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怪獣娘の休日(危機との遭遇)

「むむっ、坊ちゃんが走り出しやした」

『尾行に気づかれたか?』


「いやぁそんなはずはありゃあせん。あっしの変装は完璧でごぜぇます」


その完璧な変装をこなしている男を囲むように、結構な人だかりができていた。

都会には変わった人間も多いのは確かだ。

確かだが、今どき学芸会でも見られないような『立ち木の仮装』をして街路樹の列に加わっている人間は珍しいのだろう。

小学生くらいの子供が面白がって木目調の着ぐるみに落書きしている。


『お前、いまどんな格好を……いや、なんでもない』


海人は考えないようにした。

考えると健康と精神状態によくない気がした。


『とにかく見失う前に追え……おい、そいつらは誰だ?』


携帯からの動画映像の端に不審な男たちの姿を見て海人は緊張した。


「ハッ?しまった……」


ゲン爺が振り向いた時にはもう遅かった。

背後に二名サラリーマン風の背広姿、左右から一名ずつフリーターらしき若い男と女、前からも怪しげな男の五名に囲まれていた。


「ありゃありゃ?完全に包囲されちまいやしたか。あっしとしたことが油断しやしたわい」


油断とはいえないかもしれなかった。

取り囲む男たちは気配を一切感じさせなかった。

あきらかに素人ではない。

退路を断った上で背後の男がゲン爺の肩をつかんだ。


「失礼だが、お尋ねしたいことがある。我々と一緒に」


相手が言い終わる前にゲン爺は動いた。

老人とは思えぬ身のこなしで男の手を振り払い、人だかりの中へ飛びこもうとした。

それを見ている男は慌てもせずに小さくつぶやいた。


「甘く見てもらっては困るな」


ゲン爺よりも速く、左右の男女が動いていた。

男がタックルをかけてゲン爺の両足をとらえ、女は手首の関節を極めて腕をねじりあげてきた。


「いてェッ!」


ゲン爺はあっさり路上に押さえ込まれ、顔面をアスファルトにこすりつけられた。

完璧な訓練を積んだ鮮やかな手際だった。

背後の男、恐らくはリーダー格の男は感情を欠いた声で先ほど中断した言葉を続ける。


「一緒に来ていただきたい。協力していただければ手荒な……」

「隊長!」「そんな馬鹿な?」


ゲン爺は黙ったままだったが、代わって彼を押さえ込んだ二人が驚きの声をあげた。

隊長と呼ばれた男もあまりのことに呆然としていた。


「どうやって、どうやって逃げたのだ」


男たちだけでなく群集もどよめいた。

押さえ込まれていたのは木の着ぐるみだけだった。

中身は空っぽ、まるで手品か忍者の変わり身の術だ。


「隊長、あそこです!」


部下の指差す先にステテコ姿の老人が走り去っていく。

年齢を感じさせない速さで遠ざかっていく。


「逃がすな!重要参考人の片割れだ」


隊長の号令でその場にいた部下全員がゲン爺を追う。


「隊長、もう一人が見つかりません!」

「やはり気づかれていたな。やむをえん、あの老人の確保を優先する!」


その頃、少し離れた路地裏に弾太郎はいた。

弾太郎は立ち止まり、膝を押さえてハーハーと荒い呼吸を繰り返した。

人目を気にするあまり走りすぎてしまった。

一方、ルキィは特に苦しそうでもなく平然としていた。

さすがは怪獣の体力というところか。


「ヒィ、ヒィ、フゥゥゥ」

「大丈夫ですか、ダンタロさん。顔色真っ青です」


「あ、大丈夫、大丈夫だから」


ようやく息も整ってきた。

汗をぬぐって顔をあげると、ルキィが心配そうにのぞきこんでいた。


「どうしたんですか、もしかして近くに敵が?」


ルキィは鋭い目で四方を確認する。

人影はなし、ただし建物が入り組んでいて死角が多く身を潜める場所はいくらでもある。


「いや、何でもない。ただの、そう、ただの基礎訓練なんだ」

「あ、そうでしたか。私てっきり……でもダンタロさんって立派ですね」


「えっ?」

「非番の日でも訓練を欠かさないなんて。尊敬します」


「あ、あははは、そう……かなぁ?」


恥ずかしかったから逃げたんですと、正直に言ってしまえれば楽なのかもしれない。

でも瞳をキラキラさせて自分を見つめる美少女相手にそう言えるだろうか。

たとえそれが更なる苦難を招くとわかっていても。

そしたら苦難が本当にやってきた。


「あのー、もしもし」


苦難は似合わない背広を着こんだ軽薄そうなにーちゃん風の姿でやってきて声をかけた。


「はい?」


振りかえった弾太郎の前にいたのは随分とだらしない格好をしたサラリーマンもどきの男だ。

年齢は二十歳過ぎというあたりか。

曲がったネクタイにヨレヨレの襟にボタンは全部外しっぱなし、おまけにハンドポケットしている両手。

まともな仕事についてる姿には見えない。

そいつは投げやりな態度で面倒くさそうに話し掛けてきた。


「さっきからあんたら二人見てたんだけどさぁ」

「さっきから?見ていたって」


弾太郎に緊張が走った。

考えてみれば今朝から普通人の日常からは少々かけ離れた行動ばかりしてきた。

だからといって怪獣連れでデート、じゃなくて買い物に来てます、とバレるとは思えない。

といっても超大食いの、浮世ばなれした深窓のお嬢様の社会見学です、なんてごまかしきれるとも思えない。


「ねーねー、ダンタロさん」

「黙ってて、ルキィ」


「この人、さっきから私たちを見てたですって?」

「いいから、ここは僕がなんとか」


「この人もしかして。ストーカーさん……なんでしょうか」


弾太郎はこめかみを押さえてうずくまった。

忘れていた頭痛がまたぶり返してきた。

肝心の相手の男も機嫌を損ねたようで、ブスッとしてそっぽを向いた。


「ひでぇなぁ。せっかく人が親切で教えてやろうと思ったのによぉ」

「ああ、すまない。ちょっと都会に不慣れな娘なんでね」


「まあ、いいけどよぉ」

「で、君は誰?一体何を教えてくれるんだい?」


機嫌を直したらしく男はにんまりと笑った。

ズボンのポケットに入れていた手をゆっくりと抜き出し、白い歯を見せた。


「俺ぁよ、ハルバドってぇんだ」

「ハルバド?変わった名前だね。日本人じゃないのかい」


「おうよ、親父の仕事についてここに来たんだ」


男は両手を差し出す。手は堅く握りしめたままだ。


「……ダンタロさん、この人……」


ルキィは不思議そうにハルバドと名乗る青年を見つめている。


「で、教えたいことってのはこれなんだ」


ハルバドは少しずつ指を開いた。手の中には何か黒い塊みたいなものがふたつ。

よく見ようとして弾太郎は思わず身を乗り出していた。

だがルキィは手の中の黒い物体とハルバドの顔を交互に見ながら戸惑っていた。


「これは小石みたいに見えるが。実は親父が他星系から輸入してきたペットなんだがね」

「これが?それじゃ仕事ってペットかなにかの輸入業者?」


太陽系外からの動植物の輸入が解禁されたのはつい最近のことだ。

宇宙ペットを扱うペットショップも都心を中心に出始めている。

もちろん危険な生き物や、地球環境に多大な影響をもたらす場合は持ち込み禁止だ。


「正確にはコイツはペットじゃないんだ。どちらかというと……」

「ダンタロさん、この人は地球人じゃありません!」


ルキィの一言で弾太郎は後ろへ飛び下がった。

養成所で訓練を受けてきただけあって、それなりの素早い反応ではあった。それでも遅かった。

いや遅すぎた。

ハルバトは思いっきり下卑た笑いを浮かべた。

罠に食いついた兎を見る猟師、餌に食いついた手応えを感じる釣り人といったところか。


「どちらかというとペットを捕まえる生き物なんだぜー」


手の中の黒い球体が一瞬で拡大した。

視界の全てを暗闇がおおった。

うろたえるひまもなく弾太郎の全身に何かがまとわりつき五体を縛った。


「ルキィ!逃げ……」


声を上げようとしたところで全身をピリピリした軽い刺激が走り、意識がフッと遠のいた。


「地球風に呼ぶなら、こいつはアミネズミって名前になるかな」


ハルバドの足元には人間サイズの黒い塊がふたつ。


「体を広げて獲物を捕えると電気麻酔をかけちまうんだ。ほんとはそのまま獲物がくたばって腐り始めてから食い始めるんだが」


弾太郎とルキィには聞こえているか知らなかったがハルバドはやさしく語りかけた。


「なぁに安心しな、死んじまう前に出してやる。俺たちとしちゃあ『活きのいい女の子』じゃないと困るんだ」


なんとも勝手な言い分が聞こえたのを最後に、弾太郎の意識は完全に暗い闇に呑み込まれた。


「えっと、今回のクライアントは。やたら元気なのをお望みだったな」


アミネズミに包まれた片方を肩に担いでハルバドは足早に立ち去っていった。


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