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怪獣娘の休日(餌場は戦場だった)

「すいません、勝手に予定と違う餌場にしちゃって」

「気にしなくていいよ。父さんのお勧めレストランだけど予約をしてたわけじゃないし。それにね」


席につきながら弾太郎は気楽に答えた。

向かい側に座ったルキィは少し落ちつかないようだ。

レストランという場所自体が初めてなので落ちつかないのだろう。


「それにね、僕もああいうフランス料理とかは苦手なんだ。マナーとか面倒だしね」

「え、あの餌場はマナーとかあったんですか?よかったぁ、地球のマナーなんてまだ知らないしー」


胸をなでおろすルキィに弾太郎は苦笑した。

好奇心旺盛なところも、何かにつけて初々しい反応も、とてもかわいらしい。

ともすれば怪獣だということを忘れてしまいそうになる。


(知らない人が見たらデートに見えるかな)


買いこんだ洋服は一部を残して宅配に頼んだので今は荷物もない。

後は少し街を案内して、映画でも見て、予約したホテルへ……


(……ってデートそのものなのか!?)

「どーしたんですか、急に顔色が赤くなりましたよ?」


デートという慣れない言葉に行きついたとたんに顔が真っ赤になっていた。


「なんでもない、なんでもない!あ、そんなことより、早く並んだ方がいいよ」

「並ぶ、ですか?」


ルキィは後ろを向いてみた。

確かに他のお客さんたちが一列に並んでいる。

その横にはサラダや肉、フライを山のように積み上げた大皿が何枚も置かれている。

お客さんたちは思い思いの料理を自由に自分の皿に盛り、席へ戻っていく。


「ここって自由に餌を持っていっていいんですか!」


ルキィはかなり驚いたようである。

ランチバイキングなどというシステムは彼女の母星にはなかったのだろう。


「そうだよ、自由に選んで好きなだけ食べていいんだ。おかわりもオーケーだよ」

「……スゴイですッ!地球にそんな進んだ食生活システムがあるなんて思ってませんでした」


驚いていたルキィは今や感動の頂点にいた。

感動のあまり涙を流すほどの……さすがに弾太郎もちょっと引いた。


「いや、そんな感動するほどのものでは……」

「何をいうんですか!戒律によってご飯は年に一回と定められてる星もあるんですよ。好きなだけ食べていいなんて……普通じゃ考えられません」


「そ、そうかなー?」

「私はこの日を忘れません。いえ、忘れられません。嗚呼、地球の食文化万歳!」


今度は……かなり引いた。

周囲のお客さんの視線が痛くなってきた。

とにかくさっさと食事をすませてしまおう。


「とにかく早く行っておいで。まず、そこで食器を受け取って」

「了解しました!ただちに食料を確保してまいります!」


ピシッと地球式敬礼を決めてから、ルキィはあわただしく列に並んだ。

大皿に山盛りの料理に夢中になっている姿は少し子供っぽく、いじらしいものだった。


「色気より食い気ってとこかな……」


人間形態の彼女は省エネモードになっているため、食欲も人間並みになると海人がいっていた。

それでも普通人よりは大量のエネルギーを必要とするらしくて食欲は人間の倍、いや三倍だった。

それに居候という立場上、遠慮しているようだった。


「まぁ、食べ放題でもないかぎり満腹するまでっていうわけには……えっ?」


苦笑しかけていた弾太郎の笑みが凍った。

順番がきてもルキィは取り皿を受け取らずに先へ進んでしまったのだ。

五種類用意されたサラダのどれにするか迷っている。


「ルキィさん、ダメだよ。まずお皿を取って……ええっ!」


ルキィはポテトサラダと大根サラダの二種類を選んだ。

五キロ以上はありそうなサラダの大皿を両手に軽々と持ち上げた。

周りのお客さんが声もないくらい驚いている。

実にうれしそうにウキウキした足取りでルキィは戻ってきた。

ドスンと重い音をたてて目の前に置かれた大皿を見て弾太郎は呆然としていた。


「さーて、まずは栄養バランスを考えて野菜からですよね」

「あ、あの、ルキィさ……」


「っといけない、ドレッシング忘れてました」


慌ててドレッシングを取りに戻るルキィを見て、弾太郎はようやく気がついた。

怪獣少女の食欲を少しばかり、いやや、かなり過小評価していた。

席に戻ってきたルキィはドレッシングまるまる一本を皿にぶっかけると箸をかまえた。

レストラン内の人間全ての視線が今やルキィ一人に集中していた。

我に返ったウェイターの一人がツカツカと近寄ってきた。

すこし引きつった笑顔でルキィに声をかけようとした。


「あの、お客様。そのような……」

「いただきまーす」


凄まじい勢いで消えていく山盛りサラダの迫力にウェイターが沈黙した。

ものの十秒で空になった大皿を前に誰もが言葉を失った。


「……ふふふ、おかわりおかわり♪あ、なにかご用でしたか?」

「いいえ、なんでも……ございません」


戦う術もなくウェイターは敗退した。

いただきます、の一声からまだ一分間も経ってはいない。

この間、弾太郎も硬直したままだ。

そしてレストラン創建以来の伝説が始まった。


「ま、マネージャー……大変です」


蒼白な顔で事務室に入ってきたのは初老の料理長。

昼夜の厨房を取り仕切る、この道三十年のベテランシェフだ。


「どうしたのかね、千石シェフ?いや、それよりこの時間に厨房を離れてはいかんじゃないか」


レストランマネージャーは少し不機嫌になった。

今はランチタイムの最中、責任者が現場を離れてよい時間ではない。


「そ、それが、とてつもない大食いのお客様がいらして」

「ああ、また例の相撲部屋の方々か。かまわんから、十皿ほど追加したまえ」


「いえ、問題はたった一人で」

「む?ではあの大食い記録保持者のプロレスラー君か。いい宣伝になる、好きなだけ食わせろ」


「それが、お客様というのは高校生くらいのお嬢様でして」

「なんと?それはすごいな。プロレスラーより話題になりそうだ。よし、じゃんじゃん出して差し上げろ」


「そう思って今、追加で十二皿出してきたのですが……」


ドアの外でドタドタドタン!と階段を駆け上がってくる足音が聞こえた。

続いてガンッ、とドアにぶつかる音。

慌てて走ってきた誰かが転んでドアに顔面をぶつけたらしい。

ドアを開けて入ってきたのは鼻を押さえて涙目になってる見習いアルバイト君だった。


「ふぁ、ふぁいへんれす(た、大変です)」

「どうした?追加した十二皿は出したのか?」


シェフはコクコクと必死でうなずく見習い君に少し安堵した。


「これでしばらくはもつな。あれが空になる前に次の手を……」


とたんに見習い君はほとんど泣き顔でプルンプルンと首を横に振った。

シェフの顔色が見る見る真っ青に変わっていく。


「まさか?十二枚の大皿が……完食?まさか、三分ももたずに?」


シェフの膝から力が抜けていった。

その場に崩れるようにへたり込み、呆然と天井を見上げるばかりだった。

そんな彼を横目に沈黙していたマネージャーは電話に手を伸ばした。


「私だ、緊急事態発生!厨房要員は全員出動、業者にも緊急連絡を取れ!」


一連の指示を終えて受話器を置いたマネージャーの目がギラリと光った。

ギッと噛み締めた唇の端から一筋の血がにじむ。


「フレンチの鉄人とうたわれた千石シェフを倒すとはな」


悔しそうなつぶやきの後に不敵な笑みを浮かべる。


「どこの大食いチャンプか知らんが、当ブッフェレストラン・ムーサイにはまだ四天王の残り三人がいるのだ」


つかつかと窓に近づき自信にあふれた顔で静かに青空を見上げるのは叩き上げの戦士。


「中華の四千年の至宝・王大人、和食の包丁鬼・田村そしてイタリアンの天才・西藤、奴らを甘く見るなよ……」


30分後にマネージャーがレストランに足を踏み入れた時、そこには異様な興奮と異常な状況があった。

テーブルには空になった皿やカップが積み上げられ、まるで立ちならぶ墓標のようだ。

大勢いる客は誰一人席についていない。

皆、総立ちで、興奮と好奇心に満ちた視線で一点を見つめている。

マネージャーは意を決して視線の先へと歩を進めた。


「申し訳ありません、我々の力不足で……」


途中、沈痛な声が足を止めさせた。

打ちひしがれる敗残兵が四人、クラウン帽を取ってたたずんでいた。

レストラン部門四天王の面々だ。

マネージャーは穏やかに微笑み、言葉をかけた。


「君たちの責任ではない。私の見通しが甘かっただけだ。この敗北は全て私の責任だ」


再び歩き始めたマネージャーの目に、人ごみの間からテーブルについている若い二人の姿が飛び込んできた。


一見、女の子二人に見えるが人間観察に長けた目は長髪の方は若い青年だと気がついた。


(しかし兄妹には見えないな、恐らくデートの途中なのだろう)


青年の方は真っ青な顔をしているところを見ると、想定外の事態だったのだろう。

彼の前に座り、二千グラムステーキ(レア)をたて続けに口の中に押しこんでいるのは見事な赤髪の陽気な少女だ。


「ふふふ、かわいいお嬢さんじゃないか。そんな娘とデートとは、うらやましいかぎりだな……」


ステーキの最後の一枚が少女の胃袋に消えた瞬間に歓声が巻き起こった。

少女は満足げに皿をどけると、山盛りのフルーツのお盆を持ってきた。

このレストランに残っていた最後の料理だった。


「あれ?ダンタロさんはもう食べないんですか?」

「あ、うん。もう……お腹一杯なんだ」


「でも、果物も取らないと栄養バランス悪いですよ」

「そうだね。じゃあ、これをもらうよ」


青年がグレープフルーツを一切れ口に運ぶ。

それをモソモソと咀嚼し、呑みこむまでの間に他のフルーツはルキィの口の中へ消滅していた。


「さてと、次の料理が来るまで待ちましょうか。次はどんなお料理かなー?楽しみですよね」


大ジョッキに注いだミルクティーをあおりながら、少女は心弾ませて厨房に通じる出入り口を情熱的なまなざしで見つめている。


(そうか、あの少女はまだ知らないんだな。厨房は既に弾薬尽き果てて戦闘能力を失っていることを)


マネージャー自身がその事実を告げに来たのだ。

マネージャーはテーブルの脇に立ち、背筋を伸ばした。

いかなる困難な状況下にあろうともマネージャーたるもの、お客様の前で一分の隙もなく礼儀正しくなくてはならない。


「コホン……お客様、失礼致します」


声をかけられて弾太郎とルキィは顔をあげた。


「あ、どーも。この餌場……じゃなくて『れすとらん』の方ですか?」


にこやかに会釈するマネージャーにルキィは上機嫌で会釈を返した。

一方、弾太郎は真っ青な顔で黙って頭を何度も下げた。


「申し訳ないのですが、ただいま厨房の方でちょっとしたトラブルがありまして」

「まあ、一体何があったんですか?」


「いえ、大したことのない小さなトラブルなのですが」


ルキィの心配そうな表情に、動揺を見せずにマネージャーは続けた。

冷蔵庫が空っぽになり、納入業者の緊急便さえも使い切った状態を小さなトラブルと言えるかどうかは別にして。


「残念ながら本日の営業はここまでになってしまいました。お客様を満足させるまでいかなかったのは心苦しい限りですが……」

「あ、気にしなくても大丈夫です!腹八分目が健康の秘訣っていいますから」


マネージャーの眉間にピクッと血管が浮かんだ。


(あ、あれだけ食べてまだ余裕があるというのか?この可憐な少女は……まるで怪獣か?)


真実に行きついたマネージャーだが、それが正解であることに気づくにはいたらなかった。


「それじゃ、ダンタロさん。もう行きましょうか」

「そうだね……」


席を立って会計へ向かう途中、弾太郎はマネージャーに深々と頭を下げた。

レストランの従業員にも他のお客さんにも申し訳ない気持ちで一杯だった。

そんな彼の心の中を察したのだろう。マネージャーとシェフたちは微笑みつつ首を振った。


「すみません、こんなことになるなんて思ってなくて」

「お気づかいなく、貴方の責任ではありませんよ」


マネージャーの優しい言葉に涙がでそうになった。

会計を済まそうとする手が震えている。

お二人様たった三千六百円でレストランが営業不能に追いこまれるとは……


「またのお越しをお待ちしております」


言葉にするのもつらい一言をマネージャーはよどみなく言い切った。

心中を一切表情に出すことない態度はプロとしても賞賛に値するものだった。

それでも……


「ハイ!また来ます!」


それでも元気いいルキィの返事に頬が引きつったのは見なかったことにすべきだろう。

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