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父子再会(於母鹿毛神社境内)

波をけたてて一隻の漁船がゆく、水平線上の島をめざして。

ガタのきた漁船の舵輪を握るのは日焼けした、たくましい漢がひとり。

機嫌よく舟歌なんぞ口ずさみながらエンジンの回転を上げる。

積荷はなし、明け方に本土の漁港に船倉一杯のイワシを水揚げしてきたばかりだ。


「んー、今日は特別いい潮が流れとるわい」


島へ帰ろうとした矢先に漁港の組合詰所に電話がきて、客をひとり連れ帰ることになった。

さて、その客だが―――大して大きくもない漁船のどこにも姿が見えない。

それどころか船にはこの漁師一人しかいない。

他の者は一足先に急いで島へ帰っている。

今日は二人の訪問者が来る予定であり、その歓迎会の準備のためだ。


「そろそろ弾太郎坊ちゃん、着いた頃かなぁ?二年ぶりのお帰りだかんなー。ちったぁ背ェ伸びたかな」


訪問者の一人とは弾太郎のことだ。

家出した於母鹿毛神社の跡取息子の帰郷は、夕べ連絡があったばかりだ。

そしてもうひとりは途中の海域で迷子になってるらしい、との連絡を受けて出迎えにいくことになった。

その海域に行ってみると、途方にくれた迷子の姿はすぐに発見できた。

漁師は後ろを振り返り、広がる大海原に向かって大声で呼びかけた。


「あと三十分ほどでつくぞ。それくらいなら大丈夫か?」

ガァァァァァッ。


それに答えた声は、いや声ではなかった。

まるで獣の唸り声のような音が背後から聞こえてきた。

それも船窓のガラスがビリビリと振動するほどの大音量だ。


「おお、そうかい。頼もしいね、まだまだ平気かい?このあたりの海域じゃあカモフラージュが効かないんでな。すまんが島の近くまでは素潜りでついてきてくれ」


グォォォォォッ。


再び水中から響く咆哮、誰もが恐怖するであろう獣の声もこの漁師にとっては世間話の相手のようだ。


「素潜りで三時間はいけるとはスゴイねえ。よく鍛えたもんだ」


グルルル―――。


「いやいや若ぇのに大したもんだよ。弾太郎坊ちゃんのこと、よろしく頼むわな」


ウオゥッ!一段と気合のこもった雄叫びが返ってきた。


「お帰り、弾太郎」


パラシュートを外して地上に立った瞬間にかけられた優しい言葉は、懐かしい父親の声だった。

これに対する弾太郎は……黙殺。

一言も喋らず、プイと横を向いた。


「お帰り、弾太郎。元気で……やっていたか」


語調は変わらず、微笑みも変わらず。

父親、真榊 海人は穏やかな優しい声を息子にかけるだけだ。

息子の方は相変わらずの……無視。

顔を見ようともしない。

島民たちも声をかけあぐねて困っている。


「お帰り、弾太郎。今日はお天気もいい、帰郷には最高の空模様だ」


息子の徹底的な無視にも、海人は全然堪えた様子がない。

息子を気遣う父親のけなげな姿に見ている村人の方がハラハラしている。


「お帰り、弾太郎。今晩はお前のためにご馳走を用意したよ」

「……」


「お帰り、弾太郎。お前の大好きなカレイの煮付けもあるぞ」

「……」


「お帰り、弾太郎。手料理は久しぶりだからな。父さん、張りきり過ぎてしまったよ」

「・……ううっ」


「お帰り、弾太郎。手続きなど明日でいい、今夜はゆっくり休んでおくれ」

「……ウウウウウッ!」


「お帰り、弾……」

「あー、分かった、分かった!ただいま!ただいま帰りました!」


すると海人はとても嬉しそうな満面の笑み浮かべた。

そして息子の声を味わうように目を閉じて何度もうなずいた。


「うんうんうん、お帰り、弾太郎。……二年ぶりだな、お前の声を直接聞くのも」


そこから後はもう無茶苦茶だった。

おおはしゃぎのする子供たちの下敷きになっり、おばちゃん連合から抱きつかれ、海の男たちから散々からかわれた。

そして海人の背後からあらわれた白髪頭の老人、彼は目に一杯涙を溜めている。


「お久しぶりでごぜぇます、弾太郎坊ちゃん」

「げ、ゲンじいちゃん……」


むせび泣きながら弾太郎の手を握り締める老人の顔を見たとたんに弾太郎は何も言い返せなくなった。

母親のいない弾太郎を育てたのは父と、この老人だった。

弾太郎が唯一、頭の上がらない相手でもあった。

さらにおばちゃん軍団にもみくちゃにされ、ごっつい漁師たちに胴上げされる息子の姿を海人は嬉しそうに見ていた。


「さて放蕩息子の出迎えも終わったことだし、もう一人を迎えにいこうか」



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