1-2 ティミィ
僕が目を覚ますと、姉が何時もの様に怒られていた。ベビーベッドを倒し本を崩したのは、いつもの姉の不注意という事になっている様だった。
母は一通り怒ると部屋を出て行ったが、姉は僕の方にやって来て話しかけてきた。
「貴方実はもう既にベビーベッドから出て歩けるんでしょう?さぁ白状さない」
姉は僕が未だ話すことができないという事に気が付いていない。それなのに返事を求めても、答えが返ってくる訳がない。
「まぁ、いいわ。貴方本を取り出そうとして失敗したんでしょう?今度から私が取ってあげましょうか?(その代わり成長したら私に貢ぐのですよ)」
僕は体の動きで喜びを表現し、本を読む共犯者ができた。これからはより安全に魔術書を読むことができそうだ。
姉を誘導し、早速魔術書を取ってもらう。
「こんな良く分からない本を読みたいだなんて、変わってるわね…意味不明が記号の羅列が面白いのかしら」
姉が何やら珍しく考え込んでいたが、何を考えても時間の浪費に終わるだけだろう。僕は様々描かれていた魔法陣の形を一つずつ記憶していくことにした。
それから数日して、僕は魔術に関して書かれている本を発見した。そのことに感動し僕は夢中になって毎日本を読むことになった。
「(強力な協力者ができてよかった。姉が何も不思議に感じない鈍感で良かった)」
通常なら、これほど早くハイハイできたりこれほど早く本を読めるような赤ん坊はいない。何の疑問を抱くことなく、自らの目的に一直進できることは思いの外素晴らしいことだと実感させられる。
僕は魔術書に書かれている基本的な魔術の発動方法を試してみることにした。魔術とは、体の中の精神力を消費して現象を起こす技であり、その発動はそれほど難しい訳ではないと書かれている。最初に発動するべき魔術はやはり火魔法だろう。火事の危険性はあるかもしれないが、最初の魔術は火魔法と決めている。
心の中で火魔法の発動を念じて、人差し指に宿る小さな炎を作ろうとする。僕の願いは体の中を駆け巡り小さな光となって灯される。
「流石、我が弟だな!もう既に火魔法を習得するなんて。早く大きく育つんだぞ!」
僕が魔法を使ったことにも何ら疑問を抱かない能天気な姉は、今日も僕に飴を食べさせて開かない抽斗にしょんぼりしながら帰っていく。何時になったら鍵がない以上開かないと学習するのだろう…僕は少し姉の将来が心配になった。
僕が火魔法を覚えて数日は魔法の練習に勤しんだ。より早くより熱く発動させる練習は何時まで続けても終わることは無いだろう。
「(この世界は前の世界にない魔法があるんだ。どうせ新しい生なら魔法を極めてみたい)」
僕はこの日、魔法に関しては真摯であることを世界に刻んだ。赤ん坊である以上、意識を長く保っていることはできない。魔術を練習していても直ぐ朦朧として、眠りについてしまう。
次の日も飽きもせずに魔術の本に書かれている魔法陣を一つ覚えベッドに戻る。魔法陣は一体何でどうやって使うのかまだ定かではないが、覚えておいて損はない。この書斎にある全ての魔法陣を覚えるまでこの生活を続けていくつもりだ。
「(この怪獣の名前はナチードって言うらしい…その生態も何処に住んでいるのかも明らかではないが何時か会ってみたいな)」
僕は子守唄に包まれて眠りにつく。眠りながら考える。どうにかして睡眠中にも魔法の練習はできないかと。僕は目が覚めた後、睡眠中でも発動できる魔術が何かあるか調べてみることにした。そうすると
夢を操る魔法があるという事が判明した。
「(夢魔法を発動させて眠るんだ…そうすれば有意義な生活を送れそう)」
魔法を発動させるコツは既に掴んでいた。夢魔法の発動はそれほど難しい訳ではなかったので、数日で覚えることができた。
「タークス、本当に貴方は泣かない子ねぇ。面倒を見なくて助かるけれど、偶には泣いてくれても構わないのよ」
『マーママーマ』
定番の言葉を母に告げて、感動的な場面を再現しておく。最初に話す言葉が母だなんてべたすぎてつまらないかもしれないが、僕は人生に面白さなんて求めていないからこれでいいんだ。
「大変、タークスが初めてしゃべったわ!」
母はそう言って姉を呼びに行った。僕の家族に父親の姿はない。何処かに蒸発してしまったのだろうか、何処かで働いているのだろうか?詳細は分からない。今のところ僕たちの屋敷にいるのは家政婦さんたちと姉母であり、僕が知る限り残念なことに兄もいなければペットもいない。
「漸く話す気になったのね…タークス、私はシーチェルよ。さぁ私の事を呼んでみなさい」
『シ…シャブ、シャブ』
その日、姉さんはこっぴどく怒られたのは言うまでもない。
それから数日して、祖父と祖母が僕の家を訪ねて来ていた。
「男爵領を任されて女手一つで切り盛りしていくなんて到底無理な話かとも思うたが、案外やってのける物じゃのお」
「子育ては殆どメイド任せだけれど、何とかやっているわ」
「何かあれば私達を頼ってくれていいんだよ?あんたの亭主が逝っちまって…領主の仕事を引き継ぐことになるだなんてねぇ…本当ならのんびりとこの屋敷で過ごすはずだったんだろう?」
「あの人は仕事に誇りを持っていた人でした。嘗て亭主の部下だった皆も支えてくれますし、引き継ぐことに抵抗はありませんでした」
「出産後に死んでしまうのが妊婦ではなく亭主になるとはのぉ…物騒な世の中じゃて」
「他国との戦争が激化して、殿を務めた為に命を落とすなんて…馬鹿な奴だ」
「ええ、あと数年は攻めてこないでしょうがその前に準備をしておかないと…次の戦争に向けて」
母は父の敵討ちをするつもりだ。それが死を乗り越える方法だとするのなら、悲しい話だ。祖父と祖母は隣街に住んでいるらしくここに来るまでいくら急いでも馬車で数日かかる。戦争が起きてもすぐ駆けつけるなんてことはできない。それ程頼りにすることもできない。二人は母と雑然とした話をして、僕の方に会いに来た。僕はなされるがまま、祖父と祖母に抱かれる。
「漸く言葉らしきものを話せるようになったんですよ!」
「それは凄い、成長の早い子なのかもしれんのぉ…爺ちゃんだぞー」
「貴方、子供の成長に早いも遅いもありませんよ。ターク賢く育つんですよ」
祖父と祖母は一日泊って行った後、隣街へと帰っていった。二人が来たことで、父は既に他界してしまったことを知ることができた。放任主義な家庭なのかと思っていたが、領主の仕事で忙しい為子育てにまで手が回らないだけだという事も判明した。
祖父は沢山のお土産を持ってきてくれた。まずその一つを紹介しよう。
『初めましてタークス様、私は製造番号TM-151-I70O07の生活補助人形でございます』
「ドール!ドール!」
僕のいる書斎に仲間が増えた。彼女はこれから僕の人生の中で長い付き合いとなっていくドールティミィだ。
僕が眠っている間もティミィは入り口に待機状態で直立不動のまま起立している。目が覚めて揺り籠の中から覗き見してみると、目を半目にして起きているか眠っているのか分からない状態で非常に不気味で恐ろしい。
揺り籠から下りて、本を取り出そうと背伸びをする。不気味に光っているティミィの瞳。気になったので魔法陣について書かれている本を持って行って、ティミィに話しかけてみる。
「ティミィティミィ、この本について書かれていることを教えて欲しいんだけど」
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