御不浄の戦い!(お花を摘みに♪)
膝蹴りくらって赤くなった鼻をさすりながら、ジンは楽しそうに笑う。
「いやー、やっぱり弾太郎をいじるのはホント面白いヨ!」
「いいんですか、ジンさん?弾太郎さん、怒って行っちゃいましたよ?」
「ふむ?別行動になるのはよくないかナ?」
いいながら弾太郎の行った先を見ると……
「ああそうか。確か『お花を摘みに行く』とかボソボソいってたナ」
「えっ、ここには花壇かなにかあるのですか?」
「ん?ルパルス君、そういう意味じゃなくてネ……」
「あ、私も最近教えてもらったんですけどね。ゴニョゴニョゴニョ」
ルパルスの耳にルキィが耳打ちする。
聞き終えたルパルスの目が大きく見開かれる。
「……えっ?そういう意味なんですか?」
「でしょ?私も初めて聞いたときはビックリですよー!」
「でも、なかなか風雅な言い回しですね。我が星でも使ってみようかな」
「私も里帰りした時に……あれ、どうしたんですか、ジンさん」
何故かジンは真剣な顔で腕組みして、何かを考えこんでいた。
「ん?ああ、実は弾太郎のことなんだガ……」
「ダンタロさんが?」「彼が何か?」
「うん、実は弾太郎が……男性用に入るのか、女性用に入るのか気になってネ……」
「あ……」×2
そして3人とも腕組みして考え込んでしまった。
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地上777メートルにあるスペース・ダブル・タワーの展望ラウンジには「首都で最も高い」あるいは「日本一高い」「世界一高い」という枕詞がついているものが多い。
例えば『世界一長い螺旋階段』ただし、建設途中にとあるホテルに抜かれて「東洋一」、完成直後に宇宙空港の付属施設に抜かれて日本一にも名乗れなくなり、今は「東京一」を名乗っている。
トイレもまた最初は「日本一高い場所にあるトイレ」となる予定だったが、「富士山のトイレの方が高いだろ?」との声が上がり「日本一高い水洗トイレ」と但し書きが付けられた。
しかし、この日に起きた事件によって、地球初という称号を得ることになった。
曰く『地球のトイレでの異星人テロが初めて発生』……
その時の様子を物語る証言が残されている。
語ってくれたのは観光ツアー添乗員、田尾 幾三41歳。
「いや、あの日はね。小学生の社会見学だったんですよ。子供たちが自由見学してる間にトイレで用足していたんですがね」
ここで田尾氏は言葉を切り、ミネラルウォーターで喉を潤した。
少し照れくさそうに笑う田尾氏の表情からは、その時の動揺のほどがうかがわわれる。
「出たんですよ……いやいや、幽霊とかじゃない。例の長い綺麗な黒髪のメイドさんですよ」
「ちょうど私と……私の担当の小学生がひとり、用を足していたんですが」
「いきなり彼女が……彼女と言っていいかな?とにかく入ってきたんです」
「いや、驚きましたよ。男性用トイレに可愛らしいメイドさん、ですからね」
「小学生も、もう大ビックリですよ。さっき自分がスカートめくりして、からかった相手だったんですから」
田尾氏は思い出し笑いをこらえていた。
男の子の反応がよほど面白かったのかもしれない。
「メイドさんは、何か考え事しているようでした。そのせいで間違えて入ってきたのか、と思っていたんですが」
「声をかけようとしたら、顔を上げたメイドさんと目が合っちゃって。そしたらニコッって笑ってくれて。こっちもつい微笑み返すのが精いっぱいで」
「あんまり驚いちゃったもんで私も男の子も途中で止まっちゃいましたよ、ハハハ。ちょっと下品だったかな?」
「でも、本当に驚いたのはここからだったんです…………」
この瞬間を境に田尾氏の表情が一変した。
笑顔の穏やかな優しい添乗員さんから、真剣に驚きの展開を語る証言者の顔に。
「彼女は……いや、メイドさんは私と小学生の間にやってきてそこに立ったんです」
「私も小学生も『ここは男性用ですよ!』って声をかけるタイミングを完全に失いました。でもそれでよかったんです」
「彼女……メイドさんは堂々とスカートの前をまくり上げました。ええ、実に堂々と、です」
「見えたのは時間にして1秒、いや0.5秒?ほんの一瞬ですが。私はようやく知ったんです。彼女ではなく『彼』なんだと」
「横にいた小学生も見たんでしょうね。目を白黒させてました」
ここでまた、田尾氏はミネラルウォーターを少し口にし、遠い目で窓の外を見た。
「メイドさんの姿に勝手な夢を見ていた。私も、その小学生もそうだったんだ、と思います。でもね……」
「用を終えて立去る時、メイドさんはね。私に向かって軽く会釈していったんです。その時の微笑みが暖かくて優しくて」
「それだけでもう、男か?女か?なーんてくだらない問題に思えてしまったんです」
「最後に小学生に向かって怒るでもなく『もうあんな悪戯しちゃ、ダメだぞ』って。あの子、顔真っ赤にしてコクコクってうなずいてました。ありゃあ、もう『恋』だな」
「まあ、あの後の騒動にもビックリはしましたが……ね?」
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洗面台で手を洗いながら、ようやく弾太郎の頭に冷静さが戻ってきた。
こんな格好でも男性用トイレに入ったのは仕方ない。
こんな格好でも女性用トイレに入れば立派な違法行為だ。
仮にも防衛警察官たる自分が法を犯すことがあってはならない。
あってはならないが……
「せめて『個室』を使うべきだった……」
今さらながらメイドさんの恰好で用を済ませたのが、恥ずかしくなってきた。
先客のおじさんと男の子もかなり驚かせてしまった。
「悪いことしたなぁ……ん?」
今まで気がつかなかったのだが、となりの洗面台にもう一人いた。
ただし本来ならここにいてはならない者だった。
変形振袖に巨大魔女帽の変な観光客、さっき喫茶コーナーで見かけた――――女性だ。
(なんで?ここ男子トイレだよね!)
「ホッホッホッ……これしきのことで、この宇宙くのいちパルタ様が倒れるとでも、ゲホッ……」
声をかけようとして、ためらった。
その女性が明らかに異常な状況だったからだ。
「あ、危なかった。解毒剤があと0.07秒遅かったら……ゴクゴク……」
いや、格好がどうみても変とか、女性なのに男子トイレとかいうのとは別の話だ。
毒々しい色の錠剤、怪しげなアンプルと注射器、そして件の女性は水道の蛇口から直接ガブガブと水を飲んでいる。
それも必死の形相で。
怪しさ通り越して危険臭MAXの状況だ。
とにかく防衛警察官としては無視しているわけにもいかない。
「あの……大丈夫、ですか?」
「ホッホッホッ…………だ、大丈夫です。気、気にしないで」
気丈にふるまおうとしているが。
顔色は真っ青、息も絶え絶え、立ち上がれないようで床にへたり込んだままだ。
だがそれ以上に問題だったのは。
「あの、失礼ですが」
「な、何かしら?わわわ私は通りすがりの平凡な観光客で」
「あなたは……太陽系外からいらっしゃった方、ですよね?」
「ななななな何でわかったの?い、いや!私は平凡な地球人デスヨ」
地球はまだ正式には銀河連邦加盟はしていない。
ただしいくつかの特例があって、観光目的であっても入星許可が下りることが最近はある。
だから観光地に異星人がいることもあり得なくはない。
だが弾太郎が彼女を地球人ではないと断定したのには理由があった。
(擬態、解けちゃってるよ。両手はカニばさみになってるし。皮膚は蟹か海老みたいだし、声も変声機っぽくなっちゃてるし)
「バレるハズがない!私は最強の宇宙くのいち・パルタなんだし!絶対……そうよ、そうじゃなきゃ、これまで何のためにツライ修行を何年も……」
(ううっ、いいづらい。擬態完全に解けちゃってますよ、っていいたいけど。この宇宙くのいちさん?可哀そうすぎるよ)
心優しい弾太郎には現実を突きつけることができなかった。
何か、何か方法はないのか?
あった!
弾太郎は一言も言葉を発することなく、ただ床の上を指さした。
そこには巨大なカニばさみを両腕に持つ影があった。
いや、人間態への擬態が完全に解けちゃってるんだから影もそのまんまなのは当然だが。
「そ、そうか!影から私の正体を見抜いたか!」
「そう、そうなんですよ!影ですよ、影!」
「ホッホッホッ、貴様、只者ではないな!」
「あー、えーと、ただの防衛警察の巡査です」
「ホッホッホッ、なるほど!タダノ巡査というのが貴様の名か?」
「いえ、名前じゃなくて……」
もう説明するのも面倒くさくなってきた。
とりあえず身柄確保したほうがいいのだろう。
「あの申し訳ありませんが……」
「ホッホッホッ、まずは貴様が相手というわけか!」
「いや、僕の話聞いてくださいよ!」
互いに飛び離れ身構える。
にらみ合う『勘違いマニアックコスプレ宇宙人女』VS『男の娘メイドさん』IN男子トイレ!
これは…………どういう戦いなのか?
先に動いたのは、宇宙くのいちパルタさんだ!
「見るがいい、我が最大の奥義を!」
「こ、これは?くのいちさんの姿が何人にも見える?」
パルタさんの姿がぶれて3人、5人と増えていく!
これは有名なアノ有名な忍法か?
「ホッホッホッ、宇宙忍法『残像分身の術』!超高速移動による残像で敵を撹乱する!もはや実体をとらえられまい!」
「くっ、懇切丁寧な解説付きとは!しかしこのままでは!」
パルタさんの分身はますます数を増やしていく。
狭い空間は半透明なパルタさんの虚像で埋め尽くされていく。
手を洗いにやってきたおじさんと小学生も、見事なイリュージョンに目を丸くするばかりで近寄れない。
「止めるんだ!このままじゃ、ここじゃ危険だ!」
「ホッホッホッ、警察官よ、観念したか!」
絶体絶命か、弾太郎!(しかも男子トイレでメイドさん状態で?)
その時、トイレ入り口の自動ドアがシュッと開いた。
「あ、弾太郎?やっぱこっちだったカ……」
ジンがトイレへ一歩足を踏み入れた、その足に何かが触れた……
「えっ、何……」
「ひゃぁぁぁっ?」
ガっシャン、ガラガラガラ!
何かが、見えないほど高速で走る誰かが、はっきり言えばパルタさんがジンの足につまずいた。
目にも止まらぬ勢いでつまずけばどうなるか!
まず綺麗に半回転したパルタさんは顔面をトイレの床に叩きつけた。
それでは止まらず跳ね上がった下半身の勢いで壁に逆さまの姿勢で背面激突。
跳ね返されて天井で再び頭を強打するアクロバティックなダメージ。
更に反対側の壁に飛ばされて大の字になって体の前面を叩きつけられ、今度は後頭部から床へ。
床、壁、天井、壁、そして再び床を繰り返すこと2秒間に17回。
洗面台の鏡にめり込む形でようやく止まった、緑色の血にまみれて。
悲惨な姿になったパルタさんを見て弾太郎はつぶやいた。
「だから止めろといったのに。こんな狭いとこで走り回ったら危ないに決まってるよ」
しかし、なんという暗殺者の執念か!
瀕死の重傷を負いながらパルタさんは立ち上がった。
「ホッホッホッ……さすがは銀パトの精鋭、我に手傷を負わせるとは」
「いえ、銀パトじゃなくて防衛警察……って僕、何もしてませんよ!ジンだろ、やったのは」
「えっ僕?ってワザとじゃないんだけド!?」
「ホッホッホッ!ならば究極奥義『多重分身の術』で葬ってくれる!」
再び無数の残像が男子トイレに溢れかえる!
しかも今度は横の動きだけではない!
空中にも、天井にも半透明パルタさんの姿が空間を埋め尽くす!
「よすんだ、これ以上は!」
「ホッホッホッ、もはや止められんわ!とめられ……あれえええ?」
おお、分身の数が急激に減っていく!
一体何が起きたのか?
「弾太郎、これハ?」
「こーなると思ってたんだよ」
そんな会話を続けているうちに分身はさらに数を減らし、パルタさんは一人に戻った。
呆然とするパルタさんの膝が崩れた。
パタッと前のめりに倒れ、顔からは血の気が引き、そのまま苦しそうな呼吸を続けている。
「た、助ケテ……」
「えーと、パルタさん?ダメですよ、体調悪いのに走り回って、おまけに怪我した上にまだ走り回ったりしたら」
「そりゃあ、貧血も起こすよナァ……」
ついでに(弾太郎たちは知らないが)直前には猛毒で死にかけたばかりである。
それだけでもまともに動けないのに、これが暗殺者の執念……
「ようやく、ようやく長年の修行の成果を披露できると思ったのに……」
ただ初仕事で舞い上がっていただけかもしれない。
弾太郎はスマホを取り出し、電話をかけた。
「もしもし、怪獣病院ですか?急患です、救急、お願いします。場所は……」
2分後、小型宇宙船が屋上のヘリポートに着陸した。
最近、南海の孤島に開設された地球外生命体専用の病院の救急艇だ。
ぐったりしたパルタさんが反重力担架に乗せられ搬送されていく。
「大丈夫かな、パルタさん?」
「心配ないと思う、あの病院にはドクター超七郎がいるんだロ?」
「そうだったね、頑張ってるかな?趙七郎君」
「彼なら……大丈夫サ」
こうして摩天楼の戦場は盛り上がることなく終結した。
ここでお詫びと訂正を申し上げます。
先ほど『地球のトイレでの異星人テロが初めて発生』とお伝えしましたが。
『異星人が地球で初めて緊急搬送された』トイレの誤りでした。




