本当は生々しい?昔話
薄いステンレスのドアの横に立てかけられた看板には。
『地球防衛警察 於茂鹿毛島駐在所』
墨書きなので雨のたびに流されて消えてしまう表札だった。
油性マジックで書けばいいのだろうが、それだと安っぽ過ぎるので弾太郎が毎回書き直している。
意外と達筆なのがささやかな自慢だったりする。
この駐在所は、もう一つの名を『於茂鹿毛島公民館』という。
島民の寄り合いの時しか使っていなかった施設である。
夏は焦熱地獄、冬は極寒地獄と化すために島民には不人気なプレハブハウスだ。
年間使用率2時間、それ以外は共同物置として埃をかぶってきた。
「なるほど、経費の無駄扱いされていた公民館を駐在所として再利用したというわけじゃな」
乙音は周りを一蹴して外観を確かめ、うなずきながら中へ入った。
「おお、中は意外と涼しいのう?エアコン……はないようじゃが?」
「ゲン爺が宇宙船用の耐熱塗料を屋根に塗ってくれたから。それと換気も補強してるんだって」
先に入って、畳に座ってお茶を淹れていた弾太郎が乙音の言葉に答える。
防衛警察の制服姿とはいえ日本画になりそうな優雅な仕草なのだが、鼻につめたティッシュで台無しになっている。
「ゲン爺、奴がか?随分と器用になったものじゃな」
「えっ、ゲンさんって宮大工兼船大工なんですよね。器用で当たり前じゃないですか?」
山盛り素麺を食べながらルキィが怪訝な顔で聞き返す。
こちらも今はきちんと制服着用している。
乙音も島の子供のお古の服を借りてTシャツに短パン姿だ。
スカートは『子供っぽいのイヤ』と拒否したのだが、どっちにせよ子供っぽいことにかわりなかった。
今だってニヤニヤしながらルキィの耳元でささやく様子は、イタズラたくらむ悪ガキにしか見えない。
「ルキィちゃん、実はゲン爺はな、ああ見えて昔は……」
「昔のこたぁ、恥ずかしいから勘弁してくだせぇよ。乙姫様ぁ」
いつの間にドアを開けたのかゲン爺が立っていた。
手には羊羹を一本、気を利かせて茶菓子を持ってきてくれたようだ。
「おお!ゲン爺ではないか、久しぶりじゃのー」
「ほんにご無沙汰しとりやす。乙姫様」
ゲン爺が頭を深々と下げる。
子供相手とは思えぬ礼儀正しさだ。
ただ名前の呼び方が乙音ではなく乙姫、というのにルキィは首を傾げた。
弾太郎も急須を傾ける手が止まった。
「おとひめ様?オトネちゃんのことですか?」
「あ、ルキィお嬢ちゃんには紹介しちゃおりませんでしたなぁ。では、あらためまして」
わざわざ正座してゲン爺は芝居がかった所作で紹介した。
乙音もそれに合わせて畳の上に立って背筋を伸ばし、座っている全員を見おろした。
「こちらはウチの神社でお祀りさせていただいてる神様、天の美那多津田姫にして2代目乙姫様でございます」
カタン!
弾太郎は手にしていた急須を落としていた。
淹れたての熱いお茶が染みとなって畳の上に広がっていく。
「あ、あのさぁ、ゲン爺?」
「ん?何でごぜぇやすか、坊ちゃん?」
「さっきから、『乙姫様』って聞こえるんだけど」
「えっ、坊ちゃんもご存じでしょ?といっても正式に2代目を引き継いだのは去年からでごぜぇやすが」
「まさかあの乙姫様じゃないよね、ほら、昔話の『浦島太郎』の」
「ハハハ、なぁにバカいってんですかい」
「そりゃそうだよね。なんたってあれは昔話の」
「昔話の乙姫様に決まってんじゃねぇですか」
弾太郎の目が点になった。
そこへ乙音とゲン爺が追い打ちをかける。
「いや、あの昔話はいろいろ間違って伝わっておるじゃろ。村へ帰ったら300年もたってたとか」
「そうでごぜぇますよね。物騒な箱開けたら一気に老化が進んだとか」
「まったく。大ぼら吹きのデタラメばかりじゃ」
「まったくでごぜぇますな。ホントは……」
『ひとつ、銀河連邦から派遣された初代乙姫様が!』
『ふたつ、一目惚れした太郎さんを拉致して!』
『みっつ、3年ばかり海底観測基地に監禁して!』
『よっつ、無理矢理に既成事実つくって結婚した!』
「……だけでごぜぇましたのに」
「その生々しいのが昔話の真実なの?!」
弾太郎の悲鳴に近いツッコミが入った。
ま、昔話の真実なんてそんなものなのだろう……で納得していいのだろうか?
ちなみにルキィは『浦島太郎』なんて知らないので、わかったふりしてうなずいているだけだった。
そして……とどめの一言が乙音から。
「あ、その『既成事実』の成果が私だからね、弾太郎ちゃん」
「……僕、もうついてけないよ」
神様は幼馴染のお姉さんで怪獣娘だった、というだけで限界近かった弾太郎はもう言葉もない。
「へー、オトネちゃんって神様で、2代目で『既成事実』のドラゴン怪獣さんなんだ!スゴいねー」
全然理解してない宇宙怪獣娘はとりあえず感心していた。
「あれ?浦島伝説って何百年も前のお話だったから……」
(じゃあ、オトねーちゃんの年齢って一体?)
「こらこら、女性に失礼な質問をしてはいかんぞ。弾太郎」
振り返ると、海人が作務衣姿で入り口に立っていた。
なにやら大きな段ボール箱を抱えて。




