怪獣娘の緊急出動(戦力外の参戦!)
「立ちたいんだろ?手を貸してやるよ」
「グッ……」
そういいながらハルバドはルキィの喉をつかみ、指先が食い込むほど力を込めた。
苦しそうにもがくルキィを引きずり起こして、みぞおちに肘打ちを入れた。
一瞬絶息し、辛そうに目を堅く閉じるルキィの顔を何度も往復ビンタした。
「へぇ、悲鳴は上げないんだね、君。本当に立派なお巡りさんだよ」
最後に一発頭突きをかますと、ルキィの額から血が流れた。
地球人と同じ赤い血を流しながらよろめくルキィをハルバドは後ろから羽交い締めにした。
「よーし、そのまま押さえてろよ。役立たずの馬鹿息子」
「オイオイ、役立たずはねぇだろ親父。こうして加勢してやってんじゃねぇか」
「はん?加勢だと?今の今まで白目むいて気絶していたお前ェがか?」
「そ、そりゃあねぇだろ。痛いの我慢してこーやって手伝ってるてぇのによ」
父親の小馬鹿にした態度に、息子のバカでかいカエル顔が不満に歪む。
「まあいい、しばらくそいつ押さえてろ。わしゃぁアレを片付けておく」
頭を上げた先、地平線上の雲の上に黒い小さな点が三つ、四つと見えた。
数と大きさを増してくるその黒点の正体は戦闘機に違いない。
「フハハハ、これはラッキーだったぞ。旧式なジェット機ばかり十二機だけだ。重機動部隊は来てねェ。ククククク」
ドンエルは小気味よさそうに含み笑いした。
地球上の戦力で唯一脅威なのは重起動部隊だけだった。
他の戦力など怪獣からすれば蚊に等しかった。
「増援がきましたヨ、長官」
「チッ……重機の連中は間に合わなかったか」
「確かに攻撃力では劣りますガ、スピードでかきまわせば勝機は」
「ない。ランク外の怪獣ならともかく、高い知能を備えたタイプを相手にしてはな」
陰鬱な長官を前に一糸乱れぬ編隊を組んでいた戦闘機たちは高度を下げて散開した。
『パープル・リーダーより各機へ、攻撃目標上空を旋回。敵一匹に対し六機ずつの波状攻撃を仕掛ける』
『パープル・ワン、了解』『パープル・ツー了解』『パープル・スリー……』
『なお、赤い怪獣には絶対に命中させるな。これは防衛警察本部よりの命令だ』
『何故でありますか、隊長』
『あれは友軍だそうだ、詳しいことはわからん。ゆくぞ、降下!』
円運動から螺旋状降下に移り、ミサイルの安全装置が外された。
機銃の自動照準装置も作動しディスプレイ上の怪獣に白い十字が貼りついた。
「やれやれ、地球人は戦い方も知らんのか。小回りがきくだけの武器で何と戦うつもりだ?」
勇敢な戦闘機乗りたちをせせら笑うと、ドンエルは正面からは顔が見えなくなるほどの大口を開けた。
さっきは特大のシャボン爆弾ひとつだけ出したが、今度は何百個という小さなシャボンの群れだ。
まるで噴火のような勢いで空中に吐き出されたシャボン群は風に乗って空一杯に広がっていった。
『なんだ、このシャボン玉は……』
パイロットたちは両脇を後方へ流れていくシャボンの群れに戸惑った。
その危険性については彼らはまだ知らされていなかったので、シャボンのひとつが先頭の一機の主翼に触れた瞬間に危険性を思い知ることになった。
バァン!
小さな炎の花が咲き、翼の一部がちぎれ飛んで機体はきりもみ状態に陥った。
『爆発するのか、このシャボンは?』
『離れろ、全機シャボンに近づくな!』
しかし時すでに遅く、彼らはシャボンに囲まれていた。
バン、バン、バァン!
『うわっ!』『ぶつかる!』『こ、こっちにくるな!』
爆発と悲鳴が相次ぎ、危険地帯を脱したのは五機に過ぎなかった。
『おい、みんな大丈夫か?』
『なんとか、しかし飛ぶのがやっとです』
『くそ!撃墜された連中はどうなった?』
『全員脱出しました』
『よかった。それにしても戦いもせんうちに半数以上を落とされるとは』
『隊長、どうします?』
『このまま上空で待機。重機動部隊到着後に援護に回る』
戦闘機部隊を敗退させたドンエルはご満悦だった。
傭兵業引退以来の久々の戦いで、気分が昂ぶっていた。
「久しぶりだ、この感じ。敵をぶっ潰す………久しく忘れていた快楽だわい。思い出させてくれたお嬢ちゃんには礼を言いたくなってきたぜ」
くるりと向き直り、ルキィの顔面に情容赦ないパンチを打ちこんだ。
喉を絞められて声を出せないまま、ルキィは血を吐いた。
「お礼といっちゃなんだが。迎えがくるまで未熟なお嬢ちゃんに戦場について講釈してやろう」
もう目つきがお人よしのペットショップ経営者の目でも、馬鹿息子の失態に悩む親父の目でもない。
血の芳香を嗅ぎつけた戦場の肉食獣の目に戻っていた。
「…………どこまで腐ったヤツ。二人がかりなんて」
ドスッ。
ようやく搾り出せた声に答えたのは、鉄拳制裁だった。
「講釈ひとぉつめ。戦場においては卑怯こそ正当と知れ。わしなんぞ十匹の敵に囲まれたこともあるんだぞ」
「何が正当よ、動けない相手に……」
ドスッ、ドスッ。
今度は渾身の力を込めた蹴りだった。
ルキィの顔は血の気を失い、前かがみになってダラダラと脂汗を流している。
「ふたつめ。動けない相手でもな、とどめ刺さなきゃ安心とはいえん」
「うぐ、うぐ、うぐぐ」
何とか顔だけ上げたルキィ、開けようとした口をドンエルは乱暴に掴んで閉じさせた。
「お嬢ちゃん、火を吐くつもりだったろ?いけねぇなぁ、人に向かって火なんか吹いたら危ねえだろ?」
喉を思いきり叩かれたルキィは完全に力を失った。
「みっつめ、敵に得意技は出させるな。どうだぁ?いい勉強に………なっただろ、初心者のお嬢ちゃん」
顔を、頭を、胸を、腹を滅多打ちにされた。
防御も逃げることもできなかった。
それでも気を失わないルキィの精神力は賞賛されてしかるべきだったろう。
「たいしたもんだ。これだけダメージ食らってもまだ意識があるたぁな」
ちらりと息子を見て、ため息をついた。
「うちの馬鹿息子たぁえらい違いだ。ウチの根性なしの代わりにあんたが娘ならよかったのになァ」
「そ、そりゃないだろ……親父ィ」
「だが、潮時だ。次で決める。悪い事ぁいわねえ、銀パトなんぞ辞めて故郷に帰ぇんな。アンタにゃこの商売はむかねェよ」
もう下卑た笑いを見せることはなかった。
二十年振りに取り戻した、冷酷で厳しい戦士の顔つきになっていた。
無言で右腕を高々と上げ、ありったけの力を込める。
握り拳に向かって血流が一気に流れこみ、腕は倍近い太さに膨れ上がる。
その腕を降ろして、後ろに弓なりに限界までそらして、照準を定める。
狙いは胸の中心近くにある心臓。
「コイツが俺の現役時代のキメ技よ。分厚い装甲皮膚と鍛え上げた筋肉の層に守られているから、死には至らんだろうがな。それでも当分は怪獣病院暮らしを覚悟しな」
血管を浮かびあがらせた腕がピクッと動いた。
限界まで引かれた弓の反動が矢を撃ち出すように、怪獣にのみ可能な破壊力が解き放たれる寸前だった。
「全員動くな!動けば撃ちます」
怪獣たちの咆哮にくらべてあまりに小さな、しかしよく通る声がその場の動きを全て止めた。
その声は少し離れた、地面の上から聞こえた。
銃らしき物を構えた弾太郎が工場の屋根の上に立っていた、セーラー服姿で。
吹きすさぶ風にひるがえるスカートがまたよく似合っていた。
ある意味、とても絵になる勇姿だった。
「……誰かと思えば。さくら子ちゃんじゃねぇか」
「だから!そんな名前で僕を呼ぶな!僕は男なんだ……一応は」
語尾でちょっと気弱になったのは、自分の男らしさに自信がないせいだろうか。
しかも恐怖を押さえ切れないのかカタカタと震えている健気さが、ますます可愛らしさを……。
しばし見つめるドンエル親子の顔がポッと赤くなったのは気のせいだろうか。
「お、親父」
「…………」
「親父、な、なんか俺、妙な気分に……」
「ハッ?い、いけねぇ。ワシまでイケナイ世界に行っちまうトコだった!」
名残惜しむ意識を凛々しきセーラー服から無理矢理引き剥がし、もう一度、必殺技の構えに戻る。




