完全勝利!→敗北必至?計算違いの戦闘開始
ルキィはハイエンと睨みあったまま動けなくなった。
目の前の怪鳥ハイエンが一番の強敵だが、背後から突進してくるジャンゴ、側面に回り込もうとするパルタも無視できない。
「困りましたねー、同時に3人はちょっと……」
ルキィは困っていた。
狙われているのがルキィなら、敵のコンビネーションの悪さにつけこめば何とかなる。
だがターゲットはあくまでルパルス王子なのだ。
彼に攻撃が集中すれば、ルキィが一度に食い止められるのは二人がせいぜいだ。
残る一人は止められない。
「もう逃がしはしない……」
ルキィの間合いの一歩外でジャンゴは足を止めていた。
いや、にじり足で少しずつ間合いを詰めてくる。
その背中に突起がいくつも生えてきて触手のように不気味に蠢いている。
「覚悟してもらいますわ、殿下……」
パルタは少し距離をおいて、両手の巨大カニばさみをこちらに向けている。
内側に仕込んだ毒霧スプレーを使うために風上に回り込むつもりだろう。
射程距離は長くはないが、それでもルキィから動けば一手遅れになってしまう。
だが最も問題なのがハイエンだ。
「そちらの援軍が到着するまで後、1分あるかどうか。さて、時間はお互いにありませんぞ」
先ほどハイエンが使ったのは、胃の中に仕込んだ岩石や金属塊を弾丸にして高速で吐き出す技だ。
スターバード種の怪獣が使うペリット・バレットと呼ばれる一般的な攻撃技術に過ぎない。
この弾道は直進だけで発射速度も音速がやっとなので躱せないほどの攻撃ではないが、ルパルスが飛び立つ瞬間を狙われているので動きが取れない。
一見すると膠着状態と見えるが、こちらが着実に追い詰められている。
そんな状況を破れず、弾太郎は苦慮していた。
「殿下が飛び立てさえすれば……」
戦闘力では劣るルパルスだが、飛翔速度だけならハイエンよりわずかに速い。
そしてハイエン以外の飛行能力は、それをさらに下回る。
3秒先んじて飛び立つことができれば、ルパルスは宇宙空港まで逃げ切ることができる。
しかし……どうすればその3秒の足止めをすることができるのか。
弾太郎は腹をくくるしかなかった。
「……ルキィさん、ジャンゴをお願い」
「はい、ダンタロさん!」
迷いも疑いもない真っ直ぐな返事だった。
「ジン、パルタさんを止めて!」
「ふぅん、生身の地球人に無茶言うネー」
人間に巨大怪獣の足止めをしろ、などと滅茶苦茶な要求だがジンに拒否する気配はない。
「ルパルス殿下、あなたは」
「わかっています。ハイエンをなんとかしてみます!無理っぽいけど……」
「いえ、真上だけ見てタイミングを合わせて飛び出してください」
弾太郎の言葉にルキィとジン以外は全員が驚いた。
一番の強敵ハイエンを最も非力な弾太郎が相手することを意味するからだ。
「え?ええ!それじゃあ、弾太郎さんが……」
「ほう?貴殿に相手して頂けるということですか!ええと、ダンタロウ殿?」
一番驚いていたのはハイエンだったが、一番楽しそうなのもハイエンだった。
蟻と象が一騎打ちするにも等しい愚行だが、なんらかの勝算で挑んできたのだろう。
その無謀な度胸にハイエンは感動し、かつ闘志を刺激されていた。
「我々が到着する寸前に、ゴロツキ相手に使った目くらましのストロボ光ですかな?望遠カメラで見ておりましたが」
ハイエンには見抜かれていた!
弾太郎の強張っていた表情が硬直する。
「フフフ、手の内を知らぬ者には絶大ですが。さて、どうお使いになりま……」
「作戦実行!」
弾太郎の号令で全員が動いた。
ルキィが地を蹴る。
時速ゼロからコンマ2秒で時速300キロに到達、ジャンゴに激突する。
ズドン!
ほとんど爆発のような衝突音、ジャンゴの巨体が押される。
踏ん張る両足と、押し切る両足が地面に深い足跡を穿ちながら後退させる。
ジンはパルタの前へ回り込む。
懐から取り出した小さなプレート状の何かを彼女に向ける。
「???」
パルタは戸惑う。
取り出したのは武器ではなくスマホ、地球人が使うありふれた通信機器だからだ。
無視して踏みつぶしてしまえば済むはずだが、パルタ自身が幻惑で相手を翻弄するタイプであるため不可解な出来事には必要以上に警戒してしまう。
そして戸惑っていたルパルスだが、踏ん切りをつけたようだ。
ハイエンを無視して真上を見上げて、膝を屈め飛翔の体勢に入る。
そして弾太郎は頭からヘッドドレスを外して声を張り上げる。
「ヘッドドレスラッガー!!」
恥ずかしい技名とともに放たれたヘッドドレスが銀光の刃となってハイエンの顔面へ!
対人間用の武器なので怪獣相手には小さな切り傷がせいぜい。
大したダメージは期待できない武器だ。
だが狙いは目、小さな傷でも視界を奪い、ほんの1、2秒だが行動不能にできる。
ルパルスが逃走する時間をつくることができる、当たりさえすればだが。
歴戦の老兵はそんな甘い敵ではなかった。
「ほぉ、そちらできましたか。よい判断ですが、遅い!」
パシッ。
ハエインが素早く、首を振る。
起死回生のヘッドドレスラッガーは目ではなく、硬い嘴に弾かれて粉々に砕けた。
不発、裏をかく起死回生の手は文字通り粉砕されて銀の粒々になって消えた。
「目を狙うのも良い考えでございました。さて、どうしますか?勇敢なる地球人……?」
優越感を含んだハイエンの言葉が途切れた。
注視しないよう気を付けながら目を向けた相手の、行動と言動が常軌を逸していたからだ。
弾太郎は敵から視線を逸らすように少しうつむき、恥じらいに顔を染めて腰を引き、スカートの裾をつまんで持ち上げていた。
まるで高貴な相手へお辞儀でもするかのように。
「あ、何を……」
「は、恥ずかしいから……あまりジロジロ見ないでくださいね」
「え?え?え?……アッ?しまった!」
ハイエンは凝視してしまったのだ。
見てはならないと理解していたはずの相手を。
(早く、早く目を逸らす、いや閉じなければ!)
異星の怪獣であるハイエンにはもちろん、『男の娘』趣味はない。
たとえ女の子だったとしても人間の美醜など興味を引くことはない。
だから目くらましのストロボ光など目をつむればお終い、のはずだった。
それを『敵の最後の一手を完璧に破った』という小さな満足と優越感が崩していた。
目の前でメイドとかいう理解不能な地球の概念が、己のスカートの裾を持ち上げ、そして。
シュバッ!
「グオオオッ!?」
時間にして一秒もない、白い、眩い光がハイエンの両眼を灼いた。
咄嗟に両翼で顔を覆って強烈すぎる光を遮る。
その一瞬で十分だっただろう。
バサッ!
「なッ?しまった!」
ハイエンの両耳に聞きなれた羽ばたきの音が聞こえてきた。
彼の本来の主人の羽音だ。
光は一瞬で消えたが、まだ十分には見えない目でハイエンは上を見上げる。
既に空中高くにあったルパルスが、更に真上に向かって加速する姿が見えた。
「ええい、最初からこれを狙っていたか!地球人め」
カァッ。
ハイエンが口から吐き出す弾丸は加速中のルパルスにはかすりもしない。
威力はあっても命中精度には欠ける攻撃なのだ。
さっきまで弾太郎がいたあたりに目を向けるが、当然そこにはもう誰もいない。
少し離れたところをスカートをまくり上げたまま、黒メイドさん(弾太郎)は全力遁走中だ。
「仕方ない、殿下を逃すわけにはいかん!」
バサッ。
ハイエンも翼を広げて飛び立ちルパルスを追った。
既にかなりの距離を開けられたが、ルパルスを追うしかなかった。
地上の暗殺怪獣たちにも混乱は広がった。
「やべぇ!空中に逃げられた?」
「どどど、どうしよ?私じゃ追いつけないわよ」
なにしろターゲットを追うには高速飛行が必要だが……
パルタは飛べはするが、スピードはプロペラ機並みでマッハにも達しない。
ジャンゴに至っては飛行能力自体がないのだ。
唯一、高速飛行が可能なハイエンでも、この状況ではもうルパルスに追いつけない。
勝敗は確定した、といってもよい状況のはずだった。
「勝負あり……かな?」
ちらりと後方を見たルパルス。
だが、目に映った光景は予想外のものだった。
無駄と知っても追ってくるしかないはずのハイエンの姿が、自分の後方にないのだ。
「ハイエン?どこに……何をする気だ!」
限界ギリギリの加速で上昇していたハイエンは何故か、途中で急降下に転じて地上に向かっていた。
地上の何かを狙っている、何を?
目標がなんであるか知ってルパルスは驚愕し、隠しきれぬほど動揺した。
「ハイエン、やめろぉッ!弾太郎さんは無関係だろうッ!」
ハイエンの凶悪な爪と鋭い嘴が狙っているのは弾太郎。
護衛の一人に過ぎない弾太郎の命をハイエンは狙ってきたのだ。
「ダンタロさん、危ない!」
「弾太郎、上だ!」
地上に残されたルキィとジンも異変に気がついて怒鳴る。
仲間からの警告に弾太郎も背後の空を振り返って戦慄した。
(な?なんで、こっちに?)
(僕を狙う意味なんてないのに?)
(何があってもルパルス殿下は宇宙空港まで全速力で飛ぶ)
(最初に申し合わせていたことだ)
(敵もそれは理解しているはず)
一瞬、いくつもの思考が脳裏をかすめたが、ハイエンが弾太郎を狙う理由がわかるはずもない。
考えている暇もなく、既に巨大な黒光りする鉤爪が間近に迫っていた。
怪獣の爪を防ぐのはジンには不可能、ルキィもジャンゴを押さえるだけで手いっぱいだ。
「駄目だ、やられる!」
急降下してくるハイエンと目が合った。
弾太郎は理解した、ハイエンの目は至って冷静だ。
破れかぶれの暴走でも、狂気に陥ったのでもない。
計算ずくで何かを狙って攻撃を仕掛けてきている。
だが弾太郎を狙う理由はなんだ?
「もう、避けられ……ないか」
ギリギリで鉤爪を躱せるか、いや無駄だろう。
相手は弾太のいる地面ごと抉りとるつもりだ。
照準がさほど正確でなくても、直撃を避けられたとしても、土砂に巻き込まれた弾太郎は確実に命を落とす。
そして怪鳥の爪先が地面に触れた。
ドシュゥッ!
「ダンタロさん!」「弾太郎!」
ハイエンが通り過ぎた跡が長い地割れとなって大地に刻まれていた。
そこに弾太郎の姿はなかった。
肉片も残らぬほど引き裂かれてしまったのだろうか?
「ダンタロさん、無事ですかぁッ?」
ルキィの視線の先をルパルスが飛んでいた。
ひたすら成層圏を目指して上昇していたはずのルパルスが、たった三百メートル程度の高さをゆっくり水平飛行していた。
そのルパルスの足に弾太郎はしがみついていた。
風圧で呼吸も難しい状態だが、怪我はしていないようだ。
口をパクパクさせて声を絞り出している。
「殿下……なぜ……戻って来……」
非難にも似た質問に、ルパルスは答えることができなかった。
間一髪、ハイエンの前を横切り弾太郎を救出することができた。
引き換えにルパルスが逃げ切ることは叶わなくなった。
ルパルスは焦っていた。
(どうしよう?弾太郎さんを連れていては宇宙空間へは出れない)
(どこかに降ろすのは?無理か……)
(何か、何か手を考えなくちゃ!)
ハッキリしているのは『確実だった勝利をルパルス自身が潰してしまった』という事実だけだ。
「海へ……」
「えっ?何ですか、弾太郎さん」
「殿下……海へ、向かって……」
有利な条件全てを失い、呼吸もままならない状況下でありながら、弾太郎はまだまだ諦めてはいなかった。




