怪獣娘の緊急出動(発狂してる宇宙)
『お、お、おオオッ……なんと素晴らしいのだ………」
スクリーン上の謎の黒幕は感動のあまり、それっきり言葉を忘れてしまったようだ。
逆にドンエル親子は別の意味で言葉を失っていた。
足元から這いのぼってくるようなおぞましさに言葉を発することもできない。
そこには変わり果てた弾太郎の姿があった。
『……素晴らしい、そうは思わぬか?』
「は、はぁ……よくわかりませんが。おいハルバド、お前わかるか?」
「いや、ちょっと……俺も、こーゆーのは」
ドンエル親子もどう答えていいものかわからなかった。
上客相手なのだから普段ならお世辞の十や二十繰り出すところなのだが。
「う、ううっ、うぇぇん……」
冷たい床の上に突っ伏したまま立ち上がることもできず、情けない泣き声を弾太郎はあげ続けている。
地球人の心理を詳しく知っているわけではなかったが、相当につらいのは確かだろう。
『わからぬのか……なんとも無粋なことよ』
膝の上の猫系怪生物を撫でながら穏やかに、しかし情熱的に謎の黒幕は語り始めた。
『美と醜、嘘と真実、虚と実。対立し矛盾する全てがここにある……そう、この世の全て、全宇宙をも表現しているのだ』
謎の黒幕は恍惚とした声で語り続ける。
すでに常人の、いや常識人の理解の外を謎の黒幕は歩んでいる。
踏みこむことのできない、否!踏みこんではならない絶対領域だ。
『そうなのだ!今この瞬間に宇宙を象徴する存在が誕生したのだ!」
もはや誰も口を開く者はいなかった。
男泣きしていた弾太郎でさえ、沈黙していた。
「これが……全宇宙を……象徴している……だと?」
ドンエルは例えようもないおぞましさに身震いしながら弾太郎を見つめた。
(これが?これが!宇宙を表現しているというのか)
(セーラー服を無理矢理きせられて、恥ずかしさのあまり涙を流しつづける不幸なの青年が?)
(ならば宇宙というのはこんな異常な世界だというのだろうか?)
(確かに……少し……結構……かなりカワイイな。いや、いかん!自分を見失ってはいかん!)
悲哀を漂わせる女装青年の可憐さに精神を侵略されそうになって、ドンエルはハッとした。
(危険だ、危険過ぎるぞ。こいつは。早く処分してしまわねば!)
「ハッハッハッ、お気に召していただけましたか?実は今回の目玉商品でして」
『気に入った。報酬は倍、いや三倍出そう。すぐに発送していいただこうかのぅ」
「さ、三倍!そりゃあもう喜んで。おい、ハルバド。すぐ輸送船を呼べ」
ハルバドの返事はない。
弾太郎をジッと見つめたまま彫像のように身動きもしない。
その頬がほんのり赤く染まっているのは?
「おい、ハルバド……」
「……親父よぉ」
「なんだ?さっさと仕事を」
「最初はとんだ変態趣味だと思い込んでたんだけどよぉ」
「ハルバド、お前……まさか」
「いや、こーしてじっくり見ていると。何だかときめくってのかな。少しだけど理解ってきたような……」
「…………」
ドンエルは無言でハルバドの頭を杖でブッ叩いた。
床に倒れてピクッピクッと痙攣する息子を見て哀しそうに首を振る。
「すまん、すまんとは思う。が、しかしだ。父親としてお前が堕ちていく姿を黙って見過ごすわけにはいかんのだ」
ドンエルは沈痛な顔で横たわる息子に背を向けた。
地球にきてからいろいろあって疲れたが、今は仕事に集中せねばならない。
「あーすまんが、不運な青年よ……まず落ちついて泣き止みなさい」
「……うう」
小さなうめき声を出して弾太郎は泣き止んだ。
「君も大変な災難だったな。しかし気をしっかり持て。人生、あきらめたりしてはいかんぞ」
燃え尽きたかのように虚ろな顔の弾太郎の肩に優しく手を置き、話しかけた。
お客様にお届けするために、少しでも元気付けてやらなくてはならない。
ドンエルは語調に注意しつつ話しかけた。
「不安でたまらないだろう。しかし勇気と誇りを忘れなければきっと道は開ける」
大事な商品の精神がこれ以上コワレでもしたら売り物にならなくなる。
それにドンエルペット商会のモットーは『ペットに優しくお客様に親切、虐待飼い主は無慈悲に殲滅』なのだ。
「幸薄い少年よ、名はなんという……いや、それよりも」
あらゆる愛玩動物を扱って二十年、その経営者たるドンエルにはペットが元気になるおまじないがあった。
あれなら、きっといける。
いけるはずだ。
「いつまでも過去にしがみついてはいかん。君が未来に進むために……」
「……進むために、なんですか?」
虚ろな目をしておうむ返しする弾太郎に、可能な限りの慈愛に満ちた笑顔を向ける。
ただし息子や手下が見たら大爆笑か恐怖にひきつること間違いなしの凶悪スマイルだ。
それはともかく『外れなしのおまじない』を実行した。
「そう、可憐なる者にふさわしい名前を与えよう!」
「は?」
「今日から君の名は桜子―そう『さくら子ちゃん』だ!」
虚ろだった弾太郎の顔が驚きで満たされた。
数秒置いてから事態を理解した脳が顔の筋肉をピクピクと痙攣させ恥ずかしさとおぞましさの入り混じった絶妙の表情をつくりあげていった。
「よい名前だろう。このワシが地球で最も美しいと思う花の名前からとった」
弾太郎は必死に首を振った。
なにか叫ぼうとしたらしく口は大きく開かれていたが言葉は何も出てこない。
そして追い討ちをかける言葉が通信機経由で銀河の果てから届けられた。
『うむうむ、良き名じゃ。華やかさとはかなさが見事に調和しておる。ドンエルとやら、わしはひさびさに心から感動したぞ』
謎の黒幕は椅子から立ちあがり、両手を握り締めて感動に浸っているようだ。
逆光で表情はわからないがおそらく感涙しているのだろう。
声も詰まらせ気味だ。
『一刻も早く、その花を我が元に届けるのだ。もうこれ以上、わしは待てぬ」
「ハッ、直ちに発送致しますです。すでに輸送船を呼び……」
壁のランプが一斉に点滅した。
ハッとするドンエルの目の前の空中に小さな立体映像が投影される。
工場の正面入り口、シャッターの前に三人の地球人らしき侵入者がいる。
うち男二名は銃を構え、少女は拳を握るファイティングポーズで闘志をむきだしにしている。
「侵入者だと!銀パトか?地方警察か?それとも、同業者の妨害工作か?」
『どうしたのじゃ?まさか銀河パトロールどもに嗅ぎつけられたのか』
「ご心配には及びません。どうやらこの惑星の地方警察どもです」
自信ありげにドンエルはニヤリとした。
火星に駐留している銀河パトロールがでしゃばってこないかぎりは心配ない。
防衛警察の戦力も調べた限りでは十分に渡り合える。
まして警官の二、三人ごとき何の問題もない。
「月の裏側に隠した輸送船が到着するまで八分、火星基地の銀パトどもが衛星軌道上に到着するまでは十三分。五分差で逃げ切れます」
『よかろう。太陽系の外まで出れば、どうにでもしてやる』




