怪獣娘の緊急出動(地の底の恐怖)
「逃げた?い、いや、どこに隠れた?」
慌てて前後左右に視線を走らせ、空も見上げたがどこにもいない。
完全に見失った状態だ。
あるのは転げまわって悲鳴を上げている息子と掘りたての大きな穴だけだ。
「まさかホントに穴の中に隠れてるのか?」
用心して穴に接近し、そっと覗いてみる。
何もいない。
というより残された穴自体は思ったより浅く、怪獣一匹隠れるのは不可能だ。
「いや、この穴……浅過ぎる。あれだけ掘り返したんならもっと深いはずだ。それに」
それに、もうひとつおかしなことがあった。
さっきから地面が小さく揺れているのだ。
感じるか感じないかという、実にかすかな揺れだが地震にしてはおかしい。
揺れというより振動に近く、自然現象とは違う気がする。
「待てよ、この穴は、埋め戻されたような感じだな。いや埋め戻されたというより奥が崩れて埋まったような……なんだ?この振動は!」
いきなり足元の土が激しく震えだした。
反射的に足をどけようと……
「ギャッ?」
足の裏に熱い感触が走り、飛びのいた地面からは黒く長い爪が生えていた。
爪はスッと土中に引っ込み、再び微細な振動が地を振るわせ始めた。
足の裏には3本の長い傷、血が滴っているが幸いにも深手ではない。
「土の中から……攻撃を?あの小娘、地中棲息タイプの怪獣だったか!」
うかつだった!
ルキィの肉体的特徴を見れば容易に推定できたはずだった。
岩石を思わせる硬い皮膚は地底の高温高圧に耐えるためのもの。
太い腕は岩盤を掘り進むのに必要な強靭な筋肉。
どちらも地中棲息生物の特徴だ。
「おい、親父。あの小娘どこへ行っちまったんだ……」
事情を知らないハルバドが不思議そうに、あちこち見まわしながらこちらへやってた。
ズシン、ズシンと足音を大きく響かせながら。
「バカ!足音をたてるな!こっちの居場所がバレる……」
「お、親父ィッ!ヒィッ?」
遅かった、ハルバドの足が地面から離れなくなっていた。
土中から生えてきた泥まみれの赤い手が足首をガッチリつかんでいた。
足首がミシリと嫌な音をさせて関節の自由度以上の角度で曲がり、哀れなハルバドに悲鳴のような鳴き声を上げさせた。
ゴゴゴゴゴォ。
「た、助けて!親父、親父ィッ!」
「ヌゥゥゥ……」
不気味な地鳴りに合わせてハルバドの両足が地面に引きずり込まれていく。
既に腰まで沈んだ息子を助けに行きかけて、思いとどまった。
「小娘がッ、わざとゆっくり引きずり込んでワシまで誘い込む気か!」
「親父!なにしてるんだ!早く!助け……ハグッ?」
うかつに近づけば親子ともども地の底へ引き込まれ、抵抗もできないだろう。
メキッ。
土の下から骨の折れる音がした。
ビキッ。
今度は腱が切れる音がした。
ゴッ……キッ。
今度は骨が粉砕された音だ。
音がするたびにハルバドの顔が歪み、顔色がドンドン悪くなってきた。
「お、おや……じ、早く、助け……」
ベキベキミシミシバキバキブチッ。
「あう……許し……勘弁し……お願……」
なにがなんだかわからないが、とにかく大変なことになってるような音がした。
ハルバドは血の気を失い、虚ろな目で天を見上げながら許しを懇願するばかりになっていた。
それをただ見ているしかできないドンエルはギリギリと歯噛みした。
「畜生、もうちょっとで迎えの宇宙船も到着するっていうのに」
さっきまでの追い詰められたふりのお芝居ではない。
本当に余裕を失くした声でドンエルは叫んだ。
「やい、臆病者め!卑しくも武術家の端くれならなぁ、男らしく堂々と姿を見せて勝負しろ!」
『私、女ですから』
地面の下から返ってきた返事はつれないものだった。
この間にもハルバドはビクンビクンと体を痙攣させている。
「それでも誇りある銀パト警官か!やってることが三流悪役並みじゃねぇか、卑怯者!」
『実戦では卑怯こそ正統派、と教えていただいたばかりですので』
二の句がつげないドンエルの目の前で、ハルバドはガックリとうなだれ、口から血泡を吹いていた。
埋もれて見えない下半身にどんな非人道的攻撃が加えられたのか。
「やばいぜ。このままじゃ助かってもアレが不能になっちまうかも……いや、いくらなんでも、あのお嬢ちゃんもそこまでは」
「ギャハハハハハッ!ギャハ、ギャハ、ギャハハハッ」
突然、ハルバドが笑い出した。
それも尋常な笑い方ではない。
真っ赤に充血した目を限界まで見開いて、口からは血を吐きながら、狂ったように笑い続けた。
ドンエルは戦慄した。
このままじゃ間違いなく息子のイロイロな部分が再起不能にされる?
「……降伏するしかねぇってのかよ。落ちつけ、落ちついて何か手を……ん?」
何か打開策はないかと周囲を落ちついて見まわしてみた時だった。
半壊した工場の影に隠れて、こっちを見ている視線と目が合った。
視線が合ったとたんにセーラー服姿はサッと隠れてしまったが、もう手遅れだ。
「お前は……さくら子か?」
「違う!僕は……」
うっかり答えて『しまった!』と思ったのか、それっきり声は途切れた。
「そうか、まだ逃げていなかったのか。そうか、まだお前がいたんだな、ヒヒヒヒヒ」
のそりとドンエルが向きを変える。
拷問を受け続ける息子から建物の影に隠れた女装青年に向かって。
『ダンタロさん?まだ逃げてなかったんですか』
地下からの声も動揺している。
とっくに安全圏まで避難している、と思っていたのだろう。
「商品は大事に扱うのがワシの信条なんだが。少しだけ破るしかねぇな」
ドンエルは走り出した。
救援の宇宙船が来るまで、おそらくあと数十秒弱。
ここで弾太郎を人質にすれば確実に逃げ切れる。
逆転劇のチャンスが向こうからきたようなものだ。
『ダンタロさん、逃げて早く!』
同時にグシュッと柔らかいものを潰すような音がしてハルバドが失神&沈黙。
地鳴りの音がドンエルを追ってきた。
しかし追いつけない!
それどころか距離が開いていくばかりだ。
「アホが、地面の上と下とで競争になるわきゃねぇだろが」
ドンエルは走りながら、内心ほくそえんだ。
ハルバドから引き離すのは成功、このまま行けば余裕で人質を獲得できる。
もし相手が地上へ出てきても、飛び出してくる瞬間を狙い撃ちできる。
それがわかっているのか、ルキィは相変わらず地面の下を掘り進んでくる。
「慌てて飛び出してくるほどマヌケじゃないか。それなら……それ以上近づくんじゃねぇ!」
ついにドンエルはゴールに先に到達した。
小さなシャボン爆弾ひとつで工場の残骸を吹き払うと、座りこんで震えている弾太郎の姿があらわになった。
地上の様子を察したのかルキィの進行も止まった。
「ホントならバカ息子の分もお返ししときてぇんだが。もう時間がねェ。ワシらが逃げ切るまで動くな」
身動きできない弾太郎に手を伸ばす。
最後の一歩を踏み出して……
「この娘……いや、『娘』じゃねぇけど。傷をつけたくなかったら……な、なんだぁ?」
踏み出した最後の一歩が地面に沈んだ。
バランスを崩して倒れそうになり思わず手をついた。
その手も地面は底なし沼のように呑み込んでしまった。
「ウォォォッ?」
前のめりに転倒した巨体は更に落ちこんだ。
表土が崩れて、地面の下にあらわれた大きな空洞の中へ。
「お、落とし穴だと?しまった、これも罠か!」
必死に這い出そうとしたが、手遅れだった。
再び接近してきた地鳴りが、すぐ側まで達して再び穴の中へと引き戻された。
ボキィツ、ベキベキッ!
「グォッ!」
両足を同時にへし折られる激痛は凄まじいものだった。
あまりの苦痛に一瞬意識が途切れ、その場にグッタリとへたりこんだ。
ゴゴゴゴゴ。
これまでで最大の地鳴りがして、動けなくなったドンエルの前で大地が山のように盛り上がっていく。
その山の頂上付近から土砂が剥がれ落ち始め、下から真っ赤な岩肌のような体表が見えてきた。
そして煌々と真紅の輝きを放つ双眸が、倒れたドンエルを見下ろした。
「フゥーッ。地球の土って水分が多いから、ちょっとべとつきますよね」
体を軽くゆすって残りの土を払い落とすと猛烈な蒸気を上げるルキィの全身があらわれた。
「あ、ダンタロさん。ご苦労様でしたー」
「い、いえ、どういたしまして……」
「ほんとにうまくひっかかりましたよねー。こういうの頭脳の勝利っていうんですよね?」
屈託のない声でそういうとルキィは足元の弾太郎に手を振った。
つられて弾太郎も引きつった愛想笑いしながら手を振り返す。
「うん、まあ、そういってもいい、かな?」
自分を囮にして落とし穴に誘導する、というのは弾太郎のアイデアだった。
しかし巨大な怪獣が自分めがけて突進してくるの逃げずに待つ、というのは正直恐かった。
逃げなかったというより腰が抜けて動けなかったというのが正しい。




