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戦士の睡眠

大きなバスルームで、温かい湯に肩まで浸かり都会の夜景を見る。

於茂鹿毛島の真っ暗な夜とは違う、ここに満天の星の輝きはない。

この地の夜の輝きはすべて地上にある、星の輝きを消し去るほどの眩い光の洪水だ。


(本当にきれいな光だ。けど……於茂鹿毛島とは違うなあ)


湯船の中で四肢を伸ばし、筋肉を弛緩させる。

窓に背を向けてバスルームの出入り口の方を見る。

しかしすりガラスのドアは湯煙の向こうにうっすらと霞んで見えるだけ。

薄霧ほどの湯気でも反対側の壁が見えなくなるほど、このバスルームは広いのだ。

ジンの名前で予約したこのホテルに到着した時は、心底震えた。


(国賓級VIPご用達のホテルだもんな)


しかもジンが予約した部屋は最上階、ロイヤルスウィートというやつだ。

弾太郎の年収では一泊もできない、そんな部屋なのだ。


(あいつの実家ならおかしくはない、か。大変だよな、ジンも)


一部の者しか知らないがジンの実家は地球上で名を知らぬ者がいない名家だ。

実をいえばジン・カイザウェルというのも偽名だ。

不機嫌な顔で『本名を捨てた』と本人はいっていた。

父親と何かトラブルがあったらしいが、詳しいことは聞いていない。


(それにしても今日はホントに疲れたよ……)


スペース・ダブル・タワーの騒動の後、視察=観光旅行は中止に……なるどころか観光名所というか聖地巡礼はまだ、スタート地点にすぎなかったのだ。

かつての日本一電波塔の階段を史上最短時間でルキィが走破。

ルパルスが某国民的有名映画の舞台となった団子屋のある門前町の全土産物店制覇の偉業。

祟りがあるという有名武将の塚の間で、ルキィとルパルスが二人並んで堂々と雄叫び上げたのにはびびった。

記念写真は1千枚以上、食い尽くされて臨時閉店した飲食店12軒、大人買いで営業終了した土産物屋7軒。

たった一日で首都は2大怪獣に蹂躙されてしまった。

さんざん遊び倒してルキィとルパルスはシャワーを浴びて「疲れちゃった」「疲れましたね」と先に寝てしまった。


「さて、ルキィさんも寝てる頃だし。今度こそ詳しいことをジンに問いたださなきゃね」


弾太郎の可愛い笑顔が、形はそのままに額に青筋のコワーい顔に変わる。

ルキィを除き全員が隠し事をしているというのも頭にくるが、ルパルスを問い詰めるわけにはいかない。

いつも悪だくみしてる海人や身を隠したままのゲン爺、ましてや悪名高い塩川長官がまともに答えるわけがない。

まあ、ジンだってまともに答えるとは思えないのだが。

決心を強く固めて、湯船の中で弾太郎は勢いよく立ち上がった。


「だけど!これ以上は僕も黙ってはいないぞ!僕だっていう時はいうんだからね!」

「あ、ダンタロさんもお風呂だったんですね?」


浴室の暖かい空気の中でエコーのかかった声が背後から聞こえた。

反射的に振り向くとルキィの笑顔が浴室の入り口にあった。


「目が覚めたらもう一回、シャワー浴びたくなっちゃって。あれ?確か『今、お風呂は誰も使っていない』ってルパルス君が……」


ルキィの言葉の後半を聞くよりも前に弾太郎の視界は反転し、その肉体は暖かな湯の中に沈んでいった……


★☆★☆★☆★☆★


寝室の椅子に腰かけて窓の外を見つめるルパルスの瞳は暗い。

夜闇を見つめているからではない、見た目少年の瞳は夜よりもなお暗い。

そして冷たい、いや冷酷というべきだろう。


「まったく……あの二人にはガッカリだね。あそこまで使えないとは」


物憂げなため息をつく姿は、その筋の女性が見ていれば魂を奪われたかもしれない。

子供らしいあどけない微笑。

その実、全く子供らしさを欠いた表情は見る者の心を魅了し、かつ凍らせるだろう。


「殺されるわけにはいかないけど。危険にもならないんじゃ計画が進まないな」

「その計画について……詳しく教えていただけますか、殿下?」


いつの間に開け放たれたのか、音も気配も感じなかった。

寝室のドアにもたれかかってブランデーグラスを手にしたジンがいた。

ルパルスは驚くでもなく振り向きもせず応える。


「ジン・カイザウェルさん……と呼べばよいのですよね?実は私も詳しくは知らないんです」

「まあ、そうでしょうね。あ、ジンで結構です。その名前で通ってますから」

「そうですか、そちらも苦労なさっているようですね」

「……話を元に戻しましょう。『殿下の命が狙われている』というのは?」

「事実ですよ」

「相手は?」

「私の兄で第5王子のパルティウス……の侍従長ですね」

「兄自身ではなく、侍従長ですか?」


ルパルスは頷いた。


「私が婚約するというのはご存じですね?本来なら婚約するのは兄の、パルティウスの役目でした」

「それが何故、殿下が婚約することに?」

「兄は本来の学者肌の男でね。政治に関わるのを嫌がっていました。政略結婚など我慢ならなかったのでしょう。それに……」

「それに?」

「研究室で……ああ、兄は銀河連邦大学で恒星間考古学を学んでいるのです。そこの後輩の女性とね、ちょっと」

「なるほど、恋に落ちた、と」

「いえ、ちょっと違って。兄の片思いだったようで」

「片思いって?」

「内気なんですよ、パルティウス兄さんは。見てられなかったもので、ちょっと手を貸して……そしたら」

「そしたら?」

「なんか…………妊娠しちゃって」

「どんな手をどういう風に貸したわけかな?」

「発掘現場に二人だけ取り残されるように……そしたら翌朝には」


ジンはこめかみに指をあてて、ちょっとだけ考え込んだ。

どう考えても『最初から狙ってやりました』としか思えないのだが。


「それで殿下が婚約する羽目になったわけですか」

「ええ、まあ。先方に『自分がチャンスを掴むために兄を陥れた』と誤解されて、それがかえって気に入られたみたいで」


申し訳なさそうに頭をかいている様は年齢相応の子供らしさを感じるのだが。

喋っている内容は腹黒い野心家にしか聞こえない。

それを平然と聞いているジンもまた、真っ当な神経の持ち主とはいえないだろう。


「それで一応は決着がついたんですが。兄の侍従長やっている男がちょっと」

「不満を持ってしまった、ということですか」

「はい、私を暗殺して破談にして、あらためて縁談を進めるつもりしょう」

「それを承知で地球に来たのは、婿入りした後の貴方の政敵をあぶりだし始末する……」


答えず、ニコッと笑うルパルスの顔には暗い影など全くない。

良心の呵責など全く感じることなく処刑命令を出せる人種らしい。


「全く…………迷惑な話だ」


ジンの言葉遣いが急変した。

表面だけの敬語や礼儀正しい態度は霧散し、恫喝ともとれる怒りを隠さない語気に変わった。

国賓であるべき相手に対して決して見せてはならない態度だ。


「そのことは……申し訳なく思っています」

「それで。わざわざ地球を三文芝居の舞台にした本当の理由は?」

「はっ?」

「トボけるな。そのためだけに、こんなド田舎惑星にきたんじゃないだろう?」

「な、何のことを仰って……」

「目的は弾太郎t接触すること、だな?」


名前を口にしたとたんに空気が、少年と美青年の間で空気が凍った。

気まずい、というより殺気すら混じった重くて冷たい空気だ。

ふぅ、とルパルスがため息をつく、折角の熱演が全然ウケなかった、そんな感じのため息だ。


「貴方はどこまでご存じなのですか?」

「生憎だがほとんど知らない。弾太郎、いや弾太郎の血筋には調査不可能が多すぎてね」


今度はルパルスは何も答えない。

困ったように(事実、困っているのだが)ただ笑っているだけだ。


「まず……弾太郎の父上、真榊 海人の於茂鹿毛島に来るまでの足取りが全く掴めない」

「地球上ではそうだ、と答えれば十分でしょうか?」

「もうひとつ……弾太郎の母上、真榊 翔子の死因については?」

「あー、生憎とそちらは何も。一応調べてみたのですが」

「彼女は事故で亡くなった、しか出てこない……その事故の記録そのものが見つからない」

「そちらも『地球上では』ということですね?」


少し間をおいて、少しだけ考えてジンは問うた。


「では地球上でなければあるのかい、殿下?」

「心当たりがひとつ……」


口を開きかけたルパルスだったが、そこで止まる。

喋っていいかどうか、判断がつかないらしい。

しばらく迷った挙句、ようやく声にする決心がついたようだ。


「確証はないのですが……彼女の命日とされる日に」

「ジンさん!大変です!ダンタロさんが!!」


ジンの背後、いきなり開け放たれたバスルームの扉から、ルキィが飛び出してきた。

もちろんバスルームにふさわしい姿で!

そして弾太郎はルキィに背負われて運び込まれた。

もちろんこちらも全裸で、力なくグッタリした細身の体をルキィの肩に担がれて。

濡れた長い黒髪から水滴が絨毯に滴り落ちる。


「ルキィさん?一体どうしたんだイ」

「わからないです!お風呂で話していたら、ダンタロさんがいきなり倒れて!」

「はぁ、いきなり……ネ?」


答えたのはいつも通りのジンだった。

気楽でお調子者で陽気な、弾太郎の友人。

だから弾太郎のこともよーく知っている。

よく知っているけれど全然わかってないルキィとは違う!


「心配はないヨ。ルキィさン」

「で、でも出血がひどくて!お風呂も血で真っ赤になっちゃって!」


確かに相当な出血のようで、流れた血でルキィの右肩は真っ赤に染まっている。

血の跡がバスルームからルパルスの寝室まで点々と続いて、まるで猟奇的事件の発生現場だ。

ルキィの切羽詰まった声で意識を取り戻したのか、弾太郎がわずかに身を揺すり、顔を上げた。


「……うっ?」

「あ、気がついたんですか?ダンタロさん……キャアッ?」

ブフファッ!


再び鮮血の噴水が上がった!

ボタボタと滴り落ちる血がルキィの足元に赤い水たまりをつくる。

肩からのぞき込む形で見えた薄桃色の乳首が。

肌と肌との直接接触から伝わる柔らかさとぬくもりが。

そして鼻孔に充満する石鹸と甘い体臭が。

強烈な血圧上昇となって、弾太郎の鼻孔の奥の血管を破裂させたのだ。

そして弾太郎の意識は再び赤く深い沼へと沈んでいった。


「うぅっ…………」

「きゃぁっ?ダンタロさん、ダンタロさん!!」


失血死しかねないような勢いで鼻血は続く。

ルキィの豊かな裸体も血に染まってホラーかサスペンスのヒロインっぽくなっていく。


「どうしよう、このままじゃダンタロさんが死んじゃう?」

「あー、心配ないヨ。弾太郎はね、養成学校時代から毎日それくらい出血してるかラ」

「……ええっ、そうなんですか?」

「そうだよ、彼は魅力的な女性に出会うと血を流してアピールするんダ」


暗に『ルキィさんは魅力的だ』といったわけだが、通じなかったらしい。

魅力的という言葉に首を傾げ、他に誰かいるのか?といわんばかりにキョロキョロしている。


「あーつまりね、ルキィさんがとても可愛い女の子だから」

「ああ、なるほど!」


ポン、と手を打ったのはルキィではなくルパルスの方。

当のルキィは全然わかっていないようで、キョトンと目を大きく開けたままだ。


「つまり、われわれスターバード種の怪獣と同じですね!我々も美しい女性の前に出るときは羽を赤や紫に染め上げて相手にアピールするのですよ」

「そうそう、それだヨ!ボクがいいたかったのは!!」


これでハッキリと伝わったはず…………と思ったのだが。

ルキィはなんだか不満そうだ。

なんかわかんないです、って感じで何度も何度も頭を傾げている。

で、とうとう考えるのをやめた、らしい。


「やっぱりよくわかんないです……」

「ハハハ、そうかイ?まだルキィさんには早かっ……」

「可愛い、っていわれると地球の人はなんで嬉しくなるんでしょうか?」

「……えっ?」

「そうでしょ?『すごい破壊力だね』とか『こんな頑丈なのは奴は初めてだ』とかいわれた方が嬉しいですよね?」

「あ、いや、その……」


どうも美的感覚が違うというか、価値観そのもの違うのか、地球式のナンパ基礎技術が通用しない。

異文明同士の交流はかくも困難なものなのだろうか?

……ルキィに常識が欠けている可能性も否定できないが。

ジンは困ってルパルスの方を見た。

こちらも何をどう答えるべきか、わからないらしい。

かなりひきつった笑顔で黙っているだけだ。

ルパルスの常識は地球人にかなり近かったらしい。


「あ、そんなのはどうでもいーですから」

「そんなのっテ……」「どうでもいいって、ルキィさん……」

「とにかくダンタロさんが先です!どうしたら?」


ジンはどうしたらいいか考えた。

考え込んだ、そしてあきらめた。


「心配はないヨ」

「でもこんなに血が出て……」

「これはねー、地球でも一部にだけ伝わる表現方法でネ。自ら血を流すことでルキィさんに『信頼

と尊敬』を表現しているのだヨ」

「え、え?じゃあ、わたしって、ダンタロさんにすっごく信頼されて、尊敬されてるってことですか?」

「まあ…………そーゆーことかナ?」

「そんな、わたしなんて。まだ未熟で、おっちょこちょいで……」


あたふたと焦るルキィはとても可愛い。

本人には理解できないようだが、恥ずかしいのか顔はほんのり赤く言葉はしどろもどろ。

それでいて嬉しさを隠しきれない笑みがまた途轍もなく可愛らしい。

そんな会話が届いたのか弾太郎も再び意識を取り戻したようだ。


「うっ……」

「あ、ダンタロさん?気がついた……キャッ?」

「……うっ」


再び、いや三度の鼻孔からの大量出血でやっぱり三度、弾太郎は意識を失った。

その返り血?でルキィは更なる赤き血のヴェールを裸体に纏う。


「ダンタロさんってば、そんなに褒められたら照れちゃいますよー♪」


いや、褒めてないって……

というか、死にかけてないか?


「ルキィさン。今日はもう遅いから弾太郎を寝かしてやったほうガ」

「あ、そうですね!」

「ルキィさんも寝る前にもう一度シャワーを浴びては?」

「わかりましたー!そーします」


ピッと敬礼して180度回転、ルキィは元気よく来た道を戻っていく。

肩に担がれた弾太郎がまるで狩りの獲物のようだ。

少しだけ意識が戻ったのか、首を起こしかけて、またガクリとうなだれる。

そして新たな血がボタボタと。


「ダンタロさん、そんな褒めないでくださいでくださいよ。私、調子に乗っちゃいますよ?」

「……」

「あれ、なんか背中にカタいものが?これも『信頼と尊敬』の表現ですか?」

パタン……


「……弾太郎、いつもこんな苦労をしてるのカ」

「……警察官って大変なお仕事なんですね」


断っておくが防衛警察官の職務に『裸の女の子に担がれて鼻血を出す』はない……

閉じられた弾太郎の寝室のドアを見ながら、ジンとルパルスは深いため息をついた。


「殿下、最後にひとつ確認しておきたいのですが」

「なんです?」

「貴方の父親は何を企んでいる?」

「理由は知りません。ただ……弾太郎さんの血筋を絶やすな、と」


要領を得ない答えだった。

しかしジンはそれ以上問いつめることはなく、弾太郎の寝室のドアを見つめているだけだ。

そして、ただ一言。


「Mission:Impossible……」

「たやすい任務と思ってたのですが……どうしよう」


途方に暮れるルパルスの嘆きが夜の静寂にかすかに揺らしていた。

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