悪党どもの休憩時間
地球上空の静止軌道上にある軌道宇宙空港は、空港施設というより全長400キロメートルに及ぶ巨大宇宙都市だ。
しかし空港といっても外宇宙からの来訪者には、例外を除き地球への入星許可は下りない。
それでも日に何千もの宇宙船が寄港する理由は太陽系の位置にあった。
天の川銀河での太陽系の周辺には恒星の数が少ない。
星間物質が少なく宇宙船の航路としては障害物が少なく好都合なのだ。
しかし補給のできる惑星も限られてくるため、地球は中継地点として注目を集めている。
おかげで辺境の惑星単独では不可能だった巨大宇宙空港衛星を、事実上は銀河連邦の出資で建設できたのだ。
その宇宙空港の格納庫で、そいつは……その怪獣は傷だらけの体に自分で怪獣用の巨大包帯を巻いていた。
奇妙な姿の怪獣だった。
でかい肩幅、分厚い胸板、尻尾や背びれはなく、太く短い腕と両足。
鱗も体毛もないのっぺりとした灰色の皮膚、ギョロリと大きな目玉と馬鹿でかい口。
まるで巨大な粘土細工というしかない奇妙な姿の怪獣だ。
そんな地味な容姿なのに目立つのは……あちこちに擦り傷、捻挫、打撲傷、火傷に決め手は頭の超大きなタンコブだ。
「畜生、あの小娘……俺様をホントに衛星軌道まで投げ飛ばしやがって。イテテテ……」
地上から投げ飛ばされて、大気圏突き抜けて、宇宙空港の外壁に思いっきり頭をぶつけた。
宇宙超合金外壁がへこむほどの勢いでぶつかって、タンコブひとつで済んだのだから幸いというべきか。
「覚えてやがれ、あのクソ小娘。この次はあったら必ず、このジャンゴ様が……」
「あーら、ジャンゴさん。殿下の護衛のアンタがこんなところで何してるの?」
「…………パルタか、殿下専属侍女のお前こそ、どこで何をしていた?」
背後からの女の声に振り向く。
格納庫の扉、ヒューマノイド用出入りうちのところに小さな人影があった。
両腕が巨大な蟹バサミになっている、海老みたいな蝉みたいな地球人サイズの異星人。
廊下の明るすぎる照明で逆光になっているが、片手に大きな杖のような物を掲げている。
……と、思ったらこっちも顔色真っ青の病み上がりのフラフラ状態だった。
ついでにいうと手にした杖みたいなのも、実は点滴だったりする。
そんなボロボロ状態でも見栄張って、傷だらけの同僚を小馬鹿にするような態度で鼻で嗤う。
「ひどい怪我ね、ジャンゴ。まるで誰かに投げ飛ばされて壁にぶつけられたとか?」
「ハハハ、パルタこそ真っ青な顔色で点滴しながら……ひょっとして毒でも食らったか?」
「アハハハ、そんなわけないでしょう、ジャンゴったら冗談ばっかり」
「フフフ、お前もなかなか、うまいこというじゃないか」
昆虫型?異星人パルタと灰色の大怪獣ジャンゴが笑顔で交わす他愛ない会話。
しかし、互いの額には冷や汗が流れる。
(ジャンゴのヤツ、まさか私が王子を狙う刺客と気づいて?いいえ、この間抜けな護衛に限って)
(パルタめ、俺が殿下を狙う殺し屋と知って?いやいや、こんなドジ侍女に限って)
全く無駄な緊張感が張り詰める、
もし、この場に彼らに殺しを依頼した者がいれば即座にキャンセルを入れただろう。
「アハハハ……」
「フフフフフ……」
「なんじゃ、お前たち!こんなところで何をサボっておるんじゃ?」
頭上からの声に反射的に上を見上げる。
天井の開きっぱなしの発進口から、白い翼を広げた怪鳥が舞い降りてきた。
「あら、侍従長さん?」
「どこに行っておられたのですか、ハイエンさん?」
ゆっくり降下してきた怪鳥は着地寸前に翼をたたみ、音も立てずに降り立った。
結構高齢の怪獣らしくあちこち抜け羽毛も目立ち、円形脱羽毛症?らしき跡もある。
かなり気苦労の多い仕事をしているらしい。
その老怪鳥は禿げた頭をせわしなく左右に動かすと、困ったような表情でジャンゴとパルタをかわるがわる見た。
「お前たちこそ、どこで油を売っておったんじゃ?殿下が見つかるまで宇宙船で待機しとれ、と命じたろうに……まったく」
「で、でもね、侍従長さん!殿下の専用船は現場検証とかで追い出されちゃったし」
「そうそう!仕方ないから俺たちは外でブラブラとヒマつぶしを」
「馬鹿モン!電話にも出んとは、どこで遊んでおった?」
案の定、怒られた。
かといって『王子を殺しに地球へ無許可で降りてました』とぶっちゃけるわけにもいかない。
二人ともヘラヘラ笑いで誤魔化しながら黙っているしかなかった。
「まったく最近の若いもんときたら……まあ、よい。すぐに地球へ降りるぞい」
「えっ、それでは?」
「王子様が見つかったの?」
「うむ……視察だなんぞと称して遊びまわっておるらしい。困ったものじゃ」
いかにも「頭痛がする」という感じで、翼でこめかみのあたりを押さえるハイエン侍従長。
しかし部下二人の顔は喜びに輝く。
「ご無事だったのですね、ルパルス殿下」
(ヤッターッ!これであのワガママ王子を始末して報酬ゲット!)
「よかった、本当に、よかった」
(やったゼ!これであの性悪王子をぶっ殺せば前金返さずに済むぞ……)
喜ぶ二人を見て『王子を心配していたのだ』と勘違いしたのだろう。
怪鳥の姿をした老侍従長ハイエンは満足げにうなずいた。
「それでは二人とも人間態に擬態しておくれ。怪獣のままじゃ入星許可が下りんからの」
★☆★☆★☆★☆★
星空以外に何もない恒星間宇宙を全速力で飛行する宇宙船がいた。
目的地は定期航路から外れた未開拓惑星……にある先銀河文明時代の遺跡だ。
乗っているのは第5王子パルティウスが率いる銀河連邦大学の考古学調査団。
そこには当然、白い翼の怪鳥・パルティウスの侍従長グェルトも同行していた。
今、彼はトイレの個室に籠って、どこかと密かに遠距離通話していた。
「そうか!ルパルス王子と接触できそうか……今度は仕損じるなよ。時間がないんだ」
通話を切った怪鳥の顔に浮かぶのは安心した、しかし邪悪な歪んだ笑みだ。
本来ならば第5王子である主人は王室専用艇を使える立場なのだが、主人はそれを断った。
おかげで格安民間レンタルの高速艇での移動となってしまった。
『王家を去る私が甘えることは許されない』その一言で……すべてが終わった。
パルティウスは恋仲とのなった同僚と結婚すると同時に、王家の籍を抜ける。
そして一市民として人生を送る決断をしたのだ。
だが、これまでの人生のすべてをパルティウスのために費やしてきたグェルトに、そんな決断が耐えられるはずもなかった。
「そうだ、まだチャンスはある。あの忌々しいルパルス様を抹殺し!パルティウス様をたぶらかした毒婦も始末すれば!聡明なパルティウス様は目を覚まされるはずだ……」
明るい笑顔が異常な狂気を帯びる。
膨れ上がりすぎた野心?度を過ぎた忠誠?本人にはそんなつもりはないのだろう。
誰が見ても外道で悪行であっても、グェルトにしてみればまぎれもない正義なのだ。
次の連絡先は地球の、とある事務所だ。
一段と声をひそめて話を切りだす。
「……私だ」
トントン。
「場所と時間が分かった」
トントントン。
「その場にいる者は全員殺せ……」
トントン、トントントン!
「ああ、うるさいな!今、俺は忙しいんだ……」
「ん?なんだ、グェルトだったのか?」
個室の外から聞こえたのは優しい響きの良く通る声だった。
彼の主人であるパルティウス王子の声だ。
「あ、で、殿下?いえ、これは!」
「いいよ、大丈夫。私は慌てないからね」
「も、申し訳ありません!今すぐに!」
★☆★☆★☆★☆★
老朽化した小汚い小さなビルの事務室、表札には『有限会社 衝撃清掃』などと書かれている。
なのだが表札の文字をよく見ると、上書きされた『清掃』の文字の下に『組』の文字がかすかに読める。
ここは古くからのご近所には元・反社会的組織『衝撃組』で知られている。
「へい、確かに承りました。完璧に清掃して……どうか、なさいましたか?」
電話を受けていたのは60代の角刈りの男だった。
背はあまり高くないが、ガッチリした筋肉質の体格は長年の鍛錬によるものだ。
その男、いや漢は白髪が多くなった頭をポリポリ掻きながら受話器を置く。
そばに立つ、こちらもマッチョなスキンヘッドのサングラス男が無表情で尋ねた。
[どうしたんで?親分」
「馬鹿野郎!ここでは社長と呼べ、といっとるだろう!」
「すんません……」
「……まあいい、『清掃場所』が決まったぞ。頭、数揃えな」
「で、組長。場所は?」
ゴキッ!
「社長だ!……場所はええと……採石場跡地だそうだ、今すぐ出るぞ」
部下の頭を拳骨でぶっ叩いてから組長、おっと失礼、社長は地図を広げた。
一応、事務所にはパソコンもスマホもあるのだが、地図の出し方が覚えられないらしい。
とにかく場所を見た部下が首を傾げる。
「ここですかい?なーんにもねぇトコですぜ」
地図は10年以上前のものだが、それ以前から荒れ地のままのはずだ」。
「仕方ねぇだろ、そういう依頼なんだから」
「そいつら一体、何しに行くんでしょ?」
「知るか!とにかく全員始末、じゃなかった。全部お片付けすりゃ仕事は完了だ」
物騒な話を日常会話のようにしているあたり、まともな連中ではない。
ただし、そういう仕事を生業にしている中でも……あまり頭のいい手合いでもなさそうだ。
「しかしウチの組に宇宙人から依頼がくるなんて時代が変わりやしたねー」
ゴキャッ!
「何度いったらわかるんだ?『ウチの組』じゃねえ『会社』だろうが?」
「……スンマセン」
今日だけでスキンヘッドサングラスは50回以上頭をはたかれている。
あまりに日常すぎて何も感じなくなっているらしいが。
「まあいい、準備はできてるんだろうな」
「へい、武器も覆面もちゃんと」
バキャッ!
「違うだろ!『清掃用具』と『衛生マスク』だ」
「……スンマセン(涙)」
泣き出した。
はたかれ過ぎて、とうとう痛みを感じだしたのか。
それとも人生の悲しさでも思い出してしまったのか?
「ああ、それからな。倅、じゃなくて副社長も手伝わせる。呼び戻せ、今どこにいる?」
「二代目なら、こないだ請け負った町内会のドブさらいを」
ドゲシッ!
「だから!二代目とかいうな!」
このやり取りを電話の向こうの依頼人の耳に入れば……きっと依頼したことを後悔するのだろう。




