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怪獣娘の緊急出動(階級の差)

「ダンタロさーん、捕まえましたよー!」


足もとの弾太郎に向かって、嬉しそうにルキィは手を振っている。

妙にはしゃいでるように見えるのは、犯人逮捕などのいかにも警官らしい仕事などなかったせいだろう。

酔っ払い怪獣の保護だの座礁した船の救出だの鍛えた技を使う機会はなかった。


「ごくろーさまー、後は防衛警察に連絡して護送してもらうから。僕たちはこれで引き上げよ―か」

「はぁーい……ダンタロさん!後ろ!」


ほんわか系のルキィの声が一瞬で緊張した。

弾太郎もその声に振りかえる……ではなく、咄嗟にしゃがみこんだ。

髪の毛をかすめて太い両腕が空を切った。

背後を振り返って見上げた弾太郎は襲撃者が誰か知った。


「ド、ドンエルさん、いつの間に……」

「お前だけは逃がさんぞ、さくら子よ」


不意打ちを空振りに終わらせたドンエルはすごい形相で迫ってきた。

普通なら怪獣でも逃げ出しそうな恐い顔なのだが、くっきり刻まれた鉄骨の跡が迫力を全て台無しにしていたのが残念だ。


「お前さえ納品できれば赤字だけは免れるのだ。諦めて我がドンエルペット商会の礎となれ……」

「絶対イヤです!」


「何といおうと逃がさ……」


ふいに陽射しが翳った。弾太郎もドンエルも何かの大きな影の下にいた。

ふたりして上を見上げると……巨大な何かが落下してくる。


「うわわわっ!」


慌てて飛び下がる弾太郎の目の前にズドゥンとそれは落ちた。

土煙が爆煙のように巻き起こり、しばらくの間は視界がゼロになってしまった。


「ゲホッ、ケホッ、な、何が起き…………」


弾太郎の目の前に赤いゴツゴツした壁、いや柱のようなものがあった。

それも古代の巨大神殿あたりを支えていたような極太の巨柱だ。

それが、アスファルトを貫くルキィの足だと気づくのに数秒かかった。

あと十数センチずれていたら、あるいは飛びのくのが一秒遅ければ。

今ごろ、弾太郎の体はうす焼き煎餅みたいになってたに違いない。


「あ、あ、あ、のね、ルキィさん」

「危なかったですね、もうちょっとでアイツに捕まるとこでしたよ」


「い、いや、そうじゃなくてね。僕が避けられなかったらとか、考えてくれた?」

「…………えっ?」


ルキィはちょっと小首をかしげ、しばらく考えていた。

そのうち顔がちょっぴりひきつり、頬のあたりにちょっぴり脂汗がにじみ、最後にちょっぴりうわずった声でこう答えた。


「だ、大丈夫ですよ!ダンタロさんのえっと、そ、そう反射神経!反射神経を信頼してましたから!」

(やっぱり何も考えてなかったんだ……)


避けきれなかった場合を想像して背筋が凍りついた。

ちなみに弾太郎の訓練生時代の体育系実技の成績は低い。

卒業が危ぶまれるほどの低空飛行だった。

頭上からの何万トンもの脅威を避けられたのは訓練の成果というより幸運に近い。


「と、とにかく無事でよかったですね。アハハハ」

「そ、そ、そ、そうだねぇ。アハハハ」


微妙に乾いた笑いでごまかそうとするルキィと笑って恐怖を忘れようとする弾太郎。

大怪獣と女装男の異様な笑い声のデュエットであった。


「ところでアイツはどこへ行った?」

「あいつ?ってさっきの婦女暴行未遂のおじさんですか?」


「まさか、踏み潰しちゃったとか」

「いえ、そんな感触はありませんでしたけど」


「誰が、婦女暴行未遂だ!誰が!」


憤然たる抗議が突然返ってきた。

声のした方を見てみると全身泥まみれのドンエルが顔を真っ赤にして激怒している。


「あ、無事だったみたいだ」

「よかったですね、ケガはありませんでしたか?」


ルキィが優しく尋ねたのが、余計に神経を逆撫でしたようだ。


「お、おまえらぁッ、ひ、人が下手にでていればつけあがりおってェェェ。もう許さん!」


手にした杖の埃を払い落とし、頭上高く掲げる。


「擬態解除!」


杖から放出された銀の煙がドンエルを包みこみ、楕円形の繭状になったかと思うと高層ビルのサイズまで一気に膨張した。


「ダンタロさん、逃げて!」


銀色の繭が弾けた瞬間にルキィは突進した。

慌てて逃げ出す弾太郎の頭上をまたいで、銀色の粒子が乱舞する中の影に体当たりを食らわす。

だが、わずかに遅かった。


「ええっ、防がれちゃった?完全にスキをついたのにぃ」


突き出された太い両腕がルキィの肩を押さえて、体当たりをくい止めていた。


「教科書通り『擬態解除時の無防備な瞬間は攻撃の狙い目です』か。銀パトの婦警ちゃんじゃぁその程度か」


飛散する銀の粒子の中から両生類系の横幅の広い顔があらわれる。

続いて分厚い胸板の胴体、水掻きのついた両足が見えてくる。

息子のハルバドによく似た姿だが、体長は頭一つ高く、体格は倍近い重量がありそうだ。


「年齢のわりには少しはできるようだが、まだまだひよっこだなァ。フンッ!」

ドスゥゥゥン!


ルキィが絡められた腕を振り払おうとした瞬間、絶妙のタイミングでドンエルは手を離した。


「あわ、わわわっ!」

ルキィはバランスを崩してよろけた。

そして、なんとかバランスを立て直そうと踏ん張った瞬間を狙われた。

足払いをまともに受けてルキィはあっさり転倒した。


ドォッ、ンン!


倉庫だったらしい建物に頭を突っ込んで押し潰す、というより吹き飛ばした。


「そらよっ、と」


仰向けに転がされたルキィの顔面に、大きな水掻きのついた後ろ足が踏み降ろされた。

咄嗟に身を転がして逃れるルキィのそばで、砕けたプレハブの壁や屋根が衝撃で舞いあがり、廃墟だった建物は完全に消滅した。


「ほほぅ、避けおったか。よく太ってる割には素早い」

「私は全然太ってません!標準体重内です!………一応」


語尾のあたりがちょっと自信なさげなのは体重を気にしているのだろうか。

そのへんの乙女心は怪獣でも不変の真理なのか。


「とにかく!どうやら素人さんではありませんね、アナタ!」

「むかぁーし昔、二十年前の話だがな。ペット屋やる前はフリーの傭兵やってたんだぜぇ」


「フリーの傭兵?つまり正式なランク認定されてたんですか」

「おうよ、正式ランクはBの三までいった」


Bの三と聞いてルキィの顔色が変わった。

彼女の現在のランクはCの二、階級だけ見れば相手にならない差だ。

慎重になりかけたルキィをからかうように、バカでかい口の端を吊り上げてうす笑いらしき表情を作り、話しかける。


「そうビビるなよ、お嬢ちゃん。二十年も前の話だぞ、それともこんな年寄りが恐いのか」


ミエミエの挑発だが、若いルキィには効果てきめんだった。

目つきが険しくなり、力の入りすぎた肩が細かく震えてる。


「そっちはそうだな……Cの五か四ってとこか」

「Cの二です!バカにしないでください!」


鼻息も荒くルキィは言い返し、最大限に気合を入れた。

一気に跳ねあがる心拍が膨大な血液を筋肉組織に送りこみ、ただでさえ巨大な全身がさらに膨れ上がった。

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