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第4話

 見慣れた我が部屋。万年床に万年炬燵、破れた壁紙にカビが侵食を始めたカーテン、酔っ払うたびに道端から拾って帰ってきているコンクリートブロックのモン・サン・ミシェル。そして、リュウ。リュウを食べ始めてから数ヶ月、巨大であったそれだが、おおよそ七割は食べたであろうか。どう考えても部屋に運び入れられる大きさでなかったリュウも、炬燵の上で小洒落たインテリアと化してきた。

 そう、ここは見慣れた私の部屋なのだ。


「ほらほら見るですよ、ノリヲ。よく似合っているものだと私は自画を自賛してご満悦です」


 見慣れ始めていたシャララの筈が、私はどうにも目を逸らす。


「ふむふむ。やはりこの服はまるで私の為に作られたかのようです。前海底王の娘たる私に必要なのはフォーマルな礼服。私の年頃ならば学生の服で丁度いいです」


 こめかみに手を当て俯く私など気にした様子もなく、彼女は鏡の前でくるくると回っている。


「私は海底の住人。やはり地上よりも水中の方が調子はいいです。この服ならば水陸両用冠婚葬祭をこなせる優れもの!」


 そんな服は聞いたことがない。


「ふふん。私が選んだ服に間違いはねえのです」


 顔を上げると得意満面笑顔のシャララ。その身体へ身に付けた服は女学生服であり、尚且つ水着。激安の殿堂や如何わしい本屋でしか売っていないであろう、猥褻ビデオでしか着用例を見たことがない、いわゆる『セーラー水着』、しかも露出の多いビキニ形状のものであった。

 冠婚葬祭に行けるものなら行ってみろ。貴様の父親の遺骨なら目の前だ。


 ーー


 日付は数日前に遡る。私は炬燵で寝転びながらリュウを齧っているシャララを見て一抹の不安を覚えていた。

 この娘は地上に来て堕落してしまっているのではないか。

 恐らくは海底に炬燵などはないのだろう。その悪魔の如き誘惑に乗ったシャララは、私が大学に通う間など炬燵から出ている時間の方が短いことだろう。私が貸したグレーのスウェットも、摩擦で背中がてらてらと輝き始めている。外に出る用事もない彼女だ。セットをしない髪の毛は静電気で暴れ回る。

 我が家で料理を始めることで、適切な栄養を得ることが出来るようになったのか身体の肉付きばかりは豊潤となり、海岸で拾った当時に衰弱していた彼女の見る影もない。ガリガリだったかつてからの成長である為ようやく標準体型といった様子だが、このままでは球のように丸くなるのも時間の問題だろう。


「シャララよ。外に出る気はないのか」


 面倒臭そうに顔を上げるシャララの態度はふてぶてしいことこの上ない。


「外を出歩いてショクムシツモンされたら面倒臭いと言ったのはノリヲじゃねえですか」

「それはそうなのだが……そうだ。私と一緒に歩けば問題はない。どこから見ても仲睦まじい兄妹だろうから」

「兄妹とは不服なものですが妥協案としてはまあまあかもしれねえですね。ただーー」


 立ち上がり、トテトテと鏡の前に向かうシャララ。上から下まで自らの姿を確認して、言った。


「この服装で外に出ることはちょっと、人としての尊厳に関わるですね」


 スウェットの毛玉をむしりながらシャララはボヤく。私はそれでゴミ捨てもコンビニも大学の講義にも行っていたのだが。何処にあるのだ、私の尊厳は。


「ならば適当に私が見繕ってこよう。それでいいだろう」

「気乗りはしねえです。私はノリヲのファッションセンスを信頼できてねえですよ。洋服でも食べ物でも、若い女の子の流行を知っているのですか?」

「イタ飯屋でティラミス?」

「それはあなたの世代でもないでしょう……」


 結論として、私のパソコンを使ってシャララには気に入った服を買ってもらう運びとなった。大学のレポートと猥褻ビデオを見る以外の用途が私のパソコンにも与えられるとは感慨が深い。途中でトレイにビデオを入れっぱなしだったことに気付いてからの私といえば、嫌な汗が止まらないでいることとなった。


 ーー


「わかったか? 水着で外を出歩いてはいけない。しかもその水着は、その、少し、いかがわしい」


 シャララが選んだ服は猥褻雑誌でしか見たことがないようなセーラー水着。これを身につけた彼女が街を闊歩する、野に放たれるだと。現実感のないことこの上ない。さらには私がその横を歩くだと? 猥褻水着を着た十四、五の少女の手を引いて繁華街を? 危ない、危なすぎる。私が危ない。私がお縄につきかねない。


「言い分は分かりましたが納得はいか……ねえと言って料理対決をしていたのは過去のお話です。まあ、私が地上の世俗に疎いことは否定ができません。口惜しい所もありますが、私の服はノリヲに選んでもらうこととするです」


 だったら最初から私に任せておけ、私が買いに行くと言っていたではないか。などと文句はいくらでも口を突いて出すことはできるが思い切り飲み込んでおく。このクソガキとも思しきシャララと円満に暮らすにはそうした方が良いのだ。でなければ無益な料理勝負は終わることがないだろう。和食編やフレンチ編、アメリカ料理編など私も望んではいない。リュウも足りなくなってしまうかもしれない。

 しかしそれにしても物語は振り出しだ。シャララの外出着はまた注文し直さなければならないし、それまでは彼女を外に連れ出すこともできない。シャララもそれが分かってか、着替えることもせずに炬燵でのんべんだらりと転がり始めた。


「シャララよ。着替えないのか」

「せっかく買ったのに勿体無えです。それに着心地も悪くないので部屋着とするですよ」


 ああ。我が六畳間は異常なモノで満たされる。巨大な遺骨にモン・サン・ミシェル、そしてセーラー水着でダラける少女。いつか引っ越すその時にこの部屋を原状回復ができるかは甚だ不安である。


 だって、また会う約束をしたんだ。敷金と。

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