主人公不在?脇役どもの空騒ぎ
「ま、待てぇい!小娘……」
背後からの声にギョッとしてルキィは足を止めた。
振り返ると倒したはずのジャンゴが、血まみれの顔で、気味の悪い薄笑いを浮かべながら立っていた。
立っているといっても足は震えて、どころかガクガクと大地震並みに揺れている。
「クックックッ……いい気になるなよ、小娘」
「あの、ジャンゴさん。顔色すっごく悪いですよ?」
「これで勝ったと思ったか?甘い、甘いな……」
「無理しないで寝ていた方が……」
ルキィが心配するのも無理はなかった。
カッコつけてるジャンゴだが、たった今までペシャンコになって岩壁にめり込んでいたのだ。
そんな瀕死状態だったのがノーダメージのわけはない。
顔色だって『すっごく悪い』なんてレベルではすまない。
血の気が完全に失せている上に、緑色の流血で全身まだら模様になっているのだ。
頭からはプシューッと噴水みたいに出血し続けているのが、涙を通り越して笑いを誘うのがさらに物悲しい。
「貴様は忘れているぞ、刺客はまだ二人残っていることを」
「あ、でもパルタさんはさっき逃げていきましたよ?」
「…………まだ一人、残っていることを!」
涙目で訴えかけてくるジャンゴに、ルキィはそれ以上は言い返せなかった。
言い返したら泣き出しそうなくらい、ジャンゴは悲壮な顔をしていたからだ。
「フハハハ!小娘よ、貴様が地獄を味わう様が目に見えるようだ!」
「はぁ?そうなんですか。じゃ、私急いでるん……!!」
その瞬間、ルキィは真っ青になってジャンゴに背中を向けた。
最速四つ足の体勢で全速力で駆けだした、いや逃げ出したのだ。
死を背負ったジャンゴの気迫に押されたというのか!
おおっ、ジャンゴの背後にユラユラとオレンジ色の後光が輝き始めた。
これが生死の狭間に立ったものだけが体得するという『決死の闘気』なのだろうか?
「ハハハハハハハッ!俺様の闘気に恐れをなして逃げ出すとは!所詮は小娘だな……」
「ジャンゴさんも早く逃げて!」
「そうだ、俺様も早く逃げ…………ヘッ?」
嫌な予感がした。
それに背後が妙に明るいし、低く不気味な音も聞こえる。
振り向いたジャンゴは逃げたと思われていた同僚と再会した。
「パ、パパパルタァ?」「…………」
オレンジ色の炎に包まれ、物凄いスピードで突っ込んでくる、完璧に目を回しているパルタ。
「うわ、うわぁぁぁっ?」
悲鳴を上げてジャンゴは逃げようとした。
だが全身骨折&全身打撲のジャンゴは、それ以上は一歩も動けなかった。
突っ込んでくる失神したパルタの体を、ジャンゴは傷ついた両腕でを優しく受け止め、しっかりと抱きしめて……はっきり言えば正面衝突した。
ドグォォォォ―――ンンンンンッッッ…………
衝突音、いや激突音、いやいや大爆発の轟音が山間にこだました。
巨大な爆発雲が高く、どこまでも高く天へ向かって伸びていく。
砂塵まじりの強風が吹き荒れ、いや砂塵どころか、でっかい岩まで吹き飛ばされた。
腸に響く大音響はやがて消え去り、風と地響きが収まった時、そこには何も残らなかった。
「……う、うう?あの小娘ェ……」「クハッ……ちきゅーじん、コワイよぅ……」
いや、残っていた。
直径2キロメートルの巨大クレーターの底に、ズタズタのジャンゴとボロボロのパルタが生き残っていた。
文字通りの虫の息だが!
大量の土砂と砕けた岩に半ば埋まってしまったが!
それでも生きていた!
もはや無駄口叩く余裕もないが!
ちゃんと生存していたのだ!
めでたし、めでたし……いや、本人的には全然、めでたくないだろうけど。
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「こっちの作戦は完了だナ。後は弾太郎だけだガ……」
少し離れた岩場にジンはいた。
正確には大京先輩の操縦する戦車に乗っていた。
物凄い衝撃風だったが、突き出した巨岩の影に飛び込んで難を逃れることができた。
それでも戦車の装甲の内側でなければ命を落としていたかもしれない。
「助かりましたヨ、先輩」
「ふん、可愛げのない後輩だが。見捨てるわけにもいかんからな」
ぶっきらぼうな先輩の言葉にジンはニヤリと笑った。
不愛想で武骨だが、心優しいこの先輩は養成学校の男子寮でも良きリーダーだった。
静かになったのを見計らって上部のハッチを開け、外気の中に頭を出す。
降りかかる砂粒が顔に痛かった。
「うっぷ、こりゃひどいナ。何も見えないヨ……」
砂塵で1メートル先も見えない中で、ジンはスマホを取り出してルキィがいた方向に向ける。
スマホカメラでどうにかなる視界ではないはずだが、特製画像アプリを起動させた。
ノイズでかすれた白黒画面ではあったが、肉眼では何も見えない状態の透視映像が映し出された。
しばらく画面とにらめっこしていたが、ルキィらしき大きな影が動くのを見つけるとジンは戦車を飛び出していった。
背後から大京先輩が大声で呼び止める。
「おい、ジン!砂塵がおさまるまで、もう少し待った方がいいぞ」
「女性を待たせるわけにはいきませんからネ」
駆けだしたジンの姿はたちまち砂塵の向こうへ消えていった。
一人残された大京先輩は黙ってジンを見送ると、しばらく一人で考え込んでいた。
「…………弾太郎君は空の上か。戦車じゃ救援は無理だな」
他の戦車は既に撤退させた。
大京先輩自身も今のところは基地に帰る以外に、もうやることがない。
兵器システムをダウンしながら、哲学者のような表情でポツリとつぶやく。
「空の上なら鷲羽に任せるしかないな」
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「くっそー、どうしたらいいんだよ?」
その鷲羽小隊長だが……操縦席の超耐久ガラスをぶん殴って歯噛みしていた。
弾太郎のすぐ近くまで来てはいたが、それ以上は接近できない状態にあった。
「なんつー妨害装置を使ってやがんだ?これじゃ近づいても何もできやしねぇ!」
指示された座標付近で、飛行する小型の青い怪鳥と一回り大きい白い怪鳥を発見できた。
小型の怪鳥の背に小さな人影を見つけて、レーザーの照準をセットし一気に加速。
そのまま距離2千メートルまで接近したとたんに、高度計が発狂した。
高度10万キロからマイナス5千メートルまで上昇下降を繰り返し、機体がガタガタと震えはじめた。
咄嗟にシステムを切り、手動操作に切り替えて事なきを得たのだが。
レーダーは真っ白、自動照準はノイズの嵐、並行して飛ぶ僚機との通信すらできない。
「くそ、どれもこれも使いモンにならねえ!こんなに近くにいるってのに……」
悔しそうに風防ガラスを再び拳骨でぶん殴る。
グローブの下で皮膚が裂けて血が滲んだが、怒りで痛みすら感じない。
手動操作で飛び続けることはできるのだが、肝心の武器がひとつも使えない。
それこそ体当たりぐらいしかできないが、全く通用しないだろう。
遠目に見ているだけでも、相手の方がはるかに機動力は上だとわかるのだ。
鷲羽小隊長の噛みしめた奥歯にピシリとヒビが入った。
「畜生、ここまで来たってのに……アタシじゃこれ以上は近づけねぇってのかよ!」
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「おい、ルントゥス……私を騙したな」
於茂鹿毛神社の社務所で弾太郎の父・真榊 海人は、壁いっぱいに映し出された通信相手を静かに睨み据えていた。
表情は穏やかで口調も静かなものだった。
しかし通信相手の巨大怪鳥の王は明らかに焦り、取り乱していた。
『ま、待ってくれよ、カイト!確かにハイエンの件を見落としたのは、こっちの手落ちだが』
「そんなことをいってるじゃない」
『だったら、なんだというんだ……』
「ルントゥス、お前の、いやお前たちの本当の狙いは、弾太郎だろう?」
『いや……違う。長年連絡を絶っていたお前のことが気がかりだっただけだ!それにお前の息子の件は本当に、もう終わってい……』
怪鳥王ルントゥスは言葉を止めた。
カイトの静かな目は、それ以上の虚偽発言を許していなかった。
ブランクがあったものの長い付き合いなので、口にした事が嘘か真実かお互いにわかってしまう。
しばしの沈黙の後で海人の方から口を開いた。
冷静かつ平静な声に、恐ろしいほどの熱量の怒りを滲ませて。
「そうだ、弾太郎はただの人間だ。お前たちが欲しがる物は何も持っていない。あの子が生まれた時、お前たちが言ったように、弾太郎は『期待外れの出来損ない』なんだよ」
『そんな、つもりは……』
「ああ、わかっているとも!だからお前の息子の命だけは助けてやる。もう二度と来るな」
その一言を聞いてルントゥス王は黙った……りしなかった。
『おい、カイトよ!』
「あ?まだ何か用か?」
『黙って聞いてりゃ言いたい放題いいやがって!お前が勝手に引退しやがったせいで、俺たちがどんだけ苦労したと思ってんだよ!』
「知ったことか!そっちだって私を利用しようとしていただけだろう!」
『利用していただけ、だとぉ?そんなに信用してなかったのか!』
「ああ、そうだとも!あいつの血縁者なんぞ誰が……あ、いや、その……」
言い過ぎた、と気づいたのだろう。
海人は言い淀み、目を伏せてルントゥス王に背を向けた。
双方がきまり悪そうに口を開きかけ、何をいえばいいか思いつかず、頭を掻きながら口を閉じる。
そんなことを何度も繰り返す前に、幸いにも救いの主からスマホに連絡が入った。
「おお、ゲンさんか!どうだ、弾太郎は見つかったか?」
『あんまし良くねェです。坊ちゃんを見つけるにゃ見つけたんですが……』
「危ないのか?どこにいるんだ?」
『於茂鹿毛島から北へ220キロ!高度2千5百!たった今、海上へ出やした』
「こっちへ向かってるのか!怪我はしていないか?」
『怪我はないようでごぜぇやすが、下手に近寄れねェ。このまんまじゃ』
「よし、わかった…………後は私がやる」
ゲン爺は声を出さなかったが、それでもスマホの向こうから驚きが伝わってきた。
『まさか、海人の旦那が戦うつもりじゃ……』
『おい、カイト?正気か、お前が出たら、どうなると思ってるんだ!』
「うるさい」
感情を欠いた、静かな一言がゲン爺とルントゥス王の血を凍りつかせた。
息子には決して聞かせたことのない声は、押さえきれない怒りと底の見えないほど深い悲しみから絞り出された声なのだ。
そしてこれから海人が何をする気なのか、それもはっきりと分かった。
「さっきもいったが、ルパルス君だけは助けてやる」
『おい、待て!カイト』『旦那、お待ちくだせぇ!』
ガンガンと大声、いや悲鳴を響かせるスマホと通信機を海人は切った。
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肩に積もっていた砂を払い落として、ジンは歩調を速めた。
大京先輩と別れて数分、ルキィVSジャンゴの戦いとパルタの墜落で景色は一変していた。
殺風景な採石場跡地は砕けた消えた山と莫大な土砂に埋められた谷に変貌し、巨大なクレーターまで出来ている。
まともに歩けないほど起伏だらけになった大地をジンは苦も無く駆け抜ける。
ただの警官とは思えない、まるで忍者のような体術を会得しているらしい。
「なんとか見えるようになってきたナ」
立ち込めた土煙が晴れてきたので、見回してみると元の地形は面影も残っていなかった。
スマホの地図で現在位置を確かめようとして諦めた。
「まず地図作りからやり直さなきゃネ……それより急いでルキィさんと合流しなけれバ」
そう思ってルキィらしき巨大な影が動いていたあたりまで来てみたのだが……
ルキィどころか動いている物がひとつもない。
もともと荒涼とした更地だったわけだが、今や破滅の大地と化したという感じだ。
「おーい、ルキィさ―――ン?どこにいるんダ?」
大声で呼んでみたが返事はなかった。
代わりに半化した崖の影に、七色に変化する巨大な光の玉が出現する。
その眩しさにジンは思わず手をかざして光を遮った。
「これハ?擬態カ偽装効果?おーい、ルキィさんですカ?」
「ガァッ!、じんサン、グガガッ、ソコニいたんデスか?今、そっち行きます!」
空気を激震させる怪獣の恐ろしい咆哮が、少女のちょっと子供っぽくて可愛らしい声に変わっていく。
地響きを立てて光の玉に包まれた巨大な影が、ズシン、ズシンと迫ってくる。
大きすぎる圧迫感にジンも息を吞んで思わず2、3歩下がるが、そこで足を止めた。
光の中の巨大な影が急速に縮み、巨大建築サイズから大型コンテナサイズへ。
そして軽自動車サイズから人間並みに、そこでカモフラージュ光は消えた。
「ジンさんジンさんジンさん!大丈夫だったですか!」
「…………弾太郎がいたら血の海だったナ」
人間態に擬態を終えたルキィはいつものことだが、NO着衣状態である。
全裸、オールヌード、一糸纏わぬ姿、マッパ、完全無修正、生まれたままの姿、…………
この状態を形容する言葉に恵まれた言語文化に到達できたことを、人類は祝福すべきであろう。
一部表現を禁じられていることを考慮してもなお、祝福すべき偉業だ。
輝く美しさ可憐さを振りまきながら駆け寄ってくるルキィを、ジンは称賛の目で見つめるしかできない。
本人は無自覚でもあって、それほど男心を刺激されてしまうのだ。
やがて妖精のごとき裸体の少女は金髪の青年の腕の中にすっぽりとおさまった。
豊かな赤髪からだろうか?
花とも菓子とも違う甘美で心地よい香りが、女性の扱いには長けているはずのジンでさえしばらく思考を麻痺させた。
ブッ…………ン。
すぐそばで聞こえた軽い羽音にジンは我に返った。
ジンの背後5メートルほどの空中に小型ドローンが浮かんでいた。
ここで撮影していた特撮番組チームの物だろう。
振り向きもせず、ジンは麻痺銃を撮影ドローンに向けて撃った。
バチッ。
軽い火花を散らしてドローンは動きを止め、その場に静かに着陸した。
麻痺銃は対生物用の武器だが、神経電流に干渉する一種の放電銃だ。
だから電子回路を流れる電流にも有効で、小型電子機器をダウンさせるくらいは可能なのだ。
「……あ、ルキィさ……」
「ジンさん!私を……海へ連れてってください!」
「……ハイ?????」
逆ナンパされた?この場面で?
予想外のルキィのセリフにジンの思考はまたしても一瞬……よりは、ちょっと長い目に停止した。
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ライトバンを走らせて、なんとか安全圏まで避難できた『仮面ファイター・ブシドー』撮影隊一行。
しかし、そこには安全には程遠い、予想もしなかった惨劇が待ち受けていた。
「ヒ、ヒィィィッ……」
ただ一人だけ惨劇を免れた運転手がガタガタと震えながら、ルームミラー越しに後部を見ていた。
そこには折り重なって倒れたスタッフたち、それを見おろして呆然としている仮面ファイター・ブシドー(のスーツアクター)。
ブシドーが震える声を絞り出した。
「なんでだ……なんで、こんなことになっちまったんだ?」
数分前、ルキィとジャンゴの戦いの決着に安堵したのも束の間、別の怪獣が墜落してくるという一大事で現場からの映像は途絶えてしまった。
懸命に再起動コマンドを送り続け、ようやくドローンが一機だけ復活した。
その一機を飛び回らせて人影を探したが、立ち込める土煙の中ではまともに見える物もない。
ようやく見つけた人影は金髪の青年だけだった。
「あの兄ちゃんについてけば、弾太郎君の安否もわかる、と思っただけなのに。なんでこうなった?」
ブシドーがつぶやくように皆が弾太郎たちを心配していた、その時までは。
やがて土煙が晴れ始めて視界が確保できた頃、カメラの前に美しい七色の光があらわれた。
それに目を奪われているうちに消えゆく光の中に女神が降臨した。
その肌も、それ以外の部分も惜しげもなく開示する女神様(全裸フォーム)の御姿に、目にした者は視線と心を奪われてしまった。
そして、心を失った者は本能のままに行動する獣と化した。
…………ぶっちゃけ、小さなモニターに映る女神様(全裸フォーム)を一番見やすい位置を巡って、醜い争いが始まったのだ。
唯ひとり正気を保っていたブシドーが阻止しようとしたが……遅かった。
「おい、よせ!みんな、正気に戻れ、しっかりするんだ!!」
「うるせぇ!」「こんなチャンス逃せるか!」「ルキィたんンンンッ!」
「ダメだ、コイツら……アアッ、監督まで!」
「スマン、家内には内緒で!!」
「駄目ですって!」
ドスッ、ドカッ、ビシッ!
という感じで結局、全員を当身で失神させるしかなかった。
少年時代から鍛え上げ続けたブシドーに勝てるはずもなく、一分とかからず全員が白目を剥いて転がる羽目になった。
当然の結果といえた、ただひとつ計算違いだったのは……
彼の直弟子の仮面ファイター・キシドーも倒した中にいたことだ。
予想だにしなかった結末にブシドーは仮面の下で涙を流した。
「バッキャロー……なんで、お前まで『闇堕ち』しちまうんだよぅ」
直弟子を抱き起し、ブシドーは慟哭した。
その声に意識が戻ったのか、キシドーはわずかに頭を起こした。
「す、すいませんッス、師匠……」
「お前、どうしてこんなことを?」
「師匠にゃわからないッスよ。師匠にはあんなキレーな奥さんも、かわいーお嬢ちゃんもいるんスから……」
「馬鹿なことを……」
仮面の下の表情は見えないがキシドーの声は切なく、淋しい。
そして少し涙声のようにも聞こえる。
「馬鹿……そうッスね。プロになるため毎日毎日体鍛えて、顔出なくても体張って無茶ばっかして。年中無休、なんでもアリの世界で……後悔したことはないッスけど」
「じゃあ、なぜ?」
「……時々ね、フッと思うッスよ。彼女つくる暇もなかったな、って」
「だからルキィちゃん(の裸)に?」
「ついフラフラッと……面目ないッス」
ブシドーの、師匠の言葉にキシドーは視線を逸らしてライトバンの窓の外、空の向こうを見ていた。
素顔は決して晒さず、自分自身の感情は見せてはならない。
それがスーツアクターの鉄則だが、ブシドーにはわかっていた。
キシドーは今、血の涙を流しているのだ。
「馬鹿野郎!彼女がいねぇくらいなんだ!お、俺の娘はなぁ『おっきくなったらキシドーおにいちゃんのおよめさんになる』っていってんだぞ!ちょっとだけ、あとちょっとだけ待ってりゃ……いや嫁にはやらん!」
「あははは……師匠の娘さんってまだ小学校前じゃないッスか。俺、何年待てばいいんッスか?」
「そりゃあ、あと10、いや15年くらい……いや、やっぱり娘はやらんッ!」
ダメじゃん、おとーさん……
★☆★☆★☆★☆★
部屋を出た海人はそのまま玄関を出て境内へ。
天を睨んで手にした榊の枝を高く差し上げ、精神を集中する。
「何年振りかな…………擬……」
「弾太郎ちゃんを助けに行こう、なぁーんて考えちゃダメよ、海人ちゃん」
朗らかな少女の声が海人を止めた。
鳥居の下に顔見知りのワンピの女の子が一人、ニィッと笑って立っていた。
「邪魔しないでくれ、乙音ちゃん」
「邪魔は海人ちゃんの方でしょ?子供の仕事に親が口出しすんじゃないわよ」
相手は海人が島へ来た頃からの知り合い、浦島 乙音(推定年齢800歳)だった。
殺気だった顔と剣幕で押し切ろうとした海人だったが、乙音には通じずにあっさり言い返された。
見た目は少女でも年齢は乙音の方が3桁レベルで上なので、こういう時はやりずらい。
「いい加減にしてくれよ!弾太郎がピンチなん……」
「その弾太郎ちゃんに呼ばれたから、こーして私が出張ってきたのよ」
「な、なんだと?弾太郎が?」
「直接連絡できたわけじゃないけどねー。ルキィちゃん経由で『おとねーちゃん、助けて!』ってさ」
弾太郎がルキィに伝えられたのは『おと』という名前の一部だけ、何を伝えようとしたのかは不明なのだが。
その僅かな言葉だけでルキィは乙音を呼び出したようだ。
「それにねー、海人ちゃんが出しゃばるの、よくないと思うんだよ?」
「なぜだ?私以外に誰が助けられると……」
「ふーん?じゃあ、海人ちゃんの『あの姿』を弾太郎ちゃんに見られてもいいんだ?」
「そ、それは……」
海人は『あの姿』という言葉に明らかに狼狽した。
その隙を見逃さず乙音はさらにたたみかけた。
「見られちゃったら……思い出しちゃうかもしれないんでしょ?弾太郎ちゃんが、イロイロと」
「う…………」
完全に反論できなくなった海人を乙音は意地悪く、楽しそうに、そして羨ましそうにからかった。
そのキラキラ輝く瞳は悪戯好きの少女の目のようであり、出来の悪い弟を諫める優しい姉の目のようでもあり、自分が持っていない宝物を羨望する幼子の目でもあった。
「それにねー、海人ちゃん。弾太郎ちゃんはね、助けて欲しいから私を呼んだんじゃないんだよ?」
「そりゃどういう意味だ?」
「まだ気づいてないのぉ?弾太郎ちゃんはねー、勝つために私を呼んでるんだよー」




