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第8話 紫宮さんとの距離が急に縮まって困っています

 ――その後、夕食を食べた俺たちはいつものように雑談をして盛り上がっていた。


「ねえねえ、柔道どれくらいうまいの?」

「まあ、黒帯くらいは……」

「えー!? すごくない? 黒帯って……確か初段からだったよね?」

「そうだけど、俺、初段でやめちゃったしそこまで強くないよ」

「私は十分強いって思うけどなー」

「ありがとう」


 そんな柔道の話をしていたら病室の扉が開き、渡辺先生が入ってきた。


「ちょっとふたりとも!」

「? どうしたんですか?」

「なんか病院内で院長の息子を羽交い締めにした子がいるって噂が流れてるけど、もしかして山本さん?」

「そうですけど……」


 渡辺先生は一呼吸置いて、


「……院長が呼んでる。案内するから」

「わ、わかりました」


 おいおいまじかよ……これで、「この病院から出てけ!」とか言われたらどうしよ。


 そして部屋を出た俺は先生の案内のもと、エレベーターに乗り最上階にある院長室へ出向く。


「ここだよ」

「うっわ……」


 目の前には中に宝物が隠されてそうなくらいでかい木の扉。これだけで威圧感を感じる。

 

 俺はその扉をノックし、中へいるだろう院長さんに声をかける。


「すみません。山本ですけど……」

「入ってきなさい」


 院長さんの声はすごく太く、一歩後ずさりしそうな声だ。


「失礼します……」


 ゆっくりと扉を開けるとそこには、いかにも高級そうな社長椅子に座る院長さんの姿。歳は……60くらいだろうか。


 俺が思ってたより若い。


「座りなさい」


 目の前のソファを勧められたので失礼のないよう腰掛ける。

 院長さんは俺の向かいの席に腰掛けた。


「わしはこの病院の院長をしている枝川雄一郎だ。よろしく」

「山本れんです。こちらこそよろしくおねがいします」


 自己紹介が終わったところで枝川さんが本題に入る。


「さて……キミが、わしの息子を羽交い締めにしたという例の子か?」

「はい。そうです」

「なんで羽交い締めにしたんだ? 理由を知りたい」


 俺はあの時撮った写真を見せながら院長さんに説明する。


「僕とこの子、紫宮千歳さんは枝川さんの息子さん、充さんにリハビリを担当していただくことになりました。僕はまだ足が完全に復活しておらず、見学になったのですが……紫宮さんの表情に違和感を覚えました」

「ふむ」

「で、なんでそんな表情をしているんだろうと思い、原因を探すと充さんが紫宮さんの腰付近、結構際どいところに手を置いていました」

「ほう」

「そこで、僕はスマホで二人の様子を撮影し充さんに問いただしました。すると、充さんが僕のスマホを奪おうと襲いかかってきたので羽交い締めにした……といった感じです」


 枝川さんは、顎に手を当て考えるような仕草をした。


「なるほど。状況はよくわかった。どうやら、わしは大きな勘違いをしていたようだな」

「え?」


 そう言うと枝川さんは、机に手を付き頭を深々と下げた。


「わしの息子が本当に申し訳ないことをした。あいつに変わって頭を下げる。本当に申し訳ない」

「いやいや、そんな……顔を上げてください。僕は被害者じゃないんで謝るなら紫宮さんに謝ってください」


 そう、俺は助けただけ。頭を下げられる立場にはない。


「それはそうだな。で、その紫宮さんは?」

「彼女は今病室にいます。」

「そうか。じゃあ、1週間後充に直接行ってもらうことにするよ。あいつは今警察のところにいてね。1週間後に出てくるんだ。あいつに直接謝ってほしいしね」

「わかりました。彼女にも伝えておきます」

「ああ。よろしく頼む」


 そういって枝川さんが席を立ったので俺も後を追うように席を立つ。


「話は以上だ。本当に申し訳なかった」


 俺が部屋を出るまで枝川さんはずっと頭を下げていた。


 正直言うと、院長さんがあそこまで律儀な人だとは思ってなかった。

 

 頭を下げられるまでは、息子の話だけ信じて怒鳴りでもしてくると思ってた。院長さん。ごめんなさい。


「でも……なんか嫌な予感がするな」


 この予感が当たらないよう願いながら俺は病室へと戻った。







「ただいまー」

 

 そう言いながら病室の扉を開けると、思いもしない光景が広がっていた。まあ、俺のベットの上だけだけど。


「えーもう帰ってきたのー」


 なんと紫宮さんは俺のベットの上で枕に顔をうずめていたのだ。


「なにやってるんだ……」

「いやー……なんか山本くんの匂いを嗅ぎたかったというかなんというか……」

「なんでだよ。別にいい匂いなんかしないだろ?」

「えーいい匂いだよー山本くんの匂いはっ」


 かわいらしい笑顔で答える紫宮さん。……その笑顔、犯罪です。


(絶対夜寝れない……!)


 明日の寝不足を予想しつつ、全然離れない紫宮さんを力づくで引き離して、就寝時間を迎えた。


 そして就寝時間から1時間後。


(やっぱり寝れん……)


 ベッドに横になった瞬間から紫宮さんの匂いがどんどんと鼻の中に流れ込んできて寝るどころではなかった。そして今も眠れてない。

 ……いや、寝る努力はしてるんだよ? 目瞑ったりとかしてるんだけど紫宮さんの匂い、まじでいい匂いなんだよな……すぐに目を開けてしまう。


 そして、どう眠ろうか試行錯誤していると、横からクスクスと笑う声が。


「……聞こえてるぞ、紫宮さん」

「ふぇあ!?」


 俺が話しかけると、紫宮さんは変な声を出して掛け布団を蹴っ飛ばした。


「……俺のベッドに寝転がってたのは、夜眠れない俺を見て笑うためだったのか?」

「いや、寝転がってたのは本当に山本くんの匂いが嗅ぎたかっただけなんだけど、私の匂いで寝れない山本くんがおもしろくてつい」

「はあ……どうしてくれるんだよ……」


 このままだと一睡もできないまま朝を迎えてしまう。病院でオールなんてまじで勘弁してくれ。


「じゃあさ、私が腕枕してあげよっか?」

「もっと寝れなくなるので遠慮します」


 なにをふざけたこと言ってるんだ? そんなの心拍数上がりすぎて寝れるわけないだろ。


「じゃあ、腕枕させてくれるまで私寝ない!」

「はあ!?」


 俺だけならまだしも、紫宮さんまでオールしてしまったら明日のリハビリどうなるんだ?


『うー……』

『紫宮さん!?』


 多分……リハビリ中にぶっ倒れる。そんな事態は避けなくては。でも、腕枕って……


 ……俺は心を決めた。


「わかった」


 そう言って俺は彼女のベットに近づく。そして、


「腕枕。させてあげる」

「山本くん……」


 多分顔が真っ赤になってるが、暗さのおかげでうまくごまかせている。


「じゃあ、おいで」


 彼女が腕を広げ、人1人入るかくらいのスペースを開けてくれた。

 そこに俺は体を滑り込ませ、遠慮がちに彼女の腕に頭をおいた。


「えへへー」


 彼女の顔を見ると満足そうな笑顔。ほんのり頬も赤く染まっているように見える。


「じゃ、じゃあ、おやすみ……」

「うん! おやすみ!」


 そして、眠りにつく……わけなかった。


 俺は彼女に背中を向けたのだが、これはシングルベッド。スペースがなく、強制的に体を触れ合うことになる。

 彼女のやわらかい感触が背中に伝わり……彼女の腕のやわらかさが頭に伝わり……挙句の果てには寝息まで聞こえる。


 ……いや、よくこんな状況で寝れるな!?


 そして、結局一睡もできないまま朝を迎えてしまい、俺はリハビリスペースで寝ることとなった。

最後までお読みいただきありがとうございます!

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