怪獣娘の緊急出動(道場拳法じゃありません!)
「ルキィさん、ダメだ!あいつの挑発に乗るな!」
「下がっててください、ダンタロさん。そこだと危なくなりますから」
足元で怒鳴っている弾太郎の声も、もう耳に入っていない。
もとより巨大怪獣が激突する戦闘空間をウロチョロして、ただの人間である弾太郎が無事ですむわけがない。
踏み潰されるか跳ね飛ばされるかしたら、即あの世行きだ。
「いいかい?冷静に、冷静になるんだ」
それだけ怒鳴りながら弾太郎は逃げた。
と、同時にルキィも大地が爆発するようなジャンプ。
腹が地面にこするくらいの低い姿勢でのタックルで轟然と敵へと迫る。
「ほうほう、Cの2か。そりゃあ失礼した、いやいや、若いのに大したもんだ」
爆発的な脚力で地表をえぐりながら突進してくるルキィを、ドンエルはニヤニヤと笑いながら待ちうける。
(狙い通りだな……こんな、安っぽい挑発に乗せられて正面から突っ込んできてくるんだから)
こんな単調な軌道ならば、あしらうのはたやすい。
寸前に攻撃をかわして捕らえて足の一本もへし折れば、それで片付くのだ。
「では謹んでお相手してあげ……ウオッ?」
間近に迫っていたルキィの姿が激突直前に視界から消えた。
間合いに入るギリギリ手前で地面を蹴り、頭上へと跳躍したのだ。
咄嗟に顔を上げたドンエルが見たのは、巨大な二つの足の裏。
慌てて両手を上げガードを固め……凄まじい衝撃が両腕を貫き、ドゥッという鈍い音が骨をきしませた。
顔面直撃はくらわなかったもののドンエルは軽々と後方へ飛ばされ、ドスンとしりもちをついた。
「ウグググ、甘く見ていたわい。五万トンを越える体重で飛び技はないと思っとったが」
「私の体重は五万トンもありません!標準内です、たぶん…………最近計ってないけど」
なかば痺れた腕を地面について膝をつくドンエルと、重量級の体格でありながら軽やかな着地を決めたルキィが睨み合う。
「取り越し苦労だったかなあ」
安全圏まで離れてから弾太郎は振りかえった。
頭に血がのぼってるから危ないと思っていたのだが、心配無用だったらしい。
真正面から考えなしに突っ込むように見えたのはフェイント。
意表をついた飛び蹴りで流れはルキィに傾いていた。
「感情的になってるから心配したけど。意外と冷静なんだな」
最初の攻防の後は二匹の怪獣は、ただ睨み合ったままだ。
いや、ルキィの方が摺り足で少しずつ間合いを詰めてきている。
対するドンエルは押されるように後ずさりしている。
しかも足元がふらついている。
「スピードもパワーもルキィさんの方が上だ。このまま押し切れば増援が来るまでは押さえられる。でも、なんだか……」
こっちの優勢は動きそうになかった。
足止めどころか今にもK.O勝ちしそうなくらいだ。
ただ、気にかかることがあった。
ドンエルの顔に余裕が見てとれることだ。
「一体なぜだろう。追い込まれてるのに……」
逃げ切れないと覚悟を決めたのだろうか、先に動いたのはドンエルだった。
いまひとつ動きのにぶい足で強引に前へ出て、ロクに狙いもつけずに腕を振りまわす。
命中すればそれなりの威力はありそうだが、ダメージの残る腕を無理に動かしているのでキレがない。
ルキィは軽いステップと上半身の動きだけで自分の位置を変えることなく、ことごとくかわしている。
ヒットしない攻撃に焦り始めたのか、ドンエルからはもう余裕は感じられない。
「く、くそ、なかなかいい動きしやがッッッ!って、痛ッゥ」
かすりもしない自分のパンチに合わせてカウンターを顎に入れられ、ドンエルは後退した。
歯の間から緑の血が一筋したたり落ちる。
「ッッ、この小娘が!」
激昂して握り拳を大振りして殴りかかるが、当たるどころかルキィに手首をつかまれた。
ねじり上げた腕がギシギシと軋み、ドンエルの顔は苦痛で歪んだ。
「観念して下さい、大人しくすればこれ以上手荒なことはし……?」
ルキィは言葉をとぎらせた。
いきなりドンエルがニタリと笑ったからだ。
「やっぱ道場拳法だねぇ、お嬢ちゃんのは」
握りぱなしだった手をパッと開きながら手首を一振りすると、手の中に隠し持っていた茶色い土砂がルキィの顔面を叩いた。
「キャッ?」
両眼に目潰しの砂を叩きつけられて、ルキィは反射的に手を離した。
飛び下がって目に入った砂を落とそうと手の甲でこすってみたが、細かい砂はなかなかとれなかった。
「い、いつのまに砂を隠し持って?あっ、さっき尻餅をついた時に」
「その通りだよ、手近にある物はなぁんでも武器になる。それも実戦と道場の違いってもんだ」
正面にいたはずの敵の声が背後から聞こえた。
素早く後方に向き直ってかすむ目を無理矢理開けるが、ぼんやりした風景以外は何も見えてこない。
「いない?どこに?」
「対応が遅ぇよなぁ」
声は今度は左側から。
反射的に左手で声のしたあたりをなぎ払うが、これがまずかった。
「しまった……」
空振りで済んだ方がマシだったかもしれなかった。
闇雲で的外れな攻撃は相手にしてみれば、格好の餌食にしかならなかった。
左腕は止められ、肘と肩をガチッと掴まれた。
「おおっと、捕まえたぞぉ。フヒヒヒィッ」
下卑た笑い声が耳元で嘲笑した。
腕をねじられ肩を押さえられて、前のめりに体勢が崩れた。
のしかかるように怪獣二匹分の十万トン近い全体重がかかった。
ルキィの肩と肘の二ヶ所でプチプチと何かが引き千切られていくような嫌な音が聞こえた。
「あれって関節技?初めて見たよ、怪獣が本格的な格闘技使うなんて……いや、それどころじゃないぞ」
それどころではなかった。
苦しそうに顔を歪めて激痛を我慢するルキィの姿勢は更に崩れ、もうダウン寸前だ。
このまま前のめりに倒れれば、極められた関節に最大の負荷がかかって左腕は完全に破壊されるだろう。
右腕は届かず、崩れた体勢からは蹴りも出せずにルキィはグラリとよろめいた。
「ルキィさんッ!尻尾!」
弾太郎の絶叫が届いたのか、目をクワッと見開いて闘志あふれる強烈な視線を密着した敵に向けた。
あまりの気迫にドンエルの動きが一瞬だけ止まった。
その一瞬にドンエルの真後ろから空を切り裂く風切り音が聞こえてきた。
「チッ……」
折角、掴んだ左腕を放して飛び下がるドンエル。
その頬を、細身の尻尾が鞭のようにかすめる。
倒れる寸前で踏みとどまったルキィだが、構えを直しても左腕はダランと下げたままだ。
よほどの激痛なのか苦痛の表情をかくせず、息も苦しげだ。
そんなルキィの姿をドンエルは頬の小さな傷を撫でながら満足そうに見下した。
「もうちょっとで腕一本オシャカにできたんだがなぁ。まあいいか、その腕はしばらく使い物にはなるまい」
「卑怯者……、それだけの格闘技術があるのに目潰しなんて」
ルキィがつぶやくその言葉でドンエルはさらに上機嫌になった。
「おーやおや、フェアプレイ精神とかいうやつかい?正々堂々のスポーツしたいんなら大銀河オリンピックでも目指しな」
今度はドンエルの方から大股で間合いを詰めてきた。
視界を取り戻せていないルキィだが、意地をはっているのか後退しようとしない。
「お嬢ちゃんの子供だましの道場拳法みてぇな……」
ゴゥッと風を巻いてドンエルの拳が腹に命中する。
ガードも出来ずに食らった一撃でルキィはゴホッと血反吐を吐いた。
痛めた腹部に駄目押しの蹴りがねじ込まれ、ルキィは後退、というより後ろに蹴飛ばされた。
(ダメだわ、このダメージじゃ守りきれない)
苦しくて声を出すこともできない。
それでも負けたくはなかった。
そんな彼女の心の中を見透かしたようにドンエルは小馬鹿にしつづけた。
「実戦じゃ役にも立たねぇ見掛け倒しの技を教えたマヌケ野郎を恨みな」
この一言が判断力を完全に失わせた。
ダメージの回復してない体を無理矢理走らせ、さっきまでの見事な掌打技を忘れたような大振りでルキィは突撃した。
「お、お父さんに習った、わ、技を……」
「ダメだ、ルキィさん!むやみに突っ込むな!」
弾太郎の絶叫は今度は届かなかった。
技も忘れて突進してくる彼女はそれこそ、外すほうが難しいくらいの巨大な的にすぎなかった。
ドンエルが口を開くと大きなシャボン玉が飛び出し、ルキィの前に漂ってきた。
どんな効果のあるシャボン玉かわからないが、かわせないほどの射出速度ではなかった。
「馬鹿にして!こんなのが避けられないとでも」
この時、ドンエルは口を尖らせプッと何か小さな弾丸を吹いた。
小石(といっても直径一メートルくらいの巨岩)か何からしいが、高速で吐き出されたそれはまっすぐに飛んできた。
「フン!シャボンは囮、その弾丸が本命なんですか?でも照準を外してますよ……」
確かにルキィには命中しなかった。
が、狙いは最初からルキィではなかった。
シャボン玉に小石は命中し爆発が起こった。
ドガン!
「キャァッ」
耳元での至近距離爆発をルキィはまともに受けてしまった。
爆炎が皮膚を焦がし、爆風が全身を叩いた。
「可燃性ガスとニトロ系の粘液で作ったシャボンだ。うっかり割ると火傷するぜぇ」
「ウウウ……」
煙の中からヨロヨロと出てきたルキィはそのままバタリと倒れた。
宇宙戦艦並みに頑丈な肉体には致命傷にはならなかったが、頭部に受けた爆風で平行感覚は完全に失われ、耳も片方聞こえなくなった。
「お?まだ立てるのかい。いやぁ道場拳法にしちゃ大した根性だ」
冗談ではなくドンエルは心から賛辞を送った。
普通なら戦闘続行など問題外のダメージのはずなのにルキィはまだ立ちあがってきたからだ。
「お、お父さんから習った技を……ぶ、ぶじょく……す」
それっきり呼吸が続かない。
脳震盪の状態でまともに立っていられない。
左腕は少し動くようになったが、使い物になるまでしばらくかかりそうだ。
それでもルキィは前進しようと身をよじらせた。
「大変そうだね、君。手伝ってやろうか」
奇妙なくらい機嫌よさそうな声だった。
なんとか首を曲げてそちらを見ると、見事なくらいあざだらけの顔が目に飛びこんできた。
「あ、あなたは……」
「そうさ、さっき半殺しにされたハルバド様だ。おかげでだいぶ男前が上がっちまったぜぇ」
顔面はとっくにボコボコだし、ニタニタ笑う口の中は歯があちこち欠けている。
それでも上機嫌にハルバドは手を差し伸べた。




