椿」と呼ぶ者がいた。
撃たなければ生きていけない存在、
人を撃つだけの小娘である私を「生きている」と呼べるのであれば。
しばらくして暁月一貴も野垂れ死んだ。なんとカタギに返り討ち。
私は笑った。人生で初めて笑った。あんなに笑った事は未だに一度もない。
だってこんなに可笑しい話があるだろうか。
あの女があんな簡単に虫みたいに死んだのだから。
けれど笑いでもしなければやってられなかった。
こうして櫛奈田椿は世界に放り出されてしまったのだから。
もう私を抑えつけられる者はいなかった、だから好き放題にやった。
黒い髪、黒いドレス、黒い銃。影が銃爪を引けば人が死ぬ。
最初に付いたあだ名は「殺戮人形」だった。
出来損ないにはお似合いの名前だと思っている。
それからいつしか、誰が呼びはじめたか。
幼いままの暴力への恐怖にわずかばかりの崇拝も込めて、
私にまとわりついてきた二つ目の異名は「死の天使」。
全く以て面白くもない。ならばあの組織が神だとでも?
小笠原組のあの女は聖母だとでも?
私は誰かのしもべとして生まれてきたとでも言いたいのか?
その名で呼んだ者は一人残らず撃ち抜いた。
身内は何人かを撃った所でその名で呼ぶのを止めた。
仕事でその名を呼ばれた時は丁重に撃ち殺した。
銃弾を三発も使うようになったのはこの名前のせいだ。
しかしそれで私は「苛立ち」という感情も学んだ。
何かを憎む事ができるようになったと感動すら覚えたのを、
私は今でも昨日のように思い出せる。
重苦しい雨がレインコートを叩く音。梅雨の重苦しい空気。
死体から転がる血の色。
あの薄汚い赤が私の憎しみの色だ。
自分を作った運命への苛立ち。
私を踏み台にした全てへの憎しみ。
櫛奈田椿は殺戮人形からほんのちょっとだけ生き物に近づいた。
そして私は初めて暮泥十愛の存在を思い出した。
暮泥零と暁月一貴、私にいくばくかの愛憎を向けた二人の娘。
私の運命の結節点。
真っ黒な私の存在すら知らずに生きている真っ白な少女。
私にとって暮泥十愛は決着をつけるべき憎悪の行き着く先だと思い込んだ。
初めて十愛の姿を見るまでは。