響け!骨の髄まで
脱皮。
昆虫や爬虫類は成長のたびに古い表皮を脱ぎ捨て成長を繰り返す。
だが怪獣の脱皮はそれだけではない。
「ゴゾさんが属するオロチ族は成長以外でも意識的に脱皮できる……」
弾太郎がタブレットの情報を読み上げる。
そこに表示されているのは銀河大百科事典に乗っている程度の簡単な記事だ.
まだ他星と直接交渉がない地球では貴重な情報源である。
「特筆すべきは脱皮後の10分程度の鱗の変化だ。新しい鱗の表面に金属成分が集中し通常の10倍以上の硬度となる」
「鎧兜着込んだみてぇなもんじゃねぇですか!ただでさえ勝ち目が薄いってぇのに?」
「そうだ、弾太郎。ルキィちゃんにチャンスはもうない」
海人はそこで一呼吸間をおいて、弾太郎の肩に手を置いた。
「だから弾太郎、ここは無理をせず撤退……」
「ただし、脱皮が終わるまでには2、3分かかる」
「弾太郎?」
「その間は動きも鈍くなる」
「オイオイ、弾太郎……」
「聞こえた、ルキィさん?」
「……………………ハイッ!」
弱々しいが、はっきりした返事が返ってきた。
弾太郎は大きく頷いて、最後の指示を出した。
「ルキィさん、Go!」
「行きまぁすッ!」
重く、ふらつく足でルキィは走りだした。
いつもの目にもとまらぬ猛ダッシュには遠く及ばない、疲れ切った走りだ。
「いかん、よせ!よすんだ、ルキィちゃん!」
「駄目です、坊ちゃん!このままじゃ、ルキィ嬢ちゃんが」
慌てて制止しようとする海人とゲン爺。
当然だ、スタミナ切れで戦闘不能寸前のルキィが、脱皮中で動けないとはいえ、ほとんど無傷のゴゾに闇雲に突進しているのだ。
自殺行為という以外はない愚行だ。
それなのに。
「打ち込めるだけ、打ち込むんだ!」
「……了解!」
止めるつもり、止まるつもりは二人にはなかった。
顔色を失った海人は普段なら行わないような行為に及んだ。
生まれてから一度も手を上げたことのない弾太郎の襟首を乱暴につかみ、怒鳴ったのだ。
「馬鹿者!お前はルキィちゃんを殺す気か!」
「……」
弾太郎は答えない、唇を一文字に閉じ呼吸を止めている。
極度に緊張した目はただ、ルキィの背中だけを見ていた。
バチッ!
懐に深く入り込んでの掌打が長い胴体に入った。
勢いで体全体がたわみ、うねり、跳ねる。
だが脱皮中の抜け殻の一部が剥がれただけで、かすり傷にもなっていない。
それどころか表皮の破れ目から見える新しい鱗は、美しい金色に輝いている。
バシッ、バシィッ。
2撃目、3撃目も決まる。
ゴゾは逃げなかった、いや逃げられなかった。
脱皮が終わるまでは体の自由がほとんどきかない、耐えるしかないのだ。
だがルキィの方も勝負を決めるだけの一撃はもう出せない。
こちらも手数で押し切るしかないのだ。
バシッ、カァン!バシッ、バシッ、カァン!
打撃音が次第に金属音に変わっていく。
脱皮が完成しつつあり広がる破れ目からのぞく地肌は、金属光沢を持つ鱗に変わっていく。
「ルキィちゃん、逃げろ、早く逃げるんだ!」
「打技『吹雪』、行きます!」
海人の叫びを聞いていたはずのルキィが選んだ行動は『最後の攻撃』だった。
ルキィの両腕が左右に大きく広げられた。
一瞬動きを止めた両腕が、瞬時に吹き荒れる雪嵐と化した。
パッ、パッ、パパパパパパパパパッ!
荒れ狂い翻弄する掌打の雪花が八方からゴゾに吹きつけた。
無秩序に吹き荒れる雪の乱舞の名を冠した打技は、名に恥じない速さと激しさであった。
ゴゾが動けない、というのはもう意味がない。
体の自由がきこうがきくまいが、この猛吹雪の中ではひたすら耐えるしかないのだ。
しかし、その猛吹雪もわずか十秒足らずで終わる時がきた。
最後に放ったのはコンマの時間差による、挟み込むような左右の2連打。
パッ、パパンッ!
キン、キィィィンッ……。
攻撃終了。
軽く叩いた音と、長く残る金属音。
力尽きたルキィは両膝をつき、それっきり動かない。
ゴゾも動かなかったが、ふやけた様に剥がれかけていた表皮はポロポロと落ちていった。
その下からは金属の鱗で覆われた新たな姿、黄金色に輝く大蛇が現れた。
その美しさ、力強さに弾太郎たちは息を吞む。
「これが、オロチ族の最強形態・メタルスケイル・フォームか……」
動くこともできないルキィVS最強形態のゴゾ、ここから先はもう戦いではない。
一方的虐殺、いや始末に違いない。
「仕方ない……ここは」
何故か海人が進み出ようとした。
怪獣同士の戦いに普通の人間が割り込めるはずはないのだが。
だが、それをゲン爺が無言で制止した。
「何をする、ゲンさん?このままではルキィちゃんが」
「……旦那といえど、他人様の勝負に手ぇ出しちゃいけねェ」
「しかしだな、ゲンさん……」
「シッ、お静かに。旦那」
ゴゾの口がクワッと開いた、まるでルキィを一呑みにしてしまうのでは、と思えるくらいだ。
そのまま一瞬だけ頭を大きく後方に振り、十分に勢いをつけて。
襲い掛かった、それも今までで最高の速さで!
シュンッ!
初速はおそらく音速を超えている。
跪いたまま身動きできないルキィは、叩き伏せられるか、噛み砕かれるか。
それとも毒牙に倒れるのか。
「……なるほど」
普段見せたことない真剣な顔で、ゲン爺はジッとゴゾを見つめていた。
ルキィの方ではない、襲いかかる敵の方だけを注視しているのだ。
それも驚き混じりの表情で。
「攻撃完了……です」
ボソリとつぶやくルキィの肩をかすめて、ゴゾが高速で通過する。
ゴゾはそのまま頭から岩場に頭から突っ込んだ。
ドッガ―――ン!
「危ない、みんな伏せて!」
衝突、というより爆発に近い勢いで岩場が吹き飛んだ。
少し遅れて小さな岩の破片が降り注ぎ、土砂の煙が押し寄せる。
弾太郎がダイくんたちを庇い、海人とゲン爺が弾太郎を庇う。
幸いにもゴゾの攻撃方向が弾太郎や本島とは逆方向だったため、大きな岩片は飛んでこなかった。
「何とか、勝ちましたねー。弾太郎さん」
「ああ、ヤバかったけどね」
まだ動けないルキィが微笑みながらそういうと、弾太郎もうなずいた。
それにしても何が起きたのか?
全力で岩場に衝突したゴゾだが、メタルスケイルのおかげで何のダメージも受けていない。
それなのに、動けない。
丸太のように体を硬直させたまま、ゆっくり転がるだけだ。
「なん・で?・どうし・て?起き・上がれ・ない?」
頭を起こして体勢を立て直そうとしても、地面の方がグルグル回転しているように感じて姿勢を保てない。
すぐに倒れて何度やっても地面に転がってしまうのだ。
「どう・して・どう・して?どこも・痛く・ないのに」
「立てませんよ、海賊王さん。船酔いと同じですから」
ルキィはゆっくりとだが、立ち上がった。
足を引きずるように動かして、動けなくなったゴゾの傍に立つ。
「船酔い?……そうか、打ち砕くのではなく、揺らしたのか!」
呆然と見ていた海人が我に返って思わず漏らした言葉だ。
弾太郎は黙ってうなずき、ゲン爺も納得の表情になった。
さすがにダイくんソラちゃんウミちゃんは『???』な顔になっているが。
そんなダイくんたちを見たゲン爺が、ダイくんの頭を撫でながら、話し始めた。
「ダイ坊も初めて船に乗った時ゃ、頭がグルグルになってひっくり返ったでごぜぇやしょ?」
「えーとっ、そういえば……ゲロ吐いた」
「それとおんなじでごぜぇやすよ。あの蛇公、体ん中かき回されてひっくり返っちまったんでさぁ」
「でもあれは船に乗ってたからでしょ?ここ、陸の上じゃん」
「秘密はルキィ嬢ちゃんの打ち方でさぁ。拳骨じゃなくて手の平でこーやって打つと」
ルキィのマネをして拳法風に掌打を見せる。
ビュッと風が鳴る。
見様見真似とは思えないくらい、さまになっている。
「堅いものは割れねぇかわり、打った力が体全体に広がるんでさぁ。池に小石投げこんだ時のまあるーい波みたいにね」
「えー、でも池の水と怪獣の体じゃ違うよ?」
「そうだよ、水のようにはっきりした波はできない……一発だけじゃぁね」
説明の後を続けたのは弾太郎だ。
ようやく緊張が解けたせいか、少し疲れた顔をしている。
「だから、手数に頼らなきゃならなかった。全身を揺らせるだけ波を溜めるために」
「つまりお前たちは、最初からこの結末を狙っていたのか」
「そうだよ、父さん……一撃必殺を決められない相手のための対策なんだ」
ここで弾太郎はドヤ顔で笑った。
作戦成功がよっぽど誇らしかったのだろう。
「小さな掌打を積み重ねて大きな波紋を創り出す。この作戦を名付けて!『ちりも積もれば山……」
「弾太郎、それはダサいと思うぞ」
「坊ちゃん、そんなんじゃあねぇ」
「弾太郎、ネーミングセンスないなー」
「せっかくルキィおねーちゃんカッコよかったのに」
「勝ったのに台無しじゃん」
散々な評価だった。
黙って聞いていた弾太郎だったが、ムスッとした顔でタブレットをいじり始めた。
すねてしまったわけだが、見た目が女の子にしか見えないもんで可愛い仕草としかいいようがない。
「でもダンタロさん、ギリギリでしたよー。」
「……そうだね、もう少し余力を残せないと」
「まだまだ私も修行しなきゃですよー。それじゃあ」
足元に転がるゴゾに向かって、ルキィはニコリと笑顔を向けた。
「海賊王さん!アナタの身柄を確保します。わかりましたね?」
「…………あ・う・手も・足も・出な・かった…………」
蛇だけに、手も足もないけど。




