第6話 二人の本当の関係
※12月24日追記:リハビリ担当の理学療法士の名前が二人の担当医の名前とかぶっていたので理学療法士の名前を渡辺から枝川に変更しました。
※本エピソードから、れん視点で♤、千歳視点で♡を前に置いています。
「……私と一緒にさっき見た嫌な夢、語り合わない?」
「俺は良いけど、紫宮さんは大丈夫なの? 辛くなったりしない?」
「うん。大丈夫! じゃあ、私から話してもいい?」
「オッケー。いいよ」
そうして、彼女はさっき見た夢について話し始めた。
※
――中学時代の千歳は今の姿からは考えられないほどの根暗陰キャだった。そのせいで周りからからかわれ、教科書を隠されたり机に落書きされたりされた。
千歳はこの状況をすごく怖かっていた。誰も私の味方なんていないんだって。死のうとも何度も思った。
「こんな私なんて、この世には必要ない」
ついにそんな考えになってしまい、千歳は学校の屋上から飛び降りようと考えてしまった。
昼休憩。千歳は昼食も食べずに、急いで屋上へと続く階段を登っていく。
ゆっくりと屋上の扉を開けると、当然そこに人はおらず、風だけが吹いていた。
千歳は、屋上の一番奥に足を進めた。
ちょっと怖かった。けど、この辛さから解放されると思うと、恐怖心なんて一切無くなっていた。
「お父さん、お母さん、生まれてきてごめんね」
そのまま体を前に倒し、重力に身を委ねようとしたその時、腕を掴まれ体は静止した。
後ろを振り向くと、幼なじみの姿があった。
「おい! 何やってるんだ!」
「……離して」
「無理」
「離してってば! 私は誰にも必要とされてない。生きてちゃダメなんだよ」
今の千歳は死にたい欲求が前に出過ぎ、正常な判断ができなくなっていた。
でも、この後の幼なじみの一言で我に返ることになる。
「お前は俺が必要としてる! お前がいない生活なんて考えられない! お前と一緒にいると楽しいし、心も癒される。もう一度言うぞ。俺はお前が必要なんだ!」
「……ほんとに?」
「ああもちろんだ。考えてみろ。一緒にいても楽しくないやつとずっと一緒にいるか? いないだろ。つまりそう言うことなんだよ」
……そうだ。私にはこの幼なじみがいる。私のことを第一に考えてくれる素敵な幼なじみが。
「わかった。ごめん。こんなことして」
「大丈夫。気にするな。そりゃ、あんなことされたら死にたいって思うこともあるだろ」
「…………」
「おいどうした……ってうわっ!」
千歳はこの嬉しい気持ちに耐えきれず、幼なじみの胸に飛び込んでいた。
今まで千歳は寂しくて、怖くて、心細く、生きる意味を見出せないでいた。
でも、彼の数々の言葉で生きる意味をやっと見つけることができた。
彼のおかげで、寂しくなくなった。怖くなくなった。心細くなくなった。
『必要としてる』
この言葉がこれほど嬉しいことがあるだろうか。
「……ほんとに、ありがとう」
「お前を助けられてよかったよ。千歳」
「……もう少しだけ、胸借りていい?」
「もちろん。思う存分使ってくれ」
それから千歳は昼休憩が終わるまで彼の胸で泣きまくった。
……その日から私は彼のことを異性として見るようになり、彼のことが好きになっていた。
――けれど、私は彼と離れ離れになってしまった。
そして、その3年後。彼に会いたいという思いを抱き、この街に帰ってきた。
彼が嫌いな陰キャを卒業して。
※
「……という夢を見たんだ」
紫宮さんの話を聞いて、俺の中の迷いが決意へと変わった。
「絶対、この人田辺千歳だ……!」
今の話、全て俺と千歳の過去の話だ。俺が用事から帰ってきたらいつもは自分の席で弁当を食べてる千歳の姿が見当たらなかったので色んな人に聞いていったら屋上に行ってたっていう話を聞いて……
このことは誰にも話していないので俺と千歳しか知らない。うすうす「あの千歳……?」とか最初は思ったが、名字とか雰囲気とか違うし絶対千歳ではないと思っていた。
が、さっきの話で確信した。
そうやって考え込んでいると、紫宮さんが首をかしげて俺の顔を覗き込んできた。
「山本くん? 次は山本くんの番だよ?」
「あ、あーごめんごめん。ちょっと考え事してた」
そう言って、俺は見ていた夢について事細かに喋った。
「……っていう夢を見たんだ」
「……やっぱり」
「ん?」
思わず聞き返してしまったが、決して聞き取れなかったから聞き返したわけじゃない。はっきりとその言葉が聞こえ、驚いて聞き返したのだ。
「いや、なんでもない。ただの独り言」
「そ、そっか。おっけー……」
よく人に聞こえる程度の声出して、そんなこと言えるな……と思いながら一応うなずく。
そんなこんなで窓の外を見ると、太陽が顔をのぞかせていた。
「もう6時か……あっという間だったな」
「そうだねーやっぱ人としゃべるって楽しいなー」
「ありがとう。話し相手になってくれて」
「いやいや、先に持ちかけたのはこっちだから……お礼を言うのは私の方だよー」
それから俺たちは相変わらず味の薄い朝食を食べ、先生が来るのを待った。
――数分後
「おまたせ、ふたりとも。検査結果でたよ」
「……どうでしたか」
「……どうだったんですか」
俺と紫宮さんが同時に先生に問いかける。
「……問題なし! 今日からリハビリ開始だよ!」
「やったー!」
俺たちは思わずハイタッチしていた。
「良かったね、紫宮さん」
「うん!」
満面の笑みを浮かべる紫宮さんは今日も輝いて見えた。
しかし、その輝きが夜には失われているのだが……俺たちが知るわけなかった。
☆
リハビリテーションエリアに案内された俺たちはいろいろなリハビリ器具を見て驚いていた。
「おー……!」
「これが今日からリハビリをしていくところ。そしてこちらは理学療法士の枝川充さん」
「今日からお二人の担当になりました、枝川と申します。よろしくおねがいします」
「よろしくおねがいします!」
そして、俺たちのリハビリが始まった。
「まず、義足のサイズを確認するので紫宮さん。ここに座ってください」
「わかりました」
枝川さんが紫宮さんに義足を装着する。
「……よいしょっと。大丈夫ですか? なにか違和感とか痛みとかありますか?」
「いえ、全然ないです」
「それじゃあオッケーです! 一回立ってみましょうか」
「はい。よいしょっと……おお! 立てた! 立てたよ、山本くん!」
「良かったな、紫宮さん」
紫宮さんが喜んでいて、俺も嬉しくなってしまった。
「じゃあ、ゆっくり歩いてみましょうか」
「はい……」
ん? なんか紫宮さんの表情が曇ったような……?
その答えを探すと、すぐに見つかった。
……あいつ、けっこう際どいところに手置いてないか!?
枝川は紫宮さんの腰付近、それも尻に近いところに手を置いていた。よく見ると顔もにやけている。
こいつ、とんだ変態野郎だな……
そうして彼女の表情の曇りが晴れないままリハビリが終わり、俺たちは部屋に戻った。
え? 俺のリハビリは? だって? 俺はまだ足が回復してないからできないって言われたからできなかったんだよ!
「……あいつ、まじで最低。あんなところに手置くなよ……ひっぱたこうかと思ったわ」
「それは見てて思った。あいつ、けっこう際どいとこ触ってたよな。大丈夫だったか?」
そう問いかけたのだが、彼女からは返事がないどころか顔を赤らめてぷるぷる震えていた。
「紫宮さん……?」
「…………の」
「え?」
「なんで助けに来てくれなかったの!」
と、枕を投げつけられた。
「私、結構怖かったのに……なにされるか心配だったのにぃ」
「ごめん。なんか間違えだったらどうしようって心配になってしまって……」
「心配するのは私の方にしてよぉー!」
これ以上はまずいと思って思わず頭に手を置いたがとっさに手をはなす。
やっべぇ……妹にする癖出ちゃった……
「なんで手、はなすの?」
「え?」
我に返ると、そこには頭を撫でて欲したそうに頭を前へ出す紫宮さんの姿があった。
「いや、これはいろいろとまずいかな……って」
「あの時助けてくれなかったおわび!」
「わかったわかった……」
仕方なく俺は紫宮さんの頭の上に手を乗せ、髪が乱れないように優しく撫でた。
撫でられている紫宮さんはというと、気持ちよさそうに目をつむり微笑んでいる。
……やばい。そろそろ俺の理性が爆発しそうなんだが。
三分くらい経っただろうか。俺の理性は限界を迎えていた。
美少女の頭をなでている状況と、目に飛び込んでくる紫宮さんの気持ちよさそうな顔。それが一つとなって俺の理性を集中攻撃してくる。
――よし! やめよう!
理性が保てているときにやめるべき。そう考えた俺は即座に彼女の頭から手を離した。
頬を膨らませる彼女の表情から、「もっとして……!」という言葉が読み取れるのだが今は無視。
すると、彼女が表情をころりと変え、ふにゃりとした声でまた俺の理性を攻撃してくる。
「えへへー気持ちよかったー」
「!?」
これ以上はやめてくれ! 俺の理性が死んじゃう!
その後、なんとか理性を保ち続け眠りについた俺であった。
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