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初出動(防衛警察極東支部→於母鹿毛島派出所)

『緊急事態発生!第十四ブロックのコンビナートに怪獣出現。各員非常配置……』


ビーッ、ビーッと耳をおおうばかりの警報と緊迫した基地内放送が緊急を告げる。

防衛警察極東支部は事件発生の報せに混乱していた。


「なんだって!これで今日は三回めだぞ」


本来なら出動、鎮圧と迅速に対応されるはずが今日は違った。

今日に限って巨大生命体による事件が多発し、ただでさえ不足する戦力が底をついてしまった。

現場はもちろん基地中枢たる司令室もパニックに陥っていた。


「待機部隊はどのチームが残っている?」

「第一、第二部隊は九州南海上にて交戦中!第三はまだ上海から戻っていない」

「どうするんだ、もう差し向ける戦力はないぞ」

「しかもコンビナートで暴れてるって?火災でも起きたら大惨事だぞ」


「他の支部に増援要請はしたのか?」

「だめだ、どの支部からでも時間がかかりすぎる!間に合わん」


「お前ら、少し黙っとれッ!」


この時、一段高い席についた初老の男がバンッ、とデスクを叩きうろたえる一同を一喝した。


「砂川長官……」


スキンヘッドの初老の長官・砂川の怒声一発で司令室は沈黙した。


「馬鹿者どもが!司令室が混乱してどうする」


一応、騒ぎは納まったものの、冷静さを取り戻したとはとてもいえない。

出動可能な部隊はなく、しかも今度の現場は煙草の火ひとつで大惨事となる場所だ。


「仕方ない……あいつに頼むとするか」


長官は受話器を取り、暗号回線をつないだ。

この電話の相手先は信頼する部下でさえ知らない。

回したのは正確には電話番号ではない、一種の暗号コードナンバーだ。


「クソッ、あいつにゃ頼みたくねぇんだがな……さっさと出やがれ、バカヤロウ」


数回のコール音の後、挨拶の言葉もなしに長官はしゃべり出した。


「あー?、俺、俺だよ、今ヒマか?状況はわかってるんだろ?すまんが手伝ってくれ。わかった、これで貸しはひとつチャラでいいぞ、海人」




於母鹿毛島の朝は早い。

男どもは日が昇る前に海に出て、漁が終わると本土の漁港に獲れた魚を売りにいく。

帰ってくるのは翌日の夕刻だ。女たちは浜辺で干物作りに精を出し、干し終わると家事に戻る。

早朝から日暮れまで忙しく働いているのがこの於母影島の一日だ。

しかし……一日中暇な奴もいる。


「本日の日誌『……晴天、無風。島内に異常なし』…………ああ、終わっちゃったよ。今日の仕事……」


弾太郎は朝一番で業務日誌をつけ始め、一分後には一日分の仕事を終えていた。

昨日も一昨日もその前日も文面は天候以外まったく同じだ。

はっきり言ってこの島には防衛警察の出番となるような事件事故は発生しない。


「住民は江戸時代のご先祖様から知り合いばっかりだし。交通事故だってないよな。なんせこの島の唯一の交通機関は……」


島唯一の交通機関は現在、駐在署(仮)の軒先に停車している自転車一台だけ。

しかも所有者は弾太郎自身だ。

そもそも信号機はおろか舗装道路すらないのだから、交通事故は起こり得ない。

事件といえば……


「三日前に用水路に落とした財布さがしてくれってのが最初で最後だったなぁ」


その日は近所の子供が『お財布落としたー』と泣きついてきた。

一日がかりで泥にまみれて用水路を這いまわった。

防衛警察の自分が何やってるのかと悲しくなった。

一人ぼっちだったら泣き出していたかもしれない。


「でも、見つかってよかったですよね。あの子も喜んでくれたし」


となりの机で超大盛りのキツネうどん食べながら報告書を書いているのはルキィだ。

弾太郎に輪をかけて真面目な彼女は本日三回目の島内パトロールを終えて戻ってきたばかりだ。


「それはそうだけど」


弾太郎は椅子の背にだらしなくもたれかけた。

養成所では必死に銃器の扱いを覚え、模擬空中戦や市街地戦の訓練を繰り返し、格闘術の実習では何度も悶絶させられた。


「あの苦労は……なんだったんだろう」


苦労の成果が用水路でドブさらいだ。

確かに成績はあまりよくなかったが、卒業と同時に左遷されたような気分だ。

いや現実に閑職にまわされているわけだが。


「なーに、言ってるんですか。地域住民に奉仕することこそ警官の本懐じゃありませんか」


にこやかに楽しそうに断言するルキィを弾太郎はうらやましく思った。

彼女の頭の中には僻地にトバされたという認識はカケラもないのだろう。


「ところで、気になってたんだけど」

「なんでありますか?」


「どうしてそんなの着てるの?」


数日前から頭から離れない疑問を弾太郎は口にしてみた。

ルキィが着ている服のことだ。

本来なら勤務時間中は銀パトの制服を着用するか、地球警察の制服を借りて着る義務があるのだ。

防衛警察も一応は警察機構に含まれるため、弾太郎自身も普通の警官姿である。

しかし彼女が着ているのはメタリックシルバーの銀パトスーツでも婦警姿でもない。


「……似合いませんか?」

「いや、似合うとかそんなんじゃなくてね。勤務にはちょっと……」


少し困ったようにルキィは自らの着衣を見た。

地球製の日本古来の民族衣装である。

特に珍しい衣装ではない。

赤い小型種の魚類をモチーフにした『浴衣』と呼ばれる情緒溢れる涼しげな装いだ。

うちわの一つでも持たせれば気分はたちまち夏の夕暮れの縁側である。

背景には花火がよく似合うだろう。


「すいません、備品がまだ。アルタイルからの宅配便が宇宙乱気流のため遅れてまして」


叱られたと思ったのかシュンとするルキィ。

少し顔を赤らめて目を伏せる仕草はとても正体が大怪獣だとは思えない。


「いや、制服がまだ来ないのはわかってるから。ただ他の服じゃなくてどうして浴衣にしたのか気になって」

「あ、それはですね。この服が一番体温の放出に都合がいいんです」


「体温の?」

「はい!私たちの種族はもともと服なんて必要ないでしょう?」


彼女の本来の姿では服など不要だ。

宇宙戦艦の装甲ばりの硬さと、絶対零度の真空から灼熱の溶岩までの耐熱性能を持つ装甲皮膚なのだ。

貧弱な人間と違って、服を着て熱さ寒さから体を保護する必要は全くない。


「だから服を着ると暑くて。それに動きにくいし。でも、この浴衣なら結構動きやすいんです」


ルキィは軽く上半身を振った。

袖や胸元にあしらわれた金魚の模様がユラユラする様はとっても似合っていた。


「そんなものなのか……ブッ!」

「あらら、ずれちゃった」


動きすぎたせいか、胸元が少し緩み襟がほんの少しはだけて、肌色の果実が少しだけ顔をのぞかせてしまった。

ちょっぴり見えたくらいだが、またしても弾太郎は鼻血を噴き出すはめになった。


「ダンタロさん、どうして鼻から血を流すのですか?地球ではそういう慣わしでも?」

「ち、ちがう、ちがぁう!とにかく早く直して!」


あれからずっとこの調子である。

見た目は地球人に化けているのだが、地球の一般常識が全然ない。

昨日も風呂上りに下着さえつけ忘れて家の中を歩き回り、出くわした弾太郎を出血多量で殺しかけた。

今も視線を逸らそうとする弾太郎の眼前に回りこもうとするおかげで、鼻から流失する血液は増える一方だ。

必死になって視線を窓の外へ逸らした時、鳥居の下で手を振る人影に気がついた。


「あ。あれは父さん?」


弾太郎は駐在署から外へ出て神社のある山を見た。

鳥居の下で大きく手を振っている父の姿が目に入った。


「父ーさぁーん、何か用事かぁーっ?」

「だんたろーッ!出動要請がきたぞぉー」


「えー?なーにーが、来たッてー?」

「出動要請だぁー。怪獣が出たぁーッ」


「え……ええーっ?」

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