時代の波に追いかけられて?
「まったく、あのアホ王子様は何考えてやがる!」
一夜明けて、砂川長官は顔を真っ赤にして激怒していた。
深夜まで海人と話をしていて、王子がグッスリ寝たのを確かめて自分も休んだ。
朝起きたら島に残っていたのは自分だけだった。
「この島に閉じ込めとけば安心だと思ったんだが……甘かったぜ」
長官が握りしめたメモ用紙にはこう書かれていた。
『待ちきれないのでスペースダブルタワーに行ってきま―――す!るぱるすくんより』
「つまり熟睡している間に逃げられた、と。いやぁ、切れ者と評判の砂川長官殿を出し抜くとは。やりますなあ、あの王子様……」
「冗談いってる場合か。お前の大事な弾太郎君も王子に拉致されたんだぞ?」
「まぁ弾太郎は心配なかろう。ルキィちゃんもついてるし、一応は手も打ったし」
普段なら弾太郎が絡めば一番慌てる海人が落ち着き払っている。
余程の自信があるのだろうが、砂川長官は納得できなかった。
「夕べ教えてやったが、あの王子様……」
「命を狙われてるんだったな。お家騒動を他星へ持ち込むとは迷惑なことだ」
パソコンの電源を入れ待つこと5秒。
ディスプレイに地図が表示され、その上を光点がゆっくりと移動している。
「ゲンさん、うまくやってるようだな……ヘリは田舎の飛行場に乗り捨てたようだ。今は電車で移動している」
「ったく、長官専用ヘリを乗り捨てる馬鹿がいるか!」
路線図を別ウィンドウに出して行く先を調べる。
乗り換えも考慮して進行方向の観光情報を絞り込む。
「千海千山鉄道で移動中だ。乗り換えてスペースダブルタワーへ向かうつもりらしい」
「殺し屋に狙われてんだぞ!巻き添えが出たらどうする気だ?」
砂川長官は激しく机を叩いて、社務所を出ていった。
外から怒鳴り声だけが聞こえてくる・
「あー、俺は本庁に戻るからな!ここじゃ十分な指揮ができん」
「情報が入ったら連絡する。心当たりもあるし」
「なるべく早く頼むぞ」
境内には迎えのヘリが到着していた。
迎えに出ようとしたパイロットを押しとどめて砂川長官は乗り込んだ。
「じゃあなー、あいつら確保したら連絡する」
「ああ、頼むよ。確保できたら、だが……」
そしてヘリは飛び立った。
海上に出たヘリの中で長官はひそかにつぶやいた。
「まぁ確かに……ルキィちゃんに加えてゲンさんがついてるんじゃ、殺し屋どもが気の毒だがな」
島に残った海人は黙って表示された弾太郎たちの現在位置を追い続ける。
「こうなると知っていて自分の懐刀を同行させるあたり、相変わらずの狸ジジィだな」
次の一言は互いに知らないままシンクロしていた。
「どんな殺し屋か知らんが」BY長砂川長官
「弾太郎には」BY海人
「かすり傷もつけられんだろうな」×2
★☆★☆★☆★☆★
大都市近郊の交通機関はこの数年で進化と拡大を遂げ、現在では二時間もあれば北海道=沖縄間も往復可能だ。
全てに人工知能が導入され、無人の列車が1秒の狂いもなく運行され、人と物資を24時間運び続ける。
そんな時代でも、少し都会を離れれば人間の運転する電車が町から街へと自転車でも追いつける速度で運行している。
今、山奥の渓谷から太平洋を望む港町を結ぶ、この千海千山鉄道も老朽化と赤字と戦いつつ、地方経済を支え続けている。
地方の列車、千海千山鉄道!
次に停車駅は、通勤先か、観光地か……
カタン、ゴトン……
早朝の2両編成の電車には、まだ乗客は少ない。
通勤通学の時間帯にはまだ間があり、乗っているのほんの数名。
そして乗客が少ないだけに、座席に座っている奇妙な一団が一層目立つことになった。
物憂げに窓の外を眺める金髪の美青年……なぜかパイロットスーツ姿でスマホをいじってる。
中学生くらいの少年はド派手な謎の紋章入り真っ赤なウィンドブレーカーを羽織り、フードで半ば顔を隠している。
その横の女の子は高校生くらいの……足元はゴズラブーツ、ズボンにはちびゴズラ君アップリケ数十匹、ゴズラ生誕40周年記念シャツに地球防衛軍ジャケット、帽子もゴズラ様ディフォルメ野球キャップ……もう、何もいうことがない。
そして一番端に座って居眠りしているのは髪の長い美女?さっきまで布団の中にいたような、パジャマにサンダル姿だ。
「どうして他の乗客の方々は私たちを見てるのでしょうか?」
「人目ひかないように電車で移動してるのですがネェ?」
「やっぱり、ダンタロさんのパジャマが目立つんでしょーか?」
ウィンドブレーカーの少年と金髪の青年とゴズラ娘が、コソコソと耳打ちしあっている。
もともと乗客は少ないのだが、その少ない客までもが問題の一団から距離をとろうとしている。
早朝通勤らしき背広姿のおじさんが新聞を盾にチラチラ様子をうかがっている。
新鮮野菜の行商のおばちゃんが居眠りのふりをしながら薄目を開けて様子をうかがっている。
幼稚園児くらいの男の子を連れた母親が、窓の外を見るふりしながら様子をうかがっている。
ちなみに連れられている男の子は様子をこっそりうかがったりせず、堂々と面白い一団を観察している。
そしてこの場を取り仕切るべき運転手兼車掌は……何事もなかったかのように電車を走らせている。
爽やかな早朝の電車内は沈黙と異様な緊張感が充満していた。
(なんで、こんなことになったんだ?)
弾太郎は電車の座席に深くもたれかかり、目を固く閉じて、居眠りのふりをしていた。
「弾太郎さん、また寝ちゃったみたいですね。疲れてるのかな?」
(誰のせいで疲れまくってるんですか、王子様?)
「このままにしときましょうよ。ダンタロさん、きっと寝不足なんですよー」
(誰のせいで寝不足だと思ってるんだい、ルキィさん?)
「ああ、彼は訓練生時代から朝が弱かったからネ」
(誰のせいで訓練生時代……ああ、考えるだけ無駄だったな、ジン!)
夕べ、弾太郎は長官直々の命令で王子の警護役に就いた。
ただし、それは護衛専門のチームが到着するまで、という常識的な命令だった。
そして到着するのを待つ気など毛頭ない王子の我儘で……こうなった。
(とにかく、騒ぎを起こさないように祈るしか……)
「それにしてもこれが……地球の民間交通機関ですか。以前から乗ってみたかったのです」
ルパルス王子は席を立って歩きだし、列車の真ん中あたりで立ち止まった。
乗客全員の視線がルパルス王子に集中し、次に何をするのかと固唾を呑んで待っている。
その視線を意識し、かつ楽しみながら取った行動は……王子はまるで歌舞伎で大見得を切るように両手を広げた。
(王子?いったい何を?)
「…………俺、参上ッッッ!!!」
列車の中の刻が止まった。
中年サラリーマンは驚きのあまり新聞を床の上に落とし!
新鮮野菜野菜のおばちゃんは薄目あけるどころか、目をカッと見開いて凝視し!
ママさんは怯えたように幼い男の子を抱きしめ!
そして男の子は?
「わー!仮面ファイター鉄王だ!ソードフォームだ、桃くんだぁ!」
「おお、少年!よくぞわかってくれました!」
無茶苦茶喜んでるぞ、しかも興奮気味に!!
だが、この迷惑客に正義の鉄槌意を下すべき運転手兼車掌さんはどうした?
……何事もなかったかのように平常運転してた……いや、数少ないお客様相手でも注意ぐらいしろよ。
「王……じゃなくてルパルス君、何やってんですか!」
「あ、弾太郎さん?やっとお目覚め……ですか。フフフ……」
爽やかな王子様的笑顔だが……弾太郎の狸寝入りもバレていたようだ。
つい突っ込んでしまった弾太郎は『しまったぁ』という顔をしたがもう遅い。
とにかく、これ以上騒ぎを大きくしないように……願いは虚しくルキィが参戦してきた。
「あ、私も知ってまーす。こーゆーヤツ!」
「ちょっと、ルキィさん。電車の中で騒いじゃ……」
ルキィの、まるで横綱の土俵入りような大袈裟な構え!
嫌な予感が現実化していく恐ろしさに弾太郎は頭を抱えた。
「おお、ルキィさん、あなたがアックス・フォームを?」
「俺の強さは……泣けるでぇッ!!!って……どーですか?どーですか?」
「わーい!アックスだ、アックス・フォーム!」
止められなかった。
ポーズ決めてはしゃぐルキィと王子と男の子を、弾太郎は止められなかった。
中年サラリーマンも新鮮野菜おばちゃんも、子連れママさんも、もう見なかったふりはできない。
幼い男の子は更なるイベントを期待し、運転手兼車掌はこれでも平常心を崩さない。
しかしついに、我慢できなくなったのか、ママさんがすっくと席から立ちあがった。
そして怒り顔で男の子を引き寄せながら、王子のそばにやってきた。
「ちょっと、あなたたち!いい大人が電車の中で……」
「失礼、お嬢さン……」
「え?わ、私はお嬢さん、なんて、年齢じゃ……」
割って入ったジンがママさんに微笑む。
突然、美青年の顔を間近にママさん、ドギマギ。
ジンは男の子に視線を移し、頭を優しくなでて囁くように。
「ボクに…………釣られてみる?」
「ロッド・フォーム?ロッド・フォームぅ!」
「え、え、そんな。私……人妻ですから、その……困ります」
釣れた!
男の子と一緒にママさんが釣れた!
「おい、ジン!お前、なんてモン釣ってるんだよ!」
「あ、弾太郎。次は君の番だヨ」
「僕の番って……ハッ!?」
男の子が弾太郎を見上げている、期待に満ちた眼差しで!
これがもし、宴会芸や体育会系のノリだったなら、弾太郎は拒絶できたろう。
だが、小さな子供の純真な期待を裏切るのは……つらい。
「ウウッ、乗ってはダメだ。この誘いに、乗ってはいけない。し、しかし……」
子供の純真な瞳の無垢なキラキラが、弾太郎の頭脳に強烈なショックを与える!
弾太郎の良識回路?がギリギリの抵抗を試みる!
「あ、あのね、坊や。僕はもうそーゆーのは……」
「弾太郎さん……GUN-FORM…………」
ルパルス王子が耳元に囁いた瞬間、何かのスイッチが入った。
弾太郎は床に手をつき、その手を軸に足をピンと揃えて独楽のように回転を始める。
ダンスの回転技のひとつだが、弾太郎が中学生の頃に毎日練習してようやくできたテクニックだ。
その体勢から床を叩いて上体を起こし、つま先を揃えての小ジャンプから音もなく着地。
遥か彼方を指さして、静かに一言。
「……答えは聞いてない!」
「やったーっ、ガン・フォームだ、がん・ふぉーむ!がん・ふぉーむぅ!」
大喜びする男の子の姿だけが、唯一の救いだった。
振り返るとルパルス王子の満足げな微笑み。
手を振って声援してくれるルキィの姿。
目を伏せ、無表情を装いつつ笑いをこらえているのがミエミエなジン。
「違う、僕は……」
回りに目をやれば……パチパチパチ。
年長者の慈愛に満ちた目で拍手する中年サラリーマン。
孫を見るような優しい目で拍手する新鮮野菜おばちゃん。
母性に満ち溢れた目で男の子を抱いたまま拍手するママさん。
何も考えることなく、ただただ拍手してくれる幼い男の子。
そして運転手兼車掌さんは……動じることのない背中の向こうで拍手してくれた。
「お、終わった……」
がっくりと肩を落とす弾太郎の頭の中に悪魔の囁きが聞こえてきた。
厨二病に冒されし者は、厨二病へ還れ。
厨二病へ還れ……。
「ねーねー、おねーちゃん」
「…………僕はね、お兄ちゃん、なんだけど」
「テツライナーも来たよ!おねーちゃんが呼んでくれたの?」
「だから、お兄ちゃん……えっ?」
テツライナーとは仮面ファイター鉄王に出てくる架空の時間運行列車のことだ。
そんな物が来るわけが……
「本当に、走ってる?」
ヒーロー番組そのままの列車が、窓の外を並走していた。
電車の中での悪ふざけは慎みましょう……




