第14話 意外な人からの宣言
『なんでも叶えます券』を千歳に渡した3時間後の、午前9時。俺たちはリハビリエリアに向かっていた。
「…………」
俺が渡したときから部屋を出るときも、そしてリハビリエリアに通じるこの廊下を歩いている時にもずっと券から目を離さない千歳。
……そんなに嬉しかったのか? なら良かったな。って
「おい、ちと……」
「いたっ」
考え事をしていて気づかなかったが俺たちには廊下の壁が迫っていた。俺は間一髪止まることが出来たが、千歳はずっと券を見ていて壁に気づかなかったのだろう。
そのまま壁に直進し、ぶつかった。
そして今、おでこを抑えながらしゃがみこんでいる。
「……大丈夫か?」
「……だいじょーぶ」
「はあ……性格は確かに変わったけど、おっちょこちょいなところは変わらないな」
「む……」
少し笑いながら言うと、千歳は頬を少し膨らませ、悔しそうな目をしてこっちを見てくる。
「……直したほうが良い?」
「ん?」
そんなことを聞かれたが、まさか『直せ』と言えるはずがない。
「いや、かわいいからそのままにしといたほうがいいんじゃない?」
「…………!」
……なんか千歳がこっちに来るんだが?
「……やっぱれんはずるい」
「?」
そして俺の胸に頭突きしてくる。髪の間から見える耳はすっかり赤くなっていた。
「しょうがないじゃん。かわいいし、きれいだし、一緒にいて癒やされるし……」
「……ストップ、ストップ!」
いけない。つい心の声が口に……
「もう! 連続でそんなに褒められたら……」
「ご、ごめん!」
髪で頬を隠そうとしているが、ボブなので髪の長さが足りず隠せていない。そして、かわいい。
「ほら、早く行くよ!」
俺の手を急に掴みながら走り出すので一瞬こけそうになってしまった。
「ちょっそんな引っ張らないで!」
千歳が照れながら俺の腕を引く姿を見ながら、今目の前にある幸せを噛み締めた。
☆
いつものリハビリを終えた俺たちは病室の扉を開けようとしている。が、その手はピタリと止まることになった。
「……千歳、部屋の電気ちゃんと消したか?」
「うん。消したと思うけど……」
「じゃあなんで付いてるんだ? 電気」
「さあ……」
手が止まった理由。それは消えているはずの電気が付いていたからだ。
「……また誰かいるんだな」
「そうだね……」
二人の間に沈黙が流れる。
「じゃあ開け、るぞ」
「うん……」
さっき離した手をもう一度元に戻し、思い切り扉を開け放った。
「あ、お兄さん」
中から聞こえてきたのは聞き覚えのある声。
「なんだ美月か」
そう。中にいたのは美月だった。
「どうしたんだ?」
「お兄さんの様子を見てみようって思って。で、横にいるのは……あ! 紫宮さんですか? 回復したんですね。良かったです」
「うん。そうなんだ」
その後、ガールズトークを繰り広げる二人。やべえ、入るタイミング完全に見失った……
「えーっと……美月?」
「ん? どうしたんですか? お兄さん」
良かった……入れた……
「紫宮さん、前に会ったことあるんだけど知ってる?」
「え? ほんとですか?」
やっぱり知らないよな……
「俺が病んでた時、田辺千歳っていう子いたの覚えてる?」
「ああ、お兄ちゃんの幼馴染の子ですか? その子がどうしたんですか?」
「紫宮さん、その田辺千歳なんだ」
「へー、って、ええー!」
……すごいリアクションだな
「そうなんですか、紫宮さん!?」
「うん。実はそうなんだ」
えへへ……と笑いながら話す千歳。……やっぱ可愛い子の笑顔って犯罪だよな。
「あ、そうでした! お兄さんに聞きたいことあったんでした」
そう言い、俺の方に視線を合わせる美月。
「お兄さんは、紫宮さんのことをどのように思ってるんですか?」
「え!? ど、どうって……」
まじかよ……なんて答えよう……
「そりゃ、大切な人って思ってるけど……」
「ふーん。そうなんですね」
そして意を決したように視線を千歳に移す。
「私、紫宮……いや、千歳さんに言いたいことがあります!」
おいおい……一体何を言い出すんだ……
「私、紫宮さんには負けませんから!」
そう言って俺の左腕に抱きつく美月。
「え、えー!?」
妹が兄の腕に抱きついている姿を目の前にしている千歳。頼む、美月に放すよう説得を……
「わ、わたしも美月ちゃんには負けないから!」
千歳! なんで流されるの!
「……まあいいや」
両者とも俺の腕から離れていく。どういうこと?
「とにかく、お兄さんは私のものですから!」
美月はそう言い残し病室を去っていった。
「まじであいつはなんなんだ……って、え」
ふと千歳の方を見ると、彼女の持つ大きな瞳がメラメラと燃えていた。
「私も、絶対に負けないんだから!」
そう小さい声で言い、俺の方を向く。
「れん、ちょっと横向いて」
「え、いいけど」
言われた通り横を向くと、千歳のものだろう足音が聞こえてきて、
ちゅっ
という音とフローラルな匂い、そして頬に柔らかい感触を覚えた。
その感触が何なのか考えを巡らせる前に声がする。
「はい! もう良いよ!」
千歳の方を向くと、いつものかわいい笑顔を浮かべていた。
(これって……キス、なのか?)
この感触が何なのか、それは千歳にしかわからない。
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