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決戦の朝!満身創痍の出発

ドアを開ける時、弾太郎の胸にあったのは強い意志と不屈の覚悟だった。

だが、ドア開けた時に目の前にいたのは……最も予期していない、最も会いたくない人物だった。


「おはよう、ええと、あー……弾太郎君じゃったかな?」

「ふ……福 櫂緒(ふく かいお)……さん…………」


目の前に小柄な老婦人、いや縄文杉の年輪並みの皺が服着て立っていた。

青ざめた弾太郎が一歩、また一歩と後ろに下がる。

広がる間合いを詰めるように怪老婦人・福 櫂緒が2歩3歩と歩み寄る。


「なぁに、二日続けて同じ服では少々体裁が悪かろう、と思うてな。あふたー・さーびす、というヤツじゃ」

「いいいいいいい、いえ!結構で……ッッッ!」

「……ンン――――ンッ?『だが断る』とでも?」


老婦人のサングラス越しの視線が弾太郎を射抜く。

何かを言いかけた姿勢のままで弾太郎は動けなくなった。

金縛りの妖術、というわけではなさそうだが、蛇に睨まれた蛙とはこのことだろうか。

コツコツと小さな足音をたてて、ニィッと笑った福 櫂緒が、完全に硬直した弾太郎の背後に回り込む。

枯れ木のような皺だらけの手が愛し気に、弾太郎の背骨から腰のあたりをさすっていく。


「なるほど……いい締りをしておる」


瞬きもできない弾太郎の瞼に指を押し当てて、目を大きく開かせ、瞳をのぞきこむ。

まるで魚の鮮度を確かめるように。


「ふむ、活き(イキ)もいいのぅ……ヒヒッ」


卑猥さすら感じさせる乾いた笑い声。

弾太郎は息もできない、声も出せない。

自分が今からどんな運命を辿るのか、考えるのもおぞましい。


「どうやら貴様は最高の男の娘……もとい、モデルのようじゃ」


福 櫂緒が背後に向かってピッと指を鳴らす。

部屋のすぐ外で待機していたのだろう。

二人の人物を先頭にスーツケースを抱えた一団がなだれ込んできた。

その顔ぶれを見てジンの顔色が変わる。


福 春麗(ふく チュンリー)龍書 文子(たつがき ふみこ)!あなたたちまで?」

「それに店長さん?フロアマネージャーさんたちも?」


ガタイのいい褐色のおねーさん『今日中』福 春麗!

不機嫌面のハンドポケット裁縫おばさん『強靭』龍書 文子!

加えてルキィも驚く、KO-FUKUブランド本店スタッフが勢ぞろいだ。


「ホッホッ……いやいや、久方ぶりに創作意欲が燃え上がってしまっての。年甲斐もなく徹夜仕事してしもうたわい」


徹夜明けを感じさせない146歳の老婦人に比べ、他の全員が目の下に隈をつくり疲労の色が濃い。

おそらく徹夜に無理矢理付き合わされたのであろう。

恐るべし、ブラック企業・KO-FUKUブランド!

だが真の恐怖は始まったばかりだった。


「では、最終調整に入るとしよう……やれ」

「うわっ……うわっ!ウワァァァ―――ッ!」


あまりの恐怖に、硬直していた弾太郎の叫びが上がる。

福 櫂緒が命じると福 春麗、龍書 文子が弾太郎の両腕を拘束し寝室の方へ運び込む。


「喜べ。このデザインが成功すれば……貴様の女子力は10倍にアップするぞぃ」

「いいいいいい要りません!そんなパワーアップ要りません!」


続いて福 櫂緒が寝室へと消えると、完全防音の壁の向こうから絶叫がかすかに聞こえた。

悲鳴の後でドアが少しだけ開いて、楽し気な声が聞こえた。


「おぬしらの着替えもついでに用意しておいたぞぃ。ヒヒヒ、期待しておくがよかろう」


ドアは再び閉じた。

呆然とするルキィ達の前に店長とフロアマネージャーたちが恭しく着替えを差し出す。


「だ、大丈夫でしょうか、弾太郎さん?」


超天然なルキィですら感じる、この重大な危険臭。


「わ、わからないけド。多分、大丈夫……かナ」


どうにもできない状況であることを唯一知っているジン。


「あ、あの僕らはどうすれば?」


どうしていいか、もう分からないルパルス王子。


「とりあえず、お着替えを……オーナーのやることに口出ししては……危険です」


店長の疲れた笑顔と優しい乾いた声が全てを物語っていた。


★☆★☆★☆★☆★

ホテルのフロントで、ジンはチェックアウトの手続きを取っていた。

目の前にいる老紳士は受付係ではなく、このホテルのグランドマネージャーつまり最高責任者だ。

このホテルにとってジンがどれだけ重要な客なのか、それだけでもわかるだろう。

しかし普段は穏やかな笑顔で応対してくれるグランドマネージャーなのに、今朝はあまり機嫌がよろしくない。

何枚かの書類にサインしながら、不思議に思ったジンは尋ねてみた。


「何かあったのかイ?」

「…………ジン様、少々不愉快かもしれませんが、言わせていただきます」


そしてジンの背後にチラッと目をやる。

フロントからは少し離れたところ、ソファに腰かける3人の連れがいた。

一人は中学生まではいかないであろう男の子、髪を銀色に染め耳と唇にピアスにカラーコンタクト。

黒い革ジャンの鎖をじゃらじゃらと鳴らし、大きく開けた胸元からのぞくシャツには邪悪な紋章。

中二病全開のルパルス王子だ。


「ああ、彼は、あーゆーのに憧れる年頃で……」

「あの坊やのことではありません。まあ、私の息子も……中二病とかいうヤツらしいので、アレですが」


その向こうからヒョコッと顔を出したのはルキィだ。

そして例によってゴズラ様の着ぐるみである。

喉のあたりから素顔を出している以外はかなり再現度が高い。

オタクな方々なら『ゴズラVSカイザーヒュドラ』バージョンだと見抜くだろう。

この超高級ホテルに最も場違いな着こなしというべきか。


「あ、ああ、彼女は海外でも有名なゴズラ・コスプレイヤーでネ……」

「彼女のことでもございません。確かに当ホテルにはちょっとアレかな?とは思いますが」


ジンの額に冷や汗が噴き出してきた。

もちろん、最も問題のありそうな人物のこと忘れていたわけではない。

できれば弾太郎のことには触れたくなかったのだ。

軽々しく触れたりすれば弾太郎がどれだけ傷つくか、それを思うとつらかったのだ。


「彼……彼女は……その、あ、あの格好は実は、ボクの趣味で、彼女は別に」

「……」


グランドマネージャーの不信の目にジンは沈黙する。

それはそうだろう。

なにしろ話題の弾太郎君は他の二人を差し置いて、フロア全体の注目を一身にあつめていた。

メイド服という点では昨夜、チェックインした時と同じだが。

明るい色彩を強調していた昨夜と違い、今朝は黒と白、そしてボタンと金具部分の銀のみ。

今回の装いは一見、実に地味に見える、のだが。


「あの、顔色悪いですけど。大丈夫ですか?」

「殿下……じゃなくてルパルス君……うん、大丈夫です」


血の気を失った顔で虚ろに微笑む。

絶対に大丈夫じゃない、見ている誰もがそう思った。

着ぐるみ娘ルキィも相棒の憔悴ぶりに心配そうだ。


「えっと、具合が悪いなら今日の視察は中止した方が」

「心配ないよ、ルキィさん。今日で決着つけるんだからね。それにホラ」


弱弱しくガッツポーズを決める弾太郎。


「ホラ、ぼく、元気、いっぱい、だよ?」


密かに聞き耳をたてていた他の客全員が思う。


(いや、君はそれどころじゃないだろ!!)


誰でもそういいたくなるくらい弾太郎の顔色は悪い。

だが、やつれた表情が黒で引き締められたメイド服にマッチして、儚げな表情を際立たせている。

うつむいた物憂げなメイドさんをチラ見した男性は胸の高鳴りを自覚してしまう。

女性でさえ……ときめきを押さえきれない。

ただ座っているだけのたった一人のメイドさんに、フロア全体の視線が独占されているのだ。

これで『黒いメイドさん』の正体が、弾太郎という名の男だと知ったらどうなるのだろう。

それを知っているジンが、どう説明したものかと悩んでだ。


「いや、まあ、その彼、か、か、か、彼女は」

「ジン様の趣味をどうこういっているわけではありません」

「えっ?」

「客室係から聞きました。昨夜はずいぶんお楽しみだったようですが」

「・・・・・?何のことダ?」


確かに夕べはひと騒動あった。

あったが、とてもではないが『お楽しみ』といえる状態ではなかった。

結局、弾太郎が鼻血を大盤振る舞いしてくれたおかげで、あの後はルパルスとジンが拭き掃除するハメに……

そこまで考えてジンはハッとした。


(まさか……疑われているのは)


弾太郎の鼻血があちこちに残した血痕をできるだけ拭きとった。

だが拭きとれない箇所もいくつかあった。

浴室の排水口や居間の絨毯の繊維の奥、寝室のシーツなどだ。

拭き残した量は微量だが、それがかえって誤解を招いているとしたら?

そしてジン自身の普段の行状を考慮すれば?

そして可愛いメイドさんが暗い顔でソファに座って、憔悴しきっている。

それらから推測するに昨夜は何があったのか……


(つまり、夕べ、僕が、見目麗しいメイドさん=弾太郎の純潔を……奪ったと……)

プラス変なコスプレ娘、プラス中二病全開少年と一緒に。

寝室のみならず、居間の床の上、果ては浴槽の中で。

どんな変態遊戯が行われていたのか……


カタカタ、カタカタ……ガタガタガタ。


ジンのペンを握っていた指が、激しく震えた。

顔から血の気がサァーッと引いていくのが自分でわかる。

額から脂汗がボタボタと滴り落ちているのが見える。

ジンは自分を、上は還暦から下は非合法スレスレまで、全ての女性を愛せる『オールラウンダー』だ、と思っている。


(だからといって!男の娘は僕の趣味じゃないぞ!)

「あ、あの?ジン様!」

「あ、すまない……つい」


思わず握りしめたペンが手の中でボキッと折れていた。

グランドマネージャーも焦るくらいの激情にジン自身も驚いた。

別のペンを受け取り、書き損じた書類も取り替えてもらう。

2,3度、深呼吸をして再びサインに取り組む。


(お、落ち着け!やましいことはなにもしていないんだ!)

(とにかく誤解を解くんだ!簡単なことだ、無実なんだから)

(弾太郎には悪いが、彼が男だと証明すれば)

(そうだ。弾太郎にパンツさえ脱いでもらえば)


そうだ、パンツを……って、オイ!

思考が迷走しすぎて暴走になっているぞ!


(ハッ?僕はなんてこと考えてるんだ?!まず落ち着いて……)


気を落ち着けると、ルキィとルパルスの会話の続きが聞こえてきた。


「どうしちゃったんでしょうか?今朝はとっても元気だったのに」

「困りました、早く元気を取り戻してくれないと」


ルキィが心配そうに弾太郎の顔をのぞきこんでいる。

ルパルスにしても、弾太郎が元気になって子孫繁栄しくれなくては立場が危うい。

そんな二人に気を使って、弾太郎はやつれた顔で微笑み、再び弱々しいガッツポーズ。

周りにいた他の客が、つい声をかけそうになるが結局、かけそびれて一歩下がる。


「それにしても今日のダンタロさん……すっごくキレイですよねー」

「えっ……そうですね。昨日より一段と大人びた感じで僕から見ても素敵です!」


ルキィもルパルスも元気づけたくて褒めたつもりなのだろう。

しかし結果として弾太郎のまわりだけ、いきなり暗くなった。

いや、本当に暗くなったわけではないが。

照明が落ちたと思えるくらい、ムードが暗くなったのだ。


「あ、あ!でも昨日のも可愛かったですよ。ね、ルパルス君!!」

「そうそう、イケてました、うん!スカートのフリルがとっても!」


弾太郎の変化に慌てた二人が取り繕おうとするのだが……

傷口を思い切り広げる結果となった。

弾太郎を包む闇が一層深く濃くなった。


「そ、それに着替えの時にチラッと見たんですけど。今日のパンツ……私とお揃いなんです!」

「ルキィさんと?わー!わー?すごいですね!うらやましいです」


ドン!と音が響いたような……気がした。

弾太郎が展開する暗黒領域(ダーク・フィールド)事象の地平線(ブラックホール)に進化した。

物理的宇宙の限界を超えた落ち込みっぷりだった。


「あっれー?なんかますます落ち込んじゃいましたね?」

「僕たち、何かマズいことしたんでしょうか?」

……バキッ。


背後の会話に聞き耳を立てていたジンの手の中で、2本目のペンは粉々に粉砕された。


(何やってんだ、あの大ボケ怪獣コンビは!)

「あ、あのジン様?」

(広げた傷口をえぐって、塩とハバネロすりこむようなマネして!)

「お怒りになられましたか?しかし!」

(ったく、弾太郎も弾太郎だ!女装くらいで落ち込んでる場合じゃ……落ち込んで当たり前か)

「出過ぎた真似とは理解しております、しかし!」

「えっ、あ?何?」


我に返ってグランドマネージャーが必死に話しかけているのに、やっと気付いた。


「まったく、ジン様らしくありませんぞ。あなたは女性にだけは優しい方なのに」

「それは……いや、すまなかっタ。後は僕に任せてくレ」


考えてみれば相手は『女性』ではないのだから的外れな非難だ。

しかも女性に『だけ』優しいという辛辣で失礼な評価。

普通なら怒り出してしまうところだが、ジンは逆に気が抜けてしまった。


(まー、僕の場合は普段の行いが行いだからな)


フロントに背を向けて、ジンは歩き出した。

注目を集めながら一歩一歩、大股で弾太郎が座るソファに近づいていく。

黙って正面に立つと、懸命に話しかけているルパルスとルキィの肩をポンと叩いた。


「あ、ジンさ……」

「僕、どうしたら……」

「表に車が来ていル。さ、乗って、乗っテ」


二人の手を引いて、ジンは弾太郎から離れた。

突然の行動にルキィたちは慌てた。


「え、でも?ダンタロさんが」

「大丈夫!だから急いで、急いデ!」


有無を言わさず、二人の背を押して正面玄関へ急がせる。

弾太郎の方を見ようともしない。

ただ、外へ出る直前、一度だけ振り向いた。

ふと顔を上げた弾太郎の虚ろな目と、ジンの刺すような視線が一瞬だけ交差する。

それだけだ。

ジンは弾太郎には声もかけず出ていった。


「ジン、ルキィさん……」


数秒の間をおいて弾太郎がつぶやく。

見ているのがもどかしいほどの緩慢な動きで、立ちあがり、よろける。

小刻みに震える両足だが、なんとか立つことはできた。

一歩、踏み出す、また一歩、また一歩、足がもつれて倒れそうになる。

それでも持ちこたえて、前へ進む。


「とにかく、これからボクは車に乗って次の観光地へ行かなくてはならない」


立ち止まり、崩れそうな膝を手で押さえる。


「今のボクには、悲しみで泣いている時間なんかないよ……」


膝を押さえる手の指に涙が滴り落ちる。

だが再び歩み始めたその両足にはもう、迷いもためらいもなかった。

一歩踏み出すたびに歩みに力が宿り、いつしか堂々たる足取りへと変わっていく。


パチパチパチ……喝采が聞こえた。

グランドマネージャーが弾太郎の背に向かって惜しみない拍手を送っていた。

パチパチパチ、パチパチパチ……フロント係が、清掃係が、チェックイン待ちのお客様が拍手していた。

エントランスから出るころには、文字通り割れんばかりの拍手の音が背中を押してくれていた。


真榊 弾太郎、男としての自信喪失。

ジン・カイザウェル、男としての面目喪失。

⇒to be continued……

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