怪獣娘の休日(累積する誤算)
「で、こちらの捜査員を見事にノックアウトしてくれたわけか?」
「そっちこそ善良な一般市民に銃を向けるとは部下の教育がなっておらんな」
砂川長官は思いきり不機嫌な目でモニターを睨んだ。
モニターに映し出されたのは神主姿の海人、これまた不機嫌そうな顔でモニター越しに砂川を睨んでいる。
「しかも理由が息子のデートを覗くのを邪魔したからだと?ふざけんなよ、海人。おかげで半年がかりの捜査が台無しだ!」
「やかましい!そっちこそ構想五年、詳細検討二年そして下準備に三年をかけた『弾太郎君初デート作戦』を台無しにしおって!」
「何が弾太郎君初デート作戦だ、子離れもできん馬鹿親めが」
「いまだに嫁さんもおらん貴様に言われる筋合いはない」
「やかましい!そもそもお前が……」
「うるさい!貴様こそ……」
回線が破裂しそうな勢いで低次元な口ゲンカは続く。
まるで子供の喧嘩にしか見えない。
「長官があんな話し方をされるなんて……一体相手の方は誰なんだ?」
「すみやせん、普段はもちっと分別のあるお方なんでやすが、坊ちゃんが絡むと御覧の通りで」
本当にすまなさそうにゲン爺は秘書に頭を下げた。
「塩川の旦那とは防衛警察設立前からの知り合いといいやすか、親友といいやすか、悪友と……」
「そこッ!誰と誰が親友だってェ?」
「ゲンさん、間違えるな。コイツは私の天敵だからな!」
とばっちりをくらったゲン爺は、ほとほと困り切って頭をポリポリと掻いた。
とにかくこのままでは話が進まないので深々と頭を下げることにした。
「すんません、あっしのはやとちりが原因なんで。お二方、どーか引いてくだせぇやし」
「う、うむ。ゲンさんにそう言われちゃあ仕方ないな」
秘書官も驚いたことに砂川長官はあっさり引き下がった。
ちらりとゲン爺を見る目つきは長年仕えてきた秘書でもどうにも気になるものだった。
「確かに今は一刻を争う時だ。つまらぬことに時間を割くべきではないか」
さっきまでつまらぬことに執念を燃やしていた海人も鎮火した。
しかも画面外のゲン爺をしきりに気にしている。
これも秘書には理解しがたいものだった。
怖いものなしの豪胆で知られる砂川長官と真正面からやりあう謎の神主。
そして両者を止める、見た目はさえない老人。
しかもその老人は防衛警察の腕利きたちを軽く制圧しているのだ。
「一体、あなたは何者なんですか?」
「何者ったって……船大工兼宮大工のゲンさんで通っとりやすが?」
「現在は確かにな。二十年前まではその筋の世界じゃ有名人だった」
「そう、俺たちが現役だった頃はまだ、ゲンさんも……」
秘書の問いに答えたのは砂川長官だった。
そのままゲン爺の方を見もしないで仏頂面して淡々と言葉を続けようとする。
遠い昔を思い出しながら。
「海人様、砂川の旦那ぁ、昔の話はやめてくだせぇよ。恥ずかしいったらありゃしねぇです」
「お?そうだったな、すまんかった、ゲンさん」
困ったような恥ずかしいような複雑な表情のゲン爺に謝罪してから、我に返った砂川長官は床の上に目を落とした。
そこにあるのは黒いシートのような物に包まれた人型。
「今はこっちを解放するのが先だったな。スタンガンは用意できたのか?」
「今、こちらに……」
「連続女性誘拐事件、ここ一週間で若い女性ばかり6名が誘拐……」
砂川長官は重苦しい言葉を一度切った。
目には怒りを滲ませている。
「誘拐されている。昨日になってようやく容疑者が浮かんだ」
「その容疑者が消えた場所にアミネズミに包まれた被害者がひとりか」
「そして近くにいたハズの弾太郎坊ちゃんたちとは全く連絡がとれない……」
海人たちの言葉には怒りと同時に面白がっている節があった。
「そうだ、海人。これが女性誘拐事件の犯人なら現場に残されたのは女性の方ではなく男の方だろう」
「そしてさらわれた方は……運のない悪党どもだ、獲物ではなく爆弾を背負いこんだわけだ」
コンコンというノックに続き、ドアが開いて制服に身を包んだ女性が敬礼して入ってきた。
「スタンガンをお持ちしました」
手にした黒い筒形の物体を長官に渡す。
受け取った長官はさらにそれをゲン爺に渡した。
「アミネズミってぇ奴ぁ無理矢理はがそうったても絶対はがれやしねぇ。コイツをひっぺがすには……」
スタンガンの先端からパチパチと火花が飛ぶ。その先端をゲン爺はアミネズミに向けた。
「軽い電気ショックを与えるしかねぇ。待ってくだせぇ、坊ちゃん。今、お助けしやす」
スタンガンが触れた瞬間にアミネズミは「キキッ」と悲鳴を上げた。
包んでいた獲物を放り出して空中に傘のように広がったと思うと、クルクルと丸まってテニスボールくらいの黒玉になった。
そのまま床の上に落ちてコロコロ転がっていく。
「う、う……ん?」
麻酔を解かれた被害者はすぐに意識を意識を取り戻した。
上半身を起こしてかすむ目をゴシゴシとこすっている。
「ここ……どこ?どうして……こんな所に」
「怪我はありませんか?」
真っ先に動いたのは秘書だった。
めまいを起こして倒れそうになる被害者に駆け寄り肩を貸した。
「怪我は……ありません。ただちょっと頭が……ボーッとして。あ、でも、だんだんと、はっきりしてきました。もう大丈夫です」
「では落ちついて聞いてください」
「はい、ここはどこなんですか。さっきまで街でお買い物してたのに」
「ここは防衛警察本庁の長官室です。あなたは人身売買組織に襲われたのです」
「えっ?」
「お連れの方は捕らえられたままです。しかし安心してください。現在総員上げての捜査体制が敷かれています。すぐにお連れの方を発見してみせます」
「……そんな、私がついていながらこんなことになるなんて」
よほど落ちこんだのだろう。
彼女はその場に膝をつき自らの失態に苦悩していた。……彼女?
「おい、海人……弾太郎くんじゃないぞ。こいつは、この娘は誰だ?」
「ルキィちゃん、な、なんで君が?」
「お嬢ちゃん!」
「…………はい、ゲンさん。あれ、海人おじさんも?」
まだ少しぼーっとしているらしい間の抜けた返事をルキィは返してきた。




