怪獣娘の休日(味方陣営、ちょっとした手違い)
「いたか?」
「いや。確かにこの路地に入るまでは見たんだが」
「あの爺さん、足速すぎだぜ」
スーツ姿の三人は戸惑っていた。
ゲン爺を追いかけて、袋小路に追いつめたはずだった。
追跡チーム全員で確実に追いこんだのに、そこに人影はなかった。
茶色に汚れたコンクリート壁と臭いの染みのついたアスファルトと倒れたポリバケツだけだ。
「B班はどうした、先に回り込んでいたはずだが?」
「おい……あれ」
倒れたポリバケツの中からスニーカーのつま先が見えていた。
その向こう側にはハンドバックをつかんだ女の手も。
「気をつけろ……」
一人がポリバケツの中を確かめ、残る二人が周囲を警戒する。
全員が銃を抜き安全装置を外していた。
「二人とも殺られたか?」
「いや、息はある。気絶しているだけだ」
「やったのはあの爺さんか」
「多分な。一体何者なんだ、あいつは」
「何者、っていわれてもねぇ」
声は頭上から降ってきた。
反射的に上を見上げた三人に一瞬の虚が生じた。
その一瞬で勝負はついた。
コン、コン、コォン。
何かを叩く軽い音がひとりひとりの頭を突き抜けていった。
「あっしはただの船大工兼宮大工でごぜぇますよ」
ゲン爺は三人のちょうど真中に、足音も立てずに着地していた。
「動くな……動く……ななな?」
銃を向けようとした三人の足元で地面が大きく傾いた。
こめかみを木槌で軽く叩かれ、自分たちは脳震盪を起こしていたのだと、後で知った。
「ふぅーっ……一休み、っと」
積み上げられた五人の体の上にあぐらをかいてゲン爺はタバコに火をつけた。
久しく使わなかった筋肉を動かしたので少し息が荒い。
「あっしも年ですかねぇ。それにしても鉄砲まで持ち出すたぁ、よほどの悪党に違ぇねぇ」
失神した男の手から拳銃を取り上げる。
「それにしても、一体どこの暴力団のチンピラなんだか……」
気絶している一人の懐を探っていた手がとまった。
出てきたのは身分証らしきもの。
表紙にあるのは銀の流星のマークに金色の『防衛警察極東支部』の文字。
中身をパラパラとめくっていたゲン爺の顔がこわばった。
「あちゃあ、こりゃ警察の旦那衆でやしたか。こりゃあ失礼なことを」
ゲン爺が揉め事を起こしていた路地から十数キロ先。
閉鎖した大きな工場の跡地らしく、床にはかつて機械が設置されていた形跡が残り、窓は目張りがされて外の様子は全く見えない。
そこに二人の男がいた。
彼らの背後には七基の大型ガラスケース、小さな車なら入るほどのガラスケースのうち六基の内側には人影がうごいている。
七つ目のケースだけが無人だった。
「さあて、親父。これで全部そろったぜ。この惑星での仕事も終わりだぜ」
「ふん、貴様にしちゃあ仕事が早かったじゃねえか。馬鹿息子」
機嫌よさそうなハルバトに対し、でっぷりと太った男はやや不機嫌そうに吐き捨てるように言った。
ヒキガエルを踏んづけたような顔面で生え際が後頭部まで後退した男はハルバドの父親。
ドンエルペット商会の社長・ドンエルという。
「馬鹿だけ余計だよ、馬鹿親父!」
ハルバドは運び込んだ黒い大きな荷物を担ぎ出して、床の上に放り出した。
荷物はアミネズミに被われた人型の物体、ごろりと床の上をドンエルの足元に転がってきた。
とたんに……
バキッ。
手にした杖でハルバトの頭を思いっきりぶん殴った。
声も出せずに床の上を転げまわる息子に父親は容赦ない怒声を浴びせた。
「この阿呆!商品は大事に扱え、と何度言ったらわかるんだ」
「だからって殴るこたぁねじゃねえか」
ドゴッ。
涙目で訴える息子をさらに蹴飛ばす。
「半人前のくせに口答えするんじゃねェッ。大事な商品に傷をつけんな、このバカ息子が」
「うう……わかったよ、わかったからもう、ぶたないでくれよぉ」
泣きながら床に頭をこすりつける息子に、ドンエルは声をやわらげた。
「誰もお前が憎くてやってるんじゃないぞ。早く一人前になって欲しいんだ。そのために……」
ドンエルは顔を上げ、ずらりと並ぶガラスケースを眺めた。
ガラスケースの中にいたのは……人間!それも若い女ばかりだ。
ある者は簡易ベッドに座りこんでうなだれ、ある者は泣き疲れて眠っている。
元気なのは最近捕獲した警察の女だけだ。
こいつだけはガラスをバンバン叩いてわめいている。
「そのために、会社を大きくする資金稼ぎにこうやって危ない橋も渡っておる。知的生命体の密売は重犯罪だからな」
「それにしても親父、依頼人は何のために地球の女を注文したんだ?それも年齢やら容姿やら、こんな細かい指定つきでさぁ」
「わからん。わしもこんな注文は初めてだし」
「まさか、たぁ思うけど。ヤバい儀式かなんかの……生贄とか」
「ううむ、仲介屋は『それはないから安心しろ。愛情を持って接してくださる顧客だと保証する』とは言ってたが」
「信用できんのかよう?そもそも非合法の仕事なんだろ」
ハルバドの言葉にドンエルは言葉を詰まらせた。
しかし契約破棄はできない。
前金も受け取ったし、信用問題もある。
キャンセルすれば裏ばかりか表の商売にも悪影響が出るだろう。
「とにかくこれで依頼通りの七人が揃った。早いとこ引き渡さにゃならん」
ドンエルは床の上の『入荷したての商品』に視線を戻した。
黒いビニール袋に包まれたようなそれは身動き一つしない。
「どれ、品定めするか。さっさと剥がせ」
「あいよ、親父」
ハルバドが持ち出してきたのは小型のスタンガンだ。
ライターくらいの大きさだがスイッチを入れるとバチバチと小さな音をたてた。




