戦いを阻むもの?手際の悪い戦士たち!
振り上げた手を止めて、ハイエンは『?』という顔をした。
眉をひそめて弾太郎たち……の向こうを見ている。
そして口を開いた相手は、弾太郎でもルパルスでもなかった。
「……ところで、お前たち。さっきから何をやっとるんだ?」
「えっ?」
弾太郎も思わず、振り返ってみると……
ルキィが弾太郎たちのすぐ後ろ、ほんの百メートル足らずの場所にいた。
しかも戦闘中ではない、座って(正座)真剣な顔でハイエンとの会話に聞き入っていた。
では戦っていた相手はどこに?
ジャンゴとパルタはどこに……いた。
ルキィの両脇に、座って(もちろん正座して)やっぱり話に聞き入っていた。
馬鹿らしかったが弾太郎は一応、尋ねてみた。
「あのぉ、ルキィさん」
「えっ?何ですか?」
「そこで、何してんの?」
「あ、はい。大事なお話みたいだったので。やかましくしないようにして聞いてました」
「…………そうですか」
弾太郎の横でジンは手を広げて『呆れたヨ』ポーズをしてみせる。
ハイエンもやっぱり呆れているらしいが、やっぱり聞いてみた。
「おい、ジャンゴ君」
「は?何でしょうか、ハイエンさん」
「そこで何をやって……」
「ハイエンさんのお話を拝聴しておりましたが、それが何か?」
ハイエンはこめかみに指をあてて額に皺を寄せた。
ルパルスは彼にしては真剣な顔で(ただし内心は面白そーに)パルタに聞いてみた。
「えーっと、パルタさんはどうして?」
「もちろん!殿下のお話を邪魔しないように」
「ふぅん、で本音は?」
「だぁってぇ、ハイエンさんの過去話なんて滅多に聞けないし……」
ルパルス以外の3人が盛大なため息をついた。
こんなお気楽なのが部下であり同僚であり敵であった、と考えるだけで疲れてきた。
とりあえずグダグダな展開を進めなくてはならない。
ハイエンは咳払いひとつしてから命じた。
「あー、話は終わったから。二人とも仕事に戻りなさい」
「はい」
「わかりましたわ」
「ルキィさんもだよ」
「はい、ダンタロさん」
ジャンゴとパルタがヨッコラショ、と立ち上がり身構える。
「では、殿下!お覚悟を」「お命、頂戴いたしますわ!」
ドゴォッ!バゴォッ!
「ゴバァッ!?」「グギャァッ!」
ジャンゴとパルタが超スピードで真後ろにすっ飛んでいく!
2匹が立ち上がると同時に、ルキィの裏拳がそれぞれの鳩尾に決まったのだ。
「悪いけど、隙だらけでしたので」
正座を崩さず正面を向いたまま、見事な一撃を決めたルキィは、ゆっくりと立ち上がった。
はるか後方の空中を、何度も後方回転しながらすっ飛んでいく暗殺怪獣コンビ。
最初上げていた悲鳴と悪態は、5回6回と後頭部を地面に頭を打ちつけるうちに聞こえなくなった。
やがて地面に転がって動かなくなったのを確認すると、ルキィはハイエンをビシッと指さした。
「侍従長ハイエン、ルパルス王子暗殺未遂の罪で貴方を確保します!」
強い決意を秘めた澄んだ瞳がハイエンを射抜いた。
物理的な圧すら感じさせる強力な視線にハイエンはたじろぐ、どころか喜んだ。
「肩から先しか動かせぬ体勢でこの威力とは!ルキィさん、とおっしゃいましたな。これほどの技はどなたから手ほどきを?」
「父から学びました」
「父上の名を伺ってもよろしいか?」
皮肉や時間稼ぎではなく、心からの称賛だった。
だからルキィも駆け引きなしで素直に答えたのだろう。
「マーキシマス、ガイザ・マーキシマス……です」
「おお、あの神獣ガイザ様でございましたか!これは……人生最後の戦いは厳しくなりそうだ」
『神獣』と聞いてルパルスの顔が強張った。
どうやら強い怪獣の中でも特別な呼称らしいが、地球人には馴染みのない言葉だ。
ジンも聞き覚えがあるのか表情が険しくなり、当のルキィは何故か無表情で何も言おうとしない。
そして弾太郎は?
(変だな、聞き覚えのあるような)
(けど『神獣』なんて聞いたことは、ないよね……)
(ルキィさんの父親は怪獣格闘家として有名だから)
(その関連で聞いて忘れただけかもしれない)
ルキィの態度が気になるが、今はそんなことを詮索している暇はなかった。
先ほどまで悩んでいたハイエンの顔から迷いは消えていた。
遠い昔に失っていたであろう闘志が彼を高揚させていた。
手にした2本棒付きの謎アイテムを高々と上げ、そして振り下ろし連絡艇の外壁を叩く。
「ですが、暗殺『未遂』ではなく『現行犯』と訂正していただきますぞ!」
キィン、キィィィィィン!
涼し気で、高い金属音が鳴り響いた。
澄んだ響きを鳴らす謎アイテムを、ハイエンはおもむろに額に近づける。
すると額に鬼を思わせる紋章が浮かび上がった。
弾太郎はこのプロセスに見覚えがあった。
「……あのぉ、ルパルス殿下。ちょっと聞きたいんですが」
「あれですか?あれはハイエン専用の擬態解除音叉『音角』です!」
「いや、それは、知ってるんですが……」
弾太郎には製品名を訊く必要はなかった、よく知っていた。
何年か前の特撮ヒーロー、仮面ファイター・ビッキーの変身アイテムだ。
子供のクリスマスプレゼント用にお父さんたちが買い求めようと争奪戦を演じたものだ。
しかし転売ヤーたちの暗躍により、大半が玩具屋さん巡礼の果てに朽ち果てたという。
そんなものが何故、ハイエンの手に?
「私がハイエンに贈った物なのです。彼の誕生日のお祝いに」
「はあ……誕生日祝いに、ですか」
「私のコレクションの中で一番カッコイイやつでしたから。それに擬態解除補助機能を組み込んだのです」
「は……ぁ、そう、ですか」
「まだ……持っていてくれたんだ」
ルパルスは少しだけ嬉しそうに微笑んでいた。
まあ……大人が持って喜ぶようなものではないが。
しかし玩具とはいえ組み込まれたエフェクトは本格的なものだった。
一瞬にしてハイエンの体が赤い炎を模した光に包まれる。
着ていた古風なスーツが燃え上がり、揺らめく炎の中でハイエンの輪郭が崩れ、本来の姿に再構成されていく。
「……ハ、ァァァ、ハァァァッッッ、ハッ!!!」
ブァン!
気合とともに吐き出す息が炎と砂塵を巻き上げる。
炎に包まれたハイエンのスーツが燃え上がり、熱気で揺らぐ人型の輪郭が歪み変形し、新たな形へと変化する。
「あぶない、下がれ!」
「ダンタロさん、こっちへ!」
ジンが叫び、弾太郎はルパルスを抱きかかえて走った。
一気に広がる炎から必死に逃れてルキィの足元に逃れる。
すかさずルキィが迫る炎から、弾太郎たちに覆いかぶさって守ってくれた。
ブワッサッ、ブワッサッ!
羽ばたきで炎を散らし、両翼を広げた巨大な怪鳥が姿をあらわした。
一見、貧相に見える細い肉体だが、実は絞り込まれた硬質な筋肉で編み上げられている。
真っ白な羽毛は老いでなく、積み上げられた長い年月の証明だ。
ギョロリと動く大きな目玉で獲物を捉えかのごとく、鋭くルパルスたちをロックオンした。
(なんだ?どこかで見た、気が……)
弾太郎の頭のどこかから違和感が滲み出てくる。
見覚えがあるのだ、大怪獣ルキィと大怪鳥ハイエンが向き合うこの光景に。
今は一応、見慣れた姿だから見覚えがあるのは当然なのだが気になった。
しかし今はそんな場合ではなかった。
目と鼻の先で敵は戦闘態勢に入ったのだ。
だからジンもルパルスもルキィも、太郎の戸惑いには気づく余裕はなかった。
「引き締まってるナ。引退した元戦士……の体つきじゃないネ?」
「ハイエンは『引退はしたけど鍛錬は欠かさない』主義でしたから」
ルパルスの表情からは普段のお気楽さが完全に抜けている。
能天気王子との付き合いは短いが、見たことないくらい緊張しているのがわかる。
それだけハイエンの実力は高い、ということだろう。
ルパルスは、かつての自分の第一の家臣を睨み据えて、静かに問いかけた。
「ところでハイエン、お前に聞いておきたいことがある……」
「フッ、この期に及んで今さら、何を?」
「ああ、重要なことだ。……擬態解除のことなのだが」
「ああ、なるほど。しかし殿下が擬態解除するのを、大人しく待つつもりはありませんぞ」
「ああ、それはわかっているんだが」
ここでルパルスは一呼吸置いた。
「今、お前の着ていた服……燃えちゃったみたいだけど。あれ宇宙空港の貸衣装じゃないのか?」
「…………あ?ああ!ちょっとお待ちを!」
ハイエンはいきなり後ろを向いた。
どこに持っていたのか怪獣用スマホを取り出し、どこかに電話をかけた。
「あ、もしもし、宇宙空港スーツレンタルさん?先ほどヒューマノイド型一式お借りしたハイエンですが。実は……あー、まことにいいにくいのですが、その、お返しできない状態になってしまいまして。…………保険?いえ急いでいたもので。か、買取ですか?で、おいくら……そ、そんなに!い、いえ……わかりました。必ず……」
電話を切った後、ハイエンは肩を落とし首をうなだれた。
うらぶれた老年怪獣の淋しい、哀愁漂う背中だった。
気の毒すぎて誰も声をかけることができないまま、数秒が経過した。
ハイエンは背筋を伸ばし深呼吸して、小さな声で「よいっこらしょっ!」と気合を入れて、こちらを向いた。
「あ、お待たせしました。では、あらためて殿下、お命頂戴……」
「あ、ちょっと待て。僕もこの服脱いで擬態解除するから」
あまりに勝手なルパルスの言い草にハイエンも呆れた。
「戦争の最中にそんな暇を与えるとでも……」
「今、着ている仮面ファイター特製シャツなんだけどね。銀河ネット・オークションでの査定価格がお前の年収の5倍くらいなんだ」
「すぐに脱いでください!脱ぎ終わるまで待ちますから!」
ハイエンはほとんど悲鳴に近い声を上げて、その場に大人しく座り込んだ。
ルパルスが服を脱ぎ、丁寧に畳んで弾太郎に渡すまで辛抱強く待っていた。
連絡艇に積んであったケースに収めるまで、文句も言わずに待ってくれた。
全裸となったルパルスは、これまたどこに隠し持っていたのか、どでかいバックルつきのベルトを取り出して、必要以上に優雅な動作で腰に巻いた。
しかし、その玩具みたいなベルトを見たハイエンは驚愕した。
「そ、それは?まさか……」
「フッ、気づいたか。ハイエン!」
「それは伝説の『一号変身ベルト・復刻版』!銀河ネットでも入荷ゼロ、入手不可だったはず!いつの間に?」
「フッ、これが太陽系に来た真の目的のひとつ!この惑星以外では入手不可能なアイテムを手にすることが、な……」
ルパルスの顔に浮かぶ凶悪な笑顔、もう無邪気な子供の笑顔ではない!
欲望のままに振る舞う邪悪な、とびきり邪悪な悪魔の笑みだった。
「殿下……………………一体、いくら使ったんですか?!」
「いくら使ったか、だと?ククククク、知らぬ方がよいぞ。ハイエン!」
「お、おのれ!あれほど『国家予算を無駄遣いしてはいけません』といっておいたのに……」
この王子、国家予算を着服して趣味のコレクションを充実させていたらしい。
まあ玩具くらいなら大目に見ても……
「心配するな、安いものさ……ハイエンの月収くらいかな」
「そそそそそんなに、でございますか?!」
大目に見ちゃいけない金額かもしれない。
いや、それともハイエンが想像以上に安月給なのか?
ちなみに会話に置いて行かれた形のルキィは、そのへんを弾太郎に聞いてみた。
「ダンタロさん、そんなに高いんでしょうか?あのベルト」
「製造終了の限定商品だから……ちょっと、かなり、すごく高いんだよ」
「フフフ、確かに安物ではなかったですね。では、さっそくへんしん、へんし~ん、っと…………変身ッ!」
周囲の反応とハイエンいじめを楽しみつつ、ルパルスはベルトを腰に巻いた。
ゆっくり大きな動作で腕を回しつつ気合を入れる。
「擬態解除、じゃなくて『変身』なんですね……」
「気分が大事なんですよ、弾太郎さん」
ベルトには既に擬態解除補助機能を組み込んでいたのだろう。
バックルの中心の風車がクルクル回転し、七色の輝きを放ち始めた。
輝きに包まれたルパルスがレトロな掛け声を発してジャンプする。
「トゥッ!」
空中高くで前転する少年の輪郭が人間型から翼竜へ、そして巨大化する。
消えゆく輝きの中で軽やかに着地する姿は。
ドゥン!!
軽い、とは言えない地響きだが、先に怪獣態になっていたハイエンより二回りは小さい。
戦力としてはルキィやハイエンに比べて、かなり見劣りするだろう。
「戦闘に参加する……つもりはなさそうでございますな、殿下?」
「お前の教えだよ、ハイエン。『見栄で戦うような愚か者になるな』だったっけ?」
「左様でございます。しかしまだ、甘い!」
いきなり開かれたハイエンの嘴から何かが発射された!
「危ない!」
カッ!ギン、ギィン!
咄嗟に両腕のガードを固めてルパルスを庇うルキィ。
十字に組んだその腕に火花が散った。
見えない砲撃はルキィの装甲皮膚に弾かれて後方へ飛んでいき……
ドォ―――ゥンンン……
大爆発のような大音響が空気と風景を激震させた。
着弾点の地面は豪快に抉られていた。
「あ、ありがとうございます、ルキィさん!でもルキィさんの腕は?」
「かすっただけ……」
「違う!ルキィさん、狙いはアレだ!」
弾太郎の大声に正面のハイエンを警戒しながら、背後を見ると……
「小娘ェ、よくも……」
「やってくれたわねぇぇぇっ!」
大きく深く抉られた地面の横で、さっきまで白目剥いて泡吹いて、完全に失神していたジャンゴとパルタが再起動していた。
恨みと怒りの炎のようなオーラを纏って、もはや仕事抜きの殺意を持って。
ルパルスを狙ってもルキィに防がれる。
それを見越して攻撃に見せかけての、失神していた暗殺怪獣たちへの『気付け』だったのだ。
これではルキィ一人で3体の怪獣を相手にしなければならない。
敵側のコンビネーションは無きに等しいが、それでもルパルスを守り切るのは難しい。
それを見越してか、実に落ち着いた声でハイエンが挑発してくる。
「さあ、このような場合はどう対処しますか?殿下……」




