父と子と……
ハイエンが焦る手でロック解除操作すると、連絡艇の搭乗口を開く。
ゆっくりと降りてきたタラップの前で`、オタオタしながらルパルスの手を引っ張る。
「で、殿下!は、は、早く早く!乗ってください」
「慌てるな、ハイエン。あいつらでも簡単にはルキィさんを突破できないよ」
「し、しかしですね!」
弾太郎とジンは真剣な顔でうなずきあい、ジンが先頭に立ってタラップに足をかけた。
「あ?あなたたちはダメですよ!宇宙空港にお連れするわけには」
「ほう?怪獣が戦っているすぐそばに、生身の地球人を置いていくというのですカ?」
「あ、いえ、その……殿下がここを離れれば……敵も撤退するハズ……とにかく殿下だけです、早く!」
せかされたルパルスは……一瞬ためらい、一歩踏み出そうとした。
それを弾太郎はルパルスの肩に手を置いて引き留めた。
反射的に見上げる目は普段のお気楽王子ではない。
自分ではどうしたらいいのかわからない。
そんな、すがるような、弱々しい子供の目で弾太郎の顔を見上げていた。
だが弾太郎はすがることを許さないとでもいうように、険しい表情で首を横に振るだけだ。
二人の様子を肩越しに振り返ってから、ジンはハイエンに向き直った。
「話の続きですガ……ハイエンさん、なぜ連絡艇を使うのですカ?」
「ハァッ?それはどういう意味です?」
「連絡艇使うより、ルパルス殿下が擬態解除して飛んで行った方が速いハズですヨ」
「そ、それは……許可なしには擬態解除できな……」
「許可は……緊急時の擬態解除許可は、殿下が地球にいらした翌日に出ていますヨ」
ハイエンは言葉に詰まった。
ジンは表情は穏やかな笑みを浮かべ、視線に有無を言わさぬ威を込めた。
「船内を調べてよいですネ?何しろ殺し屋二人が乗ってきた船、爆弾が仕掛けられてないとも……」
「そんな時間は、ありません……」
ジンは後ろをチラッと見る。
数百メートル向こうでは3匹の怪獣がにらみ合っている。
ジャンゴは力押しで強行突破を、パルタは抜き去る隙をうかがっている。
その両方がルキィひとりに阻まれている。
何とか押し切ろうとするジャンゴを阻み、パルタの仕掛けるフェイントを読み切り突破口を与えない。
ルキィの技量も素晴らしいが、それ以上に際立つのが相手のコンビネーションの酷さだ。
「くそっ、この小娘なんてパワーだ……」
「ふん、足元がお留守よ!」
ジャンゴが体当たりをかまそうとしたのだが、やすやすとルキィにブロックされた。
もみ合う二匹の足元をパルタが抜けようとしたのだが。
「おわっっと?」
「グギャ?」
バランスを崩したジャンゴの足が、地面スレスレを駆け抜けようとしたパルタを踏んづけた。
パルタの口から胃液とも吐血ともわからない正体不明の液体が飛び出し、足をすくわれたジャンゴは真後ろに転倒した。
「ウヌヌヌッ!ならば、見よ!分身の術……」
「って?場所考えろ、このアホ!」
分身幻惑を仕掛けたパルタなのだが、前に出ていたジャンゴが増殖する幻影分身に巻き込まれて術が崩壊。
それをルキィが見逃すはずもなく、二人同時に鳩尾に掌底突きを食らって体を九の字に折って真後ろに吹っ飛ぶ。
本来1対2のルキィに不利な戦いのハズが、実質1対0.75という体たらくだ。
「ごらんのとおり、時間はルキィさんが十分稼いでくれてまス」
「し、しかし……」
「一応、エンジンも調べましょウ。時間はかかりま……」
「必要ない、と言っておるんだ!」
怒りに任せて吐き捨てるように言い放った言葉には、さっきまでの侍従長としての矜持はない。
険しい顔つきで睨みつけてくる臣下の顔を、ルパルスは悲しげに、淋しげに見ているだけだった。
ハイエンは主人のそんな視線にハッとしてうつむいた。
うつむいてボソボソとつぶやく。
「わ、私は……いえ、私は、そんなつもりは」
「王室専用宇宙船で、殿下の特別室に爆弾を仕掛けたのは貴方、ですね?ハイエンさん」
冷酷な事実を暴露する、というより単なる事実を確認するような弾太郎の穏やかな問いにハイエンの言葉は完全に止まった。
驚いた様子もなく、意外とも思っていない顔をハイエンは上げた。
「…………どうして、そう思われるのです?」
「爆弾がリモコン式……遠隔操作だったからですよ」
「リモコン式なら、誰でも外から操作できるハズでは?」
「それは、不可能だよ。ハイエン」
侍従長の言葉は自身の主人によって否定された。
ルパルスの目に涙が浮かんでいた。
「王族の特別室は通常ではありえないくらい厳重にシールドされている。あらゆるセンサー、盗聴から守られているんだ……どんな遠隔操作だって外部からは不可能だよ。当然、お前も知っているな」
「…………」
返事はなかった。
「特別室に入れるのは、ジャンゴとパルタ、それからハイエン。お前だけだった」
「………」
「爆弾を起動させるには外部からでは不可能。爆破するためには犯人自身も同じ部屋の中にいなければならない」
「……」
「ジャンゴもパルタもプロの殺し屋だ。ターゲットと一緒に自分まで爆死するような方法はとらないよ」
「…」
「僕と一緒に自分も死ぬつもりだったんだろう、ハイエン?」
ハイエンは目を閉じてうなずいた。
「おっしゃる通りでございます。特別室に爆弾を仕掛けたのは、確かに私です。この連絡艇も……大気圏を出て宇宙速度に達すると、エンジンがオーバーヒートして大爆発するようになっております」
真意を問いただそうとしたルパルスより先に、ハイエンは自分に言い聞かせるように語り始めた。
「……私の過去は、以前に少しだけお話ししましたね、殿下」
うつむいていた顔を上げて、ハイエンは空を見上げた。
「若い頃はね、いっぱしの悪党気取りで粋がっておりました。少しばかりの強さに思い上がって、気に入らない奴はぶちのめし、頭の悪いゴロツキどもに持ち上げられて身の程知らずの王様気取り。考えなしの傭兵の親玉になっていました」
自嘲気味に微笑して、ハイエンは視線をルパルスに戻した。
「思い上がって暴れまわった末に、本物の強さを、己の身の程というものを嫌というほど思い知らされました。プライドも自信も粉々にされて、どん底に叩きこまれたところを。殿下、貴方の父上に拾っていただきました」
「……知っている。詳しくは父上からは教えてもらえなかったけれど」
「それ以来、陛下に忠誠を誓い託されたルパルス様にすべてを捧げるつもりで、お仕えしてまいりました」
「お前の忠誠心を疑ったことはない。今も、だ」
その言葉を聞いたハイエンの目に涙があふれた。
だが涙を拭いた後の目には決意が宿っていた。
希望に満ちた明るい決意、ではない。
暗く、冷たく、絶望に沈んでいく覚悟を決めた、闇の決意だ。
「…………申し訳ありません、殿下」
「なぜだ!なぜ、お前は」
「若い頃の私は、本当に考えなしのろくでなしでした。暴力はもちろん、女性関係もです」
「何をいってるのだ……」
「強引に口説いた女を抱き、飽きれば捨てる。そんな外道な行いを何年も続けました。どんな結果を招くかも顧みることなく」
「女を抱いた……結果?まさか?兄上の、パルティウス兄様の……」
「はい、パルティウス様の侍従長グェルトは私の……息子です。私もつい最近知ったのですが」
第5王子侍従長のグェルト、弾太郎たちも名前以外は何も知らない黒幕だ。
ハイエン自身がつい最近知ったということだが、以前から顔見知りだったはずだ。
何しろ同じ王宮で働く者同士なのだから。
真実を知って親子の情が芽生えたということだろうか。
「息子と知って私はすぐに会いに行きました。謝りたかったのです。許されないのはわかっていても……あいつは、最初から知っていました。私が父親だということも」
「それで、グェルトとは、和解でき……」
「あいつは冷たい目でこういいました。『父親なら一度くらい息子の役に立って見せろ』とね」
全員が言葉を飲み込んだ。
ハイエンを動かしていたのは親子の情ではなかった。
償いきれない罪に対する罪悪感と、生まれる前から蓄積された憎悪が父子の絆になっていたのだ。
ハイエンは空虚な笑顔をつくり、乾いた笑い声を風の中に響かせた。
「ハハハ……何やってるんでしょうねぇ、私は。こんなことしても父親と認めてくれるわけないのに」
「ハイエン、もう、よせ……」
そういうルパルスの声も苦しげで、悲しげだ。
一瞬言葉を止めただけでハイエンは再び話し始めた。
「結局、私は何もかも中途半端で。戦士としては一流には遠く及ばず。悪党としては一線を踏み越えられず。臣下としては忠義を貫けず。父親としては……」
「もう、やめるんだ。今ならまだ……」
ルパルスが訴える言葉は命令ではなく懇願だ。
それでも。もうハイエンの心に届きそうになかった。
悲しい笑顔のままハイエンは懐から何かを取り出す。
20センチほどで棒状の金属プレートが二本突き出した奇妙な形状。
銃の類ではない、ナイフか手槍だろうか?
それを見たルパルスの顔が強張り、弾太郎とジンは警戒した。
「生まれる前からルパルス殿下にお仕えさせていただきました。家族同然に扱っていただきました。このまま生涯を捧げるつもりでした。その気持ちに偽りはございません」
ここでハイエンは言葉を一度切った。
背後でルキィが戦っているにしては、修羅場の中にしては長すぎる沈黙。
次の言葉をためらっているようにも見える。
今度はルパルスが先に口を開いた。
「私のために、引き返してはくれないのか?」
「……何度も、考えました。ですが……できないのです」
「なぜだ?家族同然といってくれたお前ではないか?」
家族同然という言葉を聞いた瞬間、ハイエンの笑みが明るく輝いた。
だが、またすぐに暗く深く沈んでしまう。
「陛下と殿下のお姿を見るたびに私は微笑ましく思い、同時に嫉妬しておりました。何故に自分には血を分けた家族を持てなかったのか、と」
「そんな、そんなことを?お前は」
「それに知らなかったとはいえ、私は一度息子を捨てていたのです。二度は捨てられません、たとえ父親の資格がないとしても……」
ハイエンは大きく息を吸い込んだ。
それだけで小柄で弱々しかったハイエンの肉体が、一瞬で大きく膨れ上がったように見えた。
「では、お命頂戴いたします。殿下!」




