品がないと婚約破棄されたので、品のないお返しをすることにしました
「メリエラ、君には以前から品がないと思っていた。名家の生まれとはいえ、第二王子である私の将来の妻として相応しくない! よって君との婚約を破棄する!」
壇上から高らかに宣言された婚約破棄に、メリエラの頭は一瞬で真っ白になった。
そして脳内にはリズミカルな音楽が流れ、華美な羽根を背負った女性達が次々に踊りながら登場する。太鼓を叩く愉快な男性とジョッキ片手にフ~と歓声をあげるお客も加わり、まさにお祭り状態である。
だが現実の観衆達はといえば、メリエラの脳内とは正反対の反応である。
まさか卒業式という晴れの場で、第二王子のダイキアがいきなり婚約破棄宣言なんてするとは思いもしなかったのだろう。
仲が悪かったというのならいざ知らず、メリエラとダイキアの仲はとても良かった。幼い頃から今の今まで変わらないまま。
だが二人の間に恋愛感情なんてものはなく、あるのは友情のみ。
そしてその友情は今も変わっていないと、メリエラは確信している。
真面目なダイキアが独断で物事を進めるとは思えないので、すでにメリエラの父も了解済みなのだろう。
だから王子妃なんて面倒なものから解放されるの!? と素直に喜んでいるのだ。
そもそもメリエラは自分に品がないことも、貴族が向いていないことも理解している。
それでも名家に生まれたからにはと努力はしてきた。だが人には向き不向きがある。どんなに頑張ってもメリエラはそこそこ止まり。公爵令嬢としての及第点ギリギリは取れるが、王子妃に相応しくないと幼い頃から自分でも思っていた。
だが家格の釣り合いと年の近さ・権力のバランスを考えれば、ダイキアの婚約者にはメリエラしかいない。幸い、彼もメリエラのことを気に入っており、二人で支え合えばいいと言ってくれた。だから腹を括っていた。
「君よりも私の婚約者に相応しい、素晴らしい女性を紹介しよう。アルデンラ、こちらへ」
ダイキアが壇上に招いたのはアルデンラ=シリューデン男爵令嬢だ。
男爵令嬢と家格は低いものの、礼儀作法はしっかりしているし、学園で五本の指に入るほどの好成績。また光の魔法を持つ彼女の回復魔法は大陸教会が太鼓判を押すほど。最近ではとある国の陛下の隠し子ではないかと噂されている。
彼女と男爵家を説得したなんて!
さすがはダイキア。惚れ惚れとするほど仕事が早い。
ダイキアの隣に立つアルデンラの背筋はピンと伸びている。
確かに家格だけのメリエラの何百倍も王子妃に相応しい。
話は聞いているだろうに、こちらを不安そうに見つめる視線だけはいただけない。だが婚約破棄される女への気遣いはグッドだ。好感が持てる。
ここでメリエラが適当に引けば話は終わる。
悪役感を出せば、突如として婚約破棄をしたダイキアへの不信感も消えることだろう。
アドリブは得意ではないが、友の晴れ舞台に協力を惜しむなんてことはしない。
事前に伝えておいてくれれば良かったのに……なんて思いながらも悪い笑みを浮かべて一歩前に出た時、ダイキアがにやりと笑った。
「メリエラ。君は品こそないが、武力は我が国の騎士団長クラスにも劣らないと聞く。偽名を使ってはいるようだが、ギルドを通して君の活躍は耳にしているぞ」
「は?」
偽名だけではなく、髪色や目の色、声音まで変えていたのに気付いていたのか……。
情報収集能力の高さに思わずぽかんとしてしまう。だが驚くべきはそこではない。
なぜ婚約破棄した相手をいきなり褒めているのか。
王子の耳に入るほどの活躍ともなれば『品がない』と折角けなした部分が台無しだ。
そもそもなぜ婚約破棄理由に『品がない』なんて中途半端なものを選んだのか。
友思いであるが故にコケに出来なかったにしても、フォローまで入れる必要はないだろう。
今なら巻き返せる。
悪いところを追加しておきなさい、と必死でアイコンタクトを送る。
だが壇上から降りてくる彼は軽く首を振るだけ。どうやら計画を続行するらしかった。
「そこで此度の婚約破棄はこちらが責任を負うことにしよう。なに、王都にいられずとも君にぴったりの場所を用意しておいた。それに先立つものは必要だろう。慰謝料には色をつけておいた。私のポケットマネーだ。ありがたく受け取りたまえ」
「いらな……」
ズイズイっと押しつけられたのは鍵と地図だった。
赤くバツ印がついている場所は、王都からかなり離れた辺境の地である。
「ガルホルテック森林だ。その場所を君に全て与える。どうだ、君にぴったりの場所だろう」
ダイキアの言葉に観衆達は息を呑んだ。
ガルホルテックといえば、五百年前に魔獣の大量発生が発生して以降、立ち入り禁止となっていた場所である。周りから見れば死ねと言っているようなもの。だがメリエラの表情は輝いていく。
なにせこの場所は、メリエラが幼い頃から隠居後はここに住みたいと強く希望していた場所なのだから!
この鍵は森林を取り囲むように張られた結界を出入りするためのアイテムなのだろう。
社交界が苦手なメリエラが簡単にフェードアウト出来るだけではなく、土地まで付けてくれるとはさすがは心の友である!
だが慰謝料はいらない。ポケットマネーならなおのこと。
そろそろ結婚するならお金は必要だろう。王子とはいえ、何でも国家予算から出される訳ではないのだ。
ざわつく会場内で慰謝料の受け取りは拒否しようとダイキアに伝えようとした時だった。
「お嬢様!」
「ワーニア? どうしてここに?」
閉ざされていたドアを開け放ち、渦中のメリエラの元へとずんずんと歩いてくる。
普段は令嬢であるメリエラよりも気品のある立ち振る舞いをしているはずの侍女が大股で歩くなんて……。偽物ではないかと思わず顔を凝視してしまう。だがどんなに見ても本物だ。幼い頃から見慣れたワーニアを見間違えるはずがない。
「騒ぎを聞きつけて駆けつけました。さぁこちらに」
「いや、お金だけでも受け取り拒否を」
「さぁこちらに」
有無を言わせず手を引くワーニアに、彼女もグルかと理解した。
そのまま回収され、馬車へと突っ込まれる。
「なんで私だけ何も聞かされていないの?」
「お嬢様は派手好きですから。事前に伝えれば事がスムーズに進まなくなるだろうと旦那様が」
「お父様か〜。なら仕方ない。でも慰謝料の受け取りだけでもなんとか出来ない?」
「おそらく無理でしょう。ダイキア様はお嬢様が喜ぶことと嫌がることをそれぞれしたい! と張り切っておいででしたので」
「だからわざわざポケットマネーであることを強調したのね……」
「さようでございます」
屋敷に戻り、部屋に詰まれていた慰謝料に唇を噛みしめる。
なにせ去年メリエラがギルドで稼いだ額のちょうど二倍が用意されていたのだから。
稼いだことのある金額を基準にされているからこそ、その重みが分かる。
これを結婚前の男がポケットマネーから捻出したなんて許せない。なにより的確に喜ぶことと嫌がることをされて、このまま森に引き下がるというのはメリエラの信念に反する。
「絶対何か返してやるんだから!」
拳と決意を固めたメリエラだったが、何も決まらぬまま移住が決まった。
移住するのは一人で構わないと告げたのだが、ワーニアは頑なについていくと言って譲らなかった。
実際生活をしてみると、彼女に頼る面は多かった。
狩りや料理・武器の手入れなんかは出来ても、裁縫が苦手なメリエラは引っかけた服を繕ったりすることは出来ない。繕うことも出来ないが、かといってすぐに新しい物を買うのも……とそのままにしていて、よく怒られる。
そういう、メリエラの気が回らないところをサポートしてくれるのだ。
おかげで令嬢自体の時同様とはいかずとも、メリエラの髪や爪は綺麗に保たれているし、近くの湖から水を引いてお風呂だって作った。
毎日狩りをして過ごすものだとばかり思っていた生活も、結界が張られてから新たな競争相手の登場がなかったせいか、野生とは思えないほどにのんびりとした魔物が多い。
威嚇しなければ普通に横を通り過ぎることが出来る。
たまに襲われそうにもなるが、すぐに倒せるほどの力しかない。
長らく人が入ってこなかったおかげで森の中は自然が育んだ食べ物で溢れている。メリエラとワーニアだけなら生涯食うに困ることもないだろう。
堅苦しい社交界から抜け出せて、適度な運動も出来る。
それにダイキアは婚約破棄宣言の際、メリエラの偽名を伏せていた。おかげで今も冒険者として働けている。ワーニアの毎月のお給料はそこから出している。
充実した毎日を送っているメリエラだが、一つだけ困ったことがあった。
それはいつまで経ってもダイキアへのお返しが決まらないこと。
すでにダイキアとアルデンラの結婚式の日取りは掴んでいる。ついでに一部の貴族から嫌がらせじみたことをされているのも。
定期的に送られている手紙にはこれに関することが一切書かれていない。結婚式について触れないのも、こちらへの気遣いなのだろう。本当は、こちらの住み心地なんて気にしている場合ではないのだ。
ワーニアに集めてもらった嫌がらせの理由のほとんどが、正当な理由なく名家の令嬢に婚約破棄を突きつけたことへの不信感が募っている、というもの。
だがこれは表の理由。本音はメリエラを降ろすなら自分の娘をねじ込みたかったといったところか。
アルデンラの実の親かも、と思われていたジェノベードン王国の陛下が未だ彼女を娘と認めていないというのも大きい。ダイキアが動いた時点でその関係はほぼ確実。
だからメリエラの父も了承したのだろうが、あちらにも事情があるのだろう。
隠し子であるというところを無視してもアルデンラは素晴らしい令嬢なので、メリエラとしては友人と幸せになって欲しいところだ。
勘違いさんを蹴散らすためにも、二人が結婚する前にダイキアをアッと驚かせ、かつ小さな嫌がらせも付けたいところである。
それにどうせならもらったお金以上の物を渡したい、と考えているのだが、貰った金額が大きすぎてなかなか決まらないという訳だ。
「ワーニア、何か良い案ない? 役に立ちそうなちょっとした情報とかでもいいんだけど」
「役に立つかは分かりませんが、ジェノベードン王国には変わった風習があると耳にしたことがあります。それは……」
ワーニアからの情報にメリエラは「それだ!」と手を打った。
そうと決まれば後は必要な道具を用意するだけ。急いでジェノベードン王国へと向かうと計画に必要なとある物を購入する。
そして話を聞いた時に浮かんだ贈り物もしっかり確保し、上機嫌で森の中の自宅へと戻った。
作戦決行は結婚式後、貴族のみが集められた披露宴である。
すでに結婚発表は済ませたというのに、未だ結婚が気に入らないと隠しもしない貴族達がちらほらと見受けられる。
メリエラを理由に不満をぶつけられるのも今のうちだけ。
メリエラの完璧な計画を前に彼らは打ちひしがれることとなるのだ。
カーテンの隙間から笑みを溢せば、顔なじみの王宮調理人がこちらへと合図を送ってくる。
すでに彼は買収済みである。計画を伝え、ガルホルテック森林で自生する木の実や果物を手渡せば頷いてくれた。陛下にも話は通してある。
知らぬはダイキアを筆頭とした会場内の貴族のみだ。
とある物が仕込まれたデザートは無事にダイキアの前に置かれ、対になるアイテムはアルデンラの手の届く場所に配置済みである。
後はワーニアと二人で息を潜めてその時を待つ。
ダイキア王子はジェノベードン王国を筆頭とした来賓と集まってくれた貴族に謝辞を述べる。
新郎新婦には数々の祝辞が送られ、会はつつがなく進行していった。だが緊張しているのか、なかなかデザートに手を付ける様子がない。今すぐにでも会場に踏み込みたい気持ちをグッと抑え、ひたすら見守る。
そしてようやくその時が来た。
「っ」
ダイキアがデザートのケーキに口を付けたのである。一口食べた途端にフォークを落とし、口を塞いだ。プルプルと震えるダイキアに、会場は騒然とする。
舞台は整った。
痺れかけていた足をペチッと叩いてから、メリエラは颯爽と会場に姿を表す。
「お久しぶりですわね、ダイキア王子」
「メリエラ、こ、これは君が」
口内が大惨事になっているダイキアは涙目でメリエラを見上げる。
会場にいる人間のほとんどがメリエラは復讐にやってきたものだと思っているらしく、背中にはビンビンと敵意を感じる。
少しだけ混じっている好感は、ほんの少しの我慢で絶望に変わると思うと喜劇のスパイスにしか思えない。
「ええ、だって王子は私を招待してくださらなかったじゃないですか。寂しくて悔しくて、少し意地悪をしてしまいましたの」
「何を入れた」
仕込んだのがメリエラだと確定したためか、ダイキアの顔から焦りが消える。
そして息を荒げながら、必死で口内の辛さを逃そうとしている。
「ガムダンレンの実ってご存じですか?」
メリエラが用意した物とは、ジェノベードン王国でのみ自生する果物である。
大陸一辛い果物として知られているので、名前を知っている者は王子が今、どのような状態にあるか理解したようだ。
だがメリエラがなぜその実をケーキに入れたのか。その理由まで察している者はごくわずかである。
知っている人だけがこの場でニヤニヤ顔をこらえている。
メリエラもワーニアから教えてもらうまで知らなかった。
「大陸一、辛い果物だろ」
「よくご存じで。とにかくそこのお水でも飲んで落ち着いて話しましょう」
ガムランレンの実と一緒に用意した水を勧めると、ダイキアは何の疑いもせずにアルデンラからそれを受け取った。そして口内に広がる辛さを少しでも早く逃そうとして、一気に煽った。
それが同じくジェノベードン王国に自生する果物の絞り汁を入れた激甘の飲み物だとも知らずに。
「ごふっ」
辛さの直後に来る衝撃に耐えきれず、ダイキアは勢いよく水を吐き出した。
「あははははは。騙された。おかしいわ。ははははは」
ゴホゴホとむせ込む彼を、メリエラは腹を抱えて大笑いする。
大口を開けて、周りの目を気にすることもない。
この儀式は品なんてあってはいけないのだ。
だってこれはジェノベードン王国に伝わる、悪友の結婚を祝うための儀式なのだから。品がないと婚約破棄したダイキアを祝うに相応しい。
通常、複数人で行うものなのだが今回は一人である。
会場には品のない女の笑い声だけが響く。
けれどそこに拍手が加わった。
ジェノベードン王国と、その近隣から来た来賓。そしてかの国の儀式を知る者達からの拍手である。
彼らは立ち上がり、おめでとうと次々に祝いの言葉を送る。
ダイキアの元婚約者であるメリエラを彼の悪友と認め、メリエラが祝うこの結婚を祝福してくれているのである。
正直、祝福してくれるかどうかは賭けだった。
儀式の意味を知っていても知らん顔されればそれまでだ。
実際、知らぬ者達は訳が分からないと言った表情である。
だから、ちゃんと贈り物も用意した。
新郎新婦の前に立ち、にっこりと微笑んだ。
「おめでとう。幸せになってちょうだい」
胸元から取り出したのは『ヴァルヴァルファの心臓』と呼ばれる宝石である。ヴァルヴァルファという魔獣が特定の鉱物を飲み込み、心臓と同化しながら育っていくことで出来る宝石である。
ヴァルヴァルファは生命力が高いことで知られており、心臓と共に育ったその宝石は長寿と繁栄の願いを込めて贈られる。大変貴重で採取には危険も伴う。権力者に贈ろうと凄腕の冒険者を何人も雇う貴族も多いという。
貴族相手なら、儀式の意味は分からずとも贈り物の意味は伝わる。
目を大きく開き、わなわなと震える貴族達を想像し、いっそう笑みを深める。
「慰謝料の何倍も高いじゃないか……。君にはしてやられたよ」
「土地だけでも十分だったのに、あんな大金贈るからよ」
「あの、メリエラさん。私……」
「アルデンラさん。私の友人を頼みます」
「っ、はい! 必ず幸せにしてみせます」
アルデンラは両手を固めて、宣言する。
妻の決意を聞いて、悪友が笑うーーここまでが悪友の儀式である。
ジェノベードン王国からの使者がホッと胸をなで下ろしているのが目に入った。
彼らがアルデンラを隠し子だと認めないのには理由があるのだろう。大事に思ってくれているのならそれでいい。メリエラはただ、友人と彼が愛した女性の幸せを祈るだけなのだから。