脇役たちの悪だくみ
太陽系をはるかに離れた恒星系、その第4惑星で最も古い大陸の山岳地帯に巨大な洞窟があった。
数千キロに及ぶ山脈に穿たれた何百という洞穴は細いものでも直径1キロを超える。
その中へ何百という巨大な鳥、いや怪鳥が飛びこみ、また飛び出していく。
その超巨大な洞窟群の、他の怪鳥が近づかぬ片隅に、巨大な翼を縮こまらせた例の白い翼の怪鳥がいた。
「しくじりました、だとぉ?」
怪鳥のいる洞窟の壁、床、天井は見事なレリーフに覆い尽くされていた。
どれほどの時間をかけて掘りぬかれたことだろう。
この人工洞窟が気の遠くなるような長い歴史を持っていることをうかがわせる。
そんな重厚な歴史に囲まれて、怪鳥は何やら切羽詰まった様子だ。
「クソ高い前金を払わせておいて、このザマか!」
怪鳥の話し相手はこの場にはいない。
幾重にも重なる純白の羽の下に隠された通信機、数千光年離れた別の惑星に相手はいる。
「いいか、時間がないんだ。22時間以内に!絶対に!ルパルス殿下を始末させろ!」
聞こえるのは怪鳥の囁き声だけだが、通信相手はなにやら食い下がっているらしい。
怪鳥の機嫌が目に見えて悪くなっていく。
「殿下を始末できなきゃ俺もアンタらも終わりなんだぞ。肝に銘じておけよ」
それだけいうと怪鳥は一方的に通話を切った。
通話を終えても怪鳥の怒りはまだおさまらない。
というより、焦りと恐怖がますます膨らんでいるようで顔色はどす黒く変わっていく。
「仕方ない、こうなりゃ集められるだけの手勢を……くそ、また金を借りるしかないか」
白い翼の怪鳥は再び通信機のスイッチを入れた。
「頼みたくはないが、アイツにも働いてもら……ああ、私だ。すまんが、追加でもう少し借りたい。大至急だ、地球の通貨で頼む」
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於茂鹿毛島、今は弾太郎もルキィもゲン爺もいないので、神社にいるのは海人ただ一人。
その海人が妙に不機嫌な顔で社務所へ入ってきた。
少し前にゲン爺から連絡があり、弾太郎周辺で起きていることのあらましを告げられた。
パソコンのキーボードを乱暴に叩くと『通信回線が開きました』の表示。
同時に壁に一面に、お茶とお菓子でくつろぐ、頭に小さな金冠を載せた巨大な怪鳥の姿が投影される。
「おー、カイトゥ……じゃなかったな、海人。また、なんか用か?」
「おい、悪党。何を企んでいる?」
「うむ、我が愛息ルパルスの婚約を邪魔する一味の撲滅を……」
「そっちじゃない!ウチの息子にチョッカイかけてるだろうが」
「んー、人聞き悪いな?お互いの息子同士、顔合わせさせただけだぞ」
悪びれることなく、宇宙怪鳥ルントゥス王は嘴でお茶をすする。
はぐらかそうとしているのか、それとも罪悪感など最初からないのか。
「ルントゥスよ、お前のいう『顔あわせ』は随分とプライベートに踏み込んでいるようだな」
「ん?ああ、ルキィちゃんといったっけ?お前だって彼女と息子殿をくっつけたいんだろ」
「お前たちには関係ないことだ!」
「そーいうなよ、ルパルスには『少しは気を利かせるように』と命じただけなんだ」
「それが『偶然にも風呂場で裸の付き合い』というわけか?」
「ええと、地球言語でいうラッキー……スケベだったか?いっちゃあなんだが、弾太郎君、初心すぎないか?」
軽い冗談のつもりだったようだが、海人は何も答えない。
代わりに凄く怖い目で画面越しにルントゥス王を睨んでいる。
するとルントゥスのわざとらしい態度が一変する。
小さくため息をつき、真剣な目で海人を見つめて話しかけてきた。
「……これ以上干渉されたくないって気持ちは分かるがな。そうもいかんよー」
「私は……弾太郎には……あんな奴らに関わらせたくないんだよ」
海人は口にするのもつらそうに、黙り込んでうつむく。
いつもの外野のことなど意に介さず!な、息子第一の陽気な親バカの姿はない。
ただ息子を守りたい一心の悲痛な父親がいるだけだ。
ルントゥス王が口を開きかけ、何も言えずに閉じる。
沈黙……だが、その沈黙はすぐに破られた。
互いの姿を映すウィンドウを押しのけて、別の映像が割り込んできた。
「割り込み?何者だ?」
「おいおい、こいつぁ極秘通信回線なんだぞ!」
「……極秘通信回線にしてはガードが甘いのう。久しぶりじゃな、カ……海人さんじゃったかな?今は」
映像の人物は典型的なヒューマノイドらしいが、顔は逆光でわからない。
壁紙さえない灰色の部屋に、家具は謎の人物が座っている平凡なパイプ椅子だけ。
膝の上の猫みたいな小動物の頭を撫でているのがお決まりの黒幕らしさを演出している、らしい。
謎の人物の割り込みにルントゥス王は驚き、海人は警戒心をあらわにした。
「どうやってこの通信に……」
「コイツなら不思議はないさ。おい、今頃になって何の用だ?」
海人は警戒心にくわえて不快感を前面に出してきつい口調で問いただした。
どうやら知り合いらしいが、あまり良好な関係でないらしい。
「相変わらず嫌われておるようじゃの」
「当然だろう。ペット屋の一件では、弾太郎に手を出しおって。居場所が分かれば即、抹殺してやったものを」
少し前の事件で弾太郎は人身売買をもくろむ違法業者に捕まり、ペットとして太陽系外へ出荷される寸前までいった。
その時、悪徳業者に命じた依頼人は謎のままだったが、海人には心当たりがあった。
いくつもの顔と名を使い分け、裏社会の組織を何百と支配する大物。
顔見知り、というより海人とは何度も生命の奪い合いをしたこともある仇敵だった。
「フォッフォッフォッ。いやぁ怖い、怖いのぉ。なぁに、ちょいと耳に入れておきたい小ネタがあっただけじゃよ」
「なら、さっさと用件をいえ。そして消えろ!」
シルエットの老人は愉しそうに含み笑いをしている。
イラついた海人が怒鳴ろうとする機先を制して話し始めた。
「ほんの少ぉし前じゃが、ウチの下請けに金を借りに来た奴がおってな」
「強欲悪徳闇金融業者に金を借りようとは切羽詰まったアホだな」
「おいおい、ウチは良心的商売で名を売っとるんじゃぞ?それで、そいつの話じゃが雇った殺し屋どもがよっぽどの役立たずらしくてのぉ。失敗続きで資金が尽きたらしい。地球の通貨で貸してくれと泣きついてきおった」
「……なるほど、地球の通貨、でね。そいつの名は?」
「そこまではいえん。こちらにも守秘義務があっての」
「何が守秘義務だ!まあいい、その程度の情報なら必要ない……」
「では、そいつの身元について調べてみたか?」
「?ああ、当然だろうが」
「ふん、浅いのう。宇宙最速の戦士と讃えられた貴様も情報収集に関しては亀以下のノロマか?」
「どういう意味だ!」
「おっと、これ以上は……では『さくら子ちゃん』によろしくな」
通信はそこで切られた。
「すまんー、海人。今の通信、追跡できんかった」
「どうせ繋がっていたのはダミー端末だ。それより」
「第5王子の侍従長グェルトだな、洗いなおしてみる」
「頼むぞ」
「ところで、さくら子ちゃん、って誰?」
「知らん!」
通信終了、海人は椅子に座ったまま腕組みをして目を閉じ、考えること数分。
目を開き電話をかける。
「もしもし、防衛警察ですか?すいませんが、塩川長官を……さっさと出やがれ、税金泥棒!」
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超高級ホテルの屋上で、星さえ見えない都会の明るい夜空を見上げてゲン爺は悩んでいた。
弾太郎の風呂場での顛末を海人に報告したばかりだった。
「これじゃあ坊ちゃんが子宝を授かるのは、いつになるやら……天国の奥方様に顔向けできねェ」
そんな悩み事をボヤいていると懐にプルプルと振動を感じた。
手にしたスマホの画面としかめっ面でにらめっこするゲン爺だったが、ようやく電話に出た。
「あー、塩川のダンナでごぜぇやすか?」
―電話に出てくれんから心配したぞ、何かあったのか?―
「あーそうじゃありゃあせん。この『すまほ』とかいうの、使い方が、その……」
―アンタもか?実はワシも……そんなこと言っとる場合じゃないな。明日の予定は聞いたな?―
「ジンとかいう若造、撮影現場がどうとかいっとりやしたが」
―最後の修羅場になりそうだ。海人のヤツからタレコミがあった―
一瞬、会話が止まりゲン爺の目に険しい殺気が宿る。
冷たく硬く、鋭利な殺意、スマホ越しにも伝わる気配に塩川長官も息を詰まらせる。
「お任せくだせぇ、坊ちゃんたちに手ェだすヤツは」
―いや、相手は地球人の下請けギャングだ。こちらで手配した戦力で十分だろう―
「左様でごぜぇやすか」
―アンタにゃ弾太郎君を頼む―
これはゲン爺にとっても意外な言葉だった。
長官という立場上はルパルス王子の安全を最優先しなければならないはずなのだが。
「坊ちゃんだけ?ルパルス殿下の方はよろしいんで?」
―それが先方のお望みだからな―
ルントゥス王ともルパルス王子ともいわずに『先方』という言い方も微妙だ。
ヴァングラン星王室以外の意志が関与しているらしい。
そんな怪しげな第三者の介入を告げられたのに、何故かゲン爺はそれに無関心だ。
「やれやれ、あの連中ときたら。親兄弟の情ってものがねェんですかねェ?」
―確かに関わりたくない手合いだ。海人が嫌うはずだよー
通話はそこで打ち切られた。
正体を明かさない第三者のことをゲン爺も知っているらしい。
同時にゲン爺の姿がホテルの屋上から消える。
「まったく、うっとおしい。奴ら全員この宇宙から消してやりたいものだよ」
ゲン爺の声で、ゲン爺とは異なる口調で、その一言を最後に、夜は静寂へ戻った。
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(どこだろう、ここは?)
弾太郎は朦朧とした意識で考える。
失神と覚醒を何度も繰り返したせいか、頭がスッキリしない。
「……暗いな……ここ、ホテルの寝室……か?」
瞼を上げてもなお見えるのは、薄明かりに朧げに浮かぶのは小さな机とクローゼットだけ。
そこで自分が柔らかな毛布と極上の布団に包まれていることに気がつく。
自分がいる場所はわかったのだが、いつベッドに入ったのかも覚えていない。
「お風呂に入ったまでは覚えてるんだけど。確か、ルキィさんが……」
湯煙の中のルキィの裸身を思い出して頭の中の霞が一気に晴れる。
再び噴出しそうになる鼻血を押さえて、左右を見回す。
ルキィはちゃんとそこにいた。
「えっ…………ええっ!?」
「むにゃ?あれぇダンタロさん、起きちゃったのぉ?」
寝ぼけ眼のルキィと見つめあう。
問題はここがひとつ布団の中で、加えてルキィは何も身に着けていないということだ。
(普段の彼女はパジャマ(ゴズラ様柄)愛用なのだが)
今日の彼女は『寝るときに何を身に着けていますか?』『シャネルの5番』と答えた超有名女優よろしく、石鹸の香りのみ身に着けている。
「る、るるるるる、ルキィさん……」
「ダメですよぉ、明日も早いん、です、から、ふぁぁぁ……」
咄嗟に離れようとした弾太郎、しかしルキィの両手に頭を捕まえられて、彼女の胸に抱き寄せられる。
「ふぐっ?ふぐぐぐっ!」
「お休みです、ダンタロさん……」
弾太郎の顔が柔らかく暖かく、とっても大きくて甘い香りお二つの肉球に包まれていく。
いつもならここで鼻血大噴火から失神へのコンボなのだが、鼻を押さえつけられたおかげで出血を止められた。
しかし行き場を失った血液は全身を駆け巡り、やがて『ある一点』へと……
ついに今夜、一線を越えるのか、弾太郎!
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ルパルスは壁に耳を押し当て、中の様子を伺っていた。
ホテル内の壁はすべて完全防音だが、ルパルス王子の『怪獣聴覚』をもってすれば中の様子は筒抜けだ。
そしてルパルスの背後にはジンが立っていた。
目をつむり腕組みをして静かに結果を待っていた。
不安そうな声でルパルスが囁く。
「あのジンさん……」
「何でしょうカ、ルパルス殿下」
「こんなことが、許されるのですか?もう『ラッキー・スケベ』では誤魔化せませんよ!」
そんなルパルスの心配をジンは軽く鼻で嗤った。
「今更、何を怖気づいているのでス?賽は投げられたのですヨ」
「しかしルキィさんはなんとか誤魔化せましたが……」
「あれはなかなか見ものでしたネー」
失神した弾太郎を寝かしつけるルキィに
『弾太郎さんはお疲れのようですから、ぐっすり休ませてあげないと』
自分の部屋に戻ろうとするルキィに
『地球の殿方は誰かに添い寝してもらうと、よく眠れるそうですね』
弾太郎の寝室に入るルキィに
『何も身に着けない方がリラックスできて疲れがとれますよ』
「会話の端々に潜ませた言葉でこちらの望む結末へ誘導すル。独学ですカ?」
「ええ、まあ……しかし弾太郎さんにバレたら」
「ふーむ、バレたりしたら……あいつ怒るだろーなァ」
実に軽ーく答えられたジンの言葉にルパルスは青くなる。
一介の警察官である弾太郎に末席とはいえ一国の王子が、いくらなんでも怯えすぎというくらいに。
明確な言葉にこそしなかったが、ジンの視線は明確に『なぜそんなに怯えるか?』と好奇心いっぱいだ。
「僕にだってわかりませんよ!父上は何も説明してくれなかったし」
「じゃあ『いかなる手を使っても、弾太郎の血筋を絶やすな』だけだったんですカ?」
「そうです……」
ジンは椅子に腰かけて『考える人』を実演した。
何故、他惑星の王族が弾太郎を気にかけるのか?
弾太郎は一介の警察官で平凡な地球人だ。
父親の海人はあちらこちらに妙なコネがありすぎる怪人物らしいが。
それでは『海人の血筋』ではなく『弾太郎の血筋』に拘る理由がわからない。
「血筋カ。正体のわからない父親に死因不明の母親、どちらの……」
「シッ、静かに!」
弾太郎の寝室で動きがあったようだ!
ルパルスが真剣な顔で壁に耳を押し当てて、中の音に集中している。
極度に緊張したその顔に脂汗が滲み、やがて緊張の表情が驚愕に変わった。
「どうでス?王子?性交、いや成功しましたカ!」
「…………おおおッ?こ、これは!」
「どうしましタ?」
「眠っています!二人とも」
「眠って……いるだト?」
「はい、お二人の寝息が聞こえます。弾太郎さんは熟睡、ルキィさんは爆睡してます」
★☆★☆★☆★☆★
その数分前のことである。
寝室の薄明の中、大きなベッドで布団にくるまれて、弾太郎は寝ぼけ眼のルキィに抱きしめられて、人生最高の危機?を迎えていた。
「ふっがっ(ちょっと)!ふふぃふぁん(ルキィさん)!ふぁふぁふぃふぇふぁ(離してってば)!」
「ふみゅーん?ダンタロさん、まだ、眠れ……ない、の?」
ますます頭をギューッされる弾太郎。
柔らかな二つのホコホカ球体に顔を埋められ息ができない。
いや、息はできるのだが、脳髄の芯を陶酔させる甘い香りを吸引してしまう。
(は、離れ、なきゃ……、ダメだ?)
弾太郎君、なけなしの腕力を振り絞って必死の抵抗!
だけど、かわいい女の子の姿をしていても本質は巨大怪獣、腕力で抗えるはずもない。
藻掻いている間にも思考力は、直接伝わる体温と、心地よすぎる柔らか感触と、本能が欲する香りに奪われていく。
そしてルキィの優しい声が、まるで天から降ってくるように。
「眠れ……ない、なら……ってあげる」
「ふがっ(何を)?!」
この状況下で、暴発寸前の弾太郎に一体何をサービスしてくれるというのか、ルキィさん?
焦り、混乱し、怯えつつも何が起きるのかと、ついつい期待してしまう弾太郎!
その耳に不思議な旋律が聞こえてきた。
ヒューヒュヒュヒューヒュー……
(これって……歌?ルキィさんの故郷の歌?)
地球のような声による歌ではない。
呼吸音と緩やかなリズムで構成される異星の旋律。
言葉ではないので地球人には意味はわからない。
りゅーりゅりゅりゅりゅー……
(これって、きっと……子守唄…………)
ぐずる赤子を寝かしつけるための、怪獣たちの歌う古い古い歌。
聞き覚えのないはずのその歌は、何故かとても懐かしくて、弾太郎は聞いているうちに……スヤスヤ。
★☆★☆★☆★☆★
「馬鹿ナ……ッッッ!!!」
寝室の壁一枚外では、その場の空気が凍りついていた、ありえぬ事態であった。
ジンは両膝をつき、激しく床を叩いた!
「何やってるんダァッ、ダンタロォォォォォッ!」
「あのぅ、ジンさん?落ち着いて……」
「若い男女ガッ!ひとつ布団の中デッ!生まれたままの姿デッ!何もしないで寝てますだトォッ?!神への冒涜だろうガァァァッ!」
「し、静かに、弾太郎さんたちが起きちゃいますってば!」
「叩き起こセ!二人とも今すぐ説教してやらなきゃあ気が済まなイッ!」
興奮して椅子を振り上げ、寝室のドアをブチ破ろうとするジンと、それを何とか止めようとするルパルスと。
VIPご用達の超高級ホテルの夜は、表向きは静かに更けていった。
★☆★☆★☆★☆★
誰もいないホテルの屋上、小さなつぶやきが夜風の空気に嘆きを伝えた。
「坊ちゃん……あっしは、マジで情けねェです……」




