怪獣娘の緊急出動(最後の審判、というか処刑)
「と、とにかく被疑者確保しなきゃ。あとは防衛警察の重機動部隊に引き渡せば終わりだ」
「エッ?今回は私たちで処理するんじゃないんですか?」
「無理だよ、非番だったから。手錠も護送船もないし」
犯罪怪獣護送用の『うずしお丸』は於母影島に置いたままだ。
捕縛・拘束用の巨大手錠や捕獲ネット、ロープもない。
ルキィも少し考えてからうなずいた。
「そうですね、でも引き渡すときに暴れないように……」
「そうは、いかねぇぜ。お嬢ちゃんたち……」
苦しそうだが嘲りたっぷりの自信を込めてドンエルがうめいた。
顔面蒼白、脂汗をダラダラ流しての無残な姿だが、尊大な態度は健在だ。
「アレを見なよ」
真上を指し示したのにつられて上を向いた。
そこには青空と白い雲だけが……いや、そうではなかった。
青空と雲の背景がわずかにズレた部分あった。
透明に近い大きなガラスの塊が頭上に浮いているような感じだ。
「なんだ、あれは?」
「……恒星間輸送船?ステルス装置付きの宇宙船です!」
青空の一角が揺らぐと、そこから薄皮がはがれるように金属光沢をもつ宇宙船が出現した。
恒星間輸送に使われるだけあってかなりでかい。
怪獣の五、六匹なら十分収容可能なクラスの輸送船だ。
「ダンタロさん、危険ですから動かないでください」
背後の弾太郎を庇いながらルキィは一歩下がって身構えた。
ゴゥッ!
喉の奥から湧き上がる炎を頭上の敵船に吐きかける。
しかし炎は船体表面を流れて拡散するばかりで効果がなかった。
「無駄だぜ、宇宙船のシールドはその程度の熱量じゃ破れやしねェ」
嘲笑うドンエルをキッと睨みつけると、二撃目の火炎放射を撃とうと再び口を開きかけた。
そこで何かに気がづいたらしく動作を止めた。
「無駄だとわかったか。それじゃ逃げさせてもらう……おい、ワシらを収容せい!収容したらすぐに脱出だ」
すぐには何も起きなかった。
十秒後、ドンエルたちはまだ埋もれたままだった。
三十秒後、状況に変化はなかった。
そして一分後。
「何をしとるか、このウスノロ!さっさと助けんか。さもないとクビにするぞ!」
社長怪獣の声に反応したのか、ようやく動きがあった。
ただし輸送船に、ではなかった。
輸送船の影から銀色の小さな機体が出てきたのだ。
「ルキィさん、あれって確か」
「銀パトの交通課のロボット巡回艇ですねー」
銀の宇宙艇はしばし地上を観察していたが、やがてドンエルの鼻先に停船した。
「この船の船主、ドンエルペット商会の経営者は貴方ですか?」
「エ……はい、左様ですが」
「よろしい。この船は地球上空にて星系内スピード違反、不法大気圏侵入、ならびに違法ステルス装置の搭載により拿捕されました。異議を申し立てますか?」
「へ……?あ、いいえ、異議など……とんでもないです」
「それではこの機体はこのまま火星基地に曳航、手続き完了まで保管します」
「あ、はい」
「今回は違法改造の取り調べもありますので、乗組員の方も拘束されます」
「はい」
「機体の返還は身分証明と罰金を持って火星基地交通課にきてください」
「…………はい」
「なお違法装備類は全て解体廃棄されます。今後は宇宙交通法規を破るような行為はしないでください」
「はい、申し訳…………ありません…………」
そして銀パトのロボット艇は輸送船を曳航しながら空の彼方へ消えていった。
一枚の反則切符を残して。
ドンエルもルキィも弾太郎も、宇宙艇の消えていった空をポカンと見つめていた。
「う………うん?くそ、あのアマめ。もうちょっとで大事なトコが使用不能じゃねーか」
気絶していたハルバドがようやく目を覚ました。
その声にみんなハッと我に返った。
「お?親父、迎えはまだこねーのかよ。早いトコ手当てしなきゃ俺、マジ使いモンに……」
ギギッとぎこちない動作でドンエルは振り向いた。
この時の半ば生き埋めになった父親の、途方もなく情けない顔が全てを物語っていた。
「ひょっとして……逃げられないとかいうんじゃ?」
その問いにドンエルは泣き出しそうな顔でうなずくだけだった。
ハルバドは最初は驚き、そして戦慄した。
逃亡は不可能、そして彼らの前にいる相手は存分にいためつけてやった怪獣警官。
「さて、お二方。お話の続きですが」
ズシンと胃のあたりに響く地響きに、ビクッとして顔を上げると。
仁王立ちしたルキィが全身から陽炎のような殺気を立ち昇らせながら、見下ろしていた。
恐怖に震えながらドンエルは口を開いた。
「あ、あの、婦警さん……」
「なんでしょうか、ドンエルペット商会の社長さんにご子息さん?」
丁寧な言葉遣いのあちこちが突き刺すような語調になっていた。
怒り、というより殺意が溢れていた。
失言ひとつで、この場で処刑が始まるのは間違いなかった。
「その、あの……左腕、大丈夫ですか?」
「ああ、これですか。大丈夫です、もう痛みもとれました」
ブンブンと左腕を振りまわすとつむじ風が巻き起こった。
その風が異様に冷たく感じられたのは気のせいだろうか?
「もう全然平気です。これならすぐにでも……殴れますね」
気のせいでもなかった。
背筋が凍るほど冷たい言葉だった。
「さ、先ほどまでは大変失礼……」
「……失礼?その程度でしたか」
「間違いました!傍若無人、極悪非道三昧な悪行の数々は深く反省しておりますです!」
「反省しているのですか。とってもよい心掛けだと、お・も・い・ま・す・よ?」
殺気はドンドン強くなる一方だ。
このままでは間違いなく『抵抗してきたのでやむなく正当防衛』コースで抹殺される。
「許してくださぁい、魔がさしただけなんです!ついつい傭兵時代の体験がフラッシュバックして、暴走しただけなんです!」
涙目で拝み倒すドンエルだが、ルキィは無言で指の関節をパキパキと鳴らした。
殺る気満々だ……
「ルキィさん!」
足元からの声にルキィはハッとした。
足のすぐ側に弾太郎が立ってこっちを見上げていた。
その必死で悲しそうなまっすぐな眼差しはルキィのヒートアップした頭の中を突き抜け、たちまち冷ましてくれた。
「相手は戦意を失っている。これ以上は必要ない」
「でも、でも、こいつら……女の子をさらったり、物を沢山壊したりしたんですよ!ダンタロさんにも……変態行為をしてるんだし」
「うっ……それはそうだけど」
確かに『宇宙人に拉致された』だの『謎の金属片を埋め込まれた』だのという話はよく聞く。
しかしセーラー服着せられて売り飛ばされかけました、という異常な犯罪記録はまだない。
弾太郎としてもこそんな異常犯罪の記録を残したくなかった。
できれば記録に残る前に跡形もなく消してしまいたい。
「でも、やっぱりダメだ、僕らの仕事は犯罪者を傷つけることじゃないだろう?」
「でも……でも、こいつは父さんの技を道場拳法だなんて馬鹿に………」
その言葉が私怨にすぎないことは自分でもわかっていたのだろう。
ルキィは目をそらし小さくなった声も途中で黙ってしまった。
数秒の沈黙の後、ルキィは元気よく顔を上げ、威勢よく返事をした。
「……了解しました!ルキィ巡査、被疑者確保完了。引き続き防衛警察への引渡しまで監視に努めます」
その明るい?笑顔にはもう一片の曇りもなかった。
怪獣の笑顔というのはちょっと恐かったけれど。
弾太郎もこれでようやく安心して着替えることができると、肩をなでおろした。
「そうは、いくか!くらいやがれ!」
突然の怒鳴り声に驚いて振りかえると、目を血走らせたハルバドが大口開けてこちらを向いていた。
喉の奥から大きなシャボン爆弾が吐き出された。
そのままかなりのスピードでこちらへ飛んでくる。
しかも狙いはルキィではなく弾太郎だ。
「バ、バカ!余計な真似するんじゃない?」
息子の凶行に焦るドンエルをチラリと見てルキィは尻尾を軽く一振りした。
やったのは尻尾の先で小さな瓦礫をひとつ弾いただけ。
ドカン!
瓦礫がシャボン爆弾に接触するや無意味な爆発を起こした。
それっきりだった。
煙が晴れると無言で肩の埃を払うルキィの姿があった。
「あ、あの、このたびは私どもの不肖の息子がとんでもないことを……」
ドンエルの恐る恐るの謝罪の言葉は、それ以上口から出ることを許されなかった。
ルキィと目が合った瞬間にいかなる言葉も不要な事態に陥ったことを理解させられた。
「…………私が甘かったですね。まだまだ余力があったみたいです」
「いいえ、決してそのような!もはや身動きも出来ぬ身の上でございます!どうかご慈悲を」
命がけの嘆願にルキィは先ほどと変わらぬ笑顔で答えた。
「わかっていますとも。悪気はなかったんでしょ?ねぇ、ハルバドさん」
「え……え、ええ!もちろんですとも!ホント今のは冗談!ほんの軽い悪戯みたいな……」
ハルバドもまた言葉の無力さを知った。
既に逮捕ではなく処刑の段階になっていた。
「ただですね。今の冗談とやらで、そちらの戦力がかなり残っていることが判明しました。私としても安全のために戦闘能力抑制もやむをえないと判断いたしましたので」
「ルキィさん、まさか……」
ゴクリと唾を呑みこんでルキィを見上げた弾太郎の全身に鳥肌が立った。
いつもと変わらない温和な顔の怪獣を前の何倍もの怒りと殺気のオーラが十重二十重に取り巻いていた。
止めなければ、止めなければとんでもないことになる。
だが恐くて喉の奥から言葉もでなかった。
「心配ありません、一分もかかりませんから」
「……せ、せめて三十秒くらいにしてあげて」
それだけしか言えなかった。
それでも少しはマシだろう、とその時はそう思えた。
「三十秒……ですか。了解しました、三十秒以内に再起不能にしてみせます」
「あの、あの、婦警さん?そーゆー意味じゃなかったんでは……」
ことの成り行きを蒼白な顔で聞いていたドンエルだったが、もう何もかも手遅れだった。
バキッ、というルキィの掌打がドンエルの顔面にめり込む音で処刑が始まった。
手首までめり込んだ手をひっぱがす。
手形がくっきりカエル面のど真ん中に残った……程度ではなかった。
手の形をした陥没穴が残った。
朦朧とするドンエルに左右からの連発張り手が繰り返され、そのたびに頭蓋骨が大きく変形するのがはっきりわかった。
「1秒、2秒、3秒……」
「ヒィィッ!ヒィッ、ヒィッ……ヒ……」
ルキィが口にする冷静なカウントに比して、打撃音はますます大きくなっていった。
それに反して悲鳴らしきものはどんどん小さくなって十秒を過ぎる頃には聞こえなくなった。
「16、17、18……」
掌打も蹴技も激しさを増していった。
その多彩な技には感嘆すべきものがあった。
ましてや、二十秒足らずの中にこれほど多くの技を見られるとういうだけでも、技を受ける相手の悲惨さがわかるだろう。
「21、22、23……」
クライマックスが近づいてきた。
生贄はいまだ生存しているようだが、最後の一秒まで生をまっとうできるかは怪しいものだ。
既に意識はなくなったのか、悲鳴も聞こえなくなった。
皮膚が破れ骨が砕ける壮絶な効果音。
「25、27……」
キュォッ、キュォッ………。
そして時折舞いあがる血飛沫の中のかすかな呼吸らしき音が、まだ生存中であることを示していた。
最初震えながらも父親の運命を見ていたハルバドも、次にみずからが受けるべき運命を予感した。
そして本日三度目の気絶をした。
彼のまわりの地面が黒く湿っているところからすると失禁したのだろう。
「二十九、三十!終わりましたよ、ダンタロさん!」
最後に決めた技は踵落としだった。
最近テレビの格闘技中継で見て覚えた技らしい。
頭蓋骨にめり込んだ足を引きぬきながら、血染めの怪獣娘はストレスを完全に発散させてスッキリしたようだ。
彼女の足元で廃棄処分のサンドバッグになったドンエルだった。
かすかな呼吸をかろうじて続けているのがわかった。
「さあ、次はハルバドさん……あれ?気絶してますね。まだ何もしてないのに」
実戦経験の乏しい弾太郎はここまで破壊された怪獣の肉体を見るのは初めてだった。
ここまでの怪獣の無敵の肉体をここまで破壊をできる戦闘力と狂暴さに恐れを抱いていた。
「頼むから、ハルバドさんは勘弁してあげて」
(……僕、これからルキィさんと無事にやってけるのかなあ?)




