初出動(現行犯確保)
「ルキィさん、二、三秒でいい。そいつの注意を引いてて!」
「は?ハイッ!」
何をするつもりなのかはルキィにはわからなかったが、それでも指示には従った。
威力のないパンチを必死に繰り出すが、まるで関節のないようなユラユラした動きでかわされてしまう。
「無駄だよーん、そんなヘロヘロパンチ。あきらめておにーちゃんといいコトしよ?」
ポケケノの目が鋭く光った。
背後からプシュッというかすかな物音が聞こえたからだ。
振り向きもせず首そらせて急速接近してくる何かをかわす。その何かは首筋をかすめて通りすぎていった。
どうやらワイヤーらしきものの先端にジェット推進器をつけて飛ばしてきたらしい。
「なんだあ?攻撃がきたと思ったら。ただのウインチじゃねーか」
ポケケノの言葉のとおりそれは機材の運搬に使うウインチで、仮に命中したとしても怪獣を倒せるような威力などない。
しかも完全に的を外れてしまった。
「アホか?こんなモンで俺様をふん縛るつもりだったかぁ?」
ワイヤー自体は十万トン級の怪獣でも吊り下げる強度がある。
おそらく不意をついてポケケノに隙をつくり、ルキィにワイヤーを使わせてポケケノを縛り上げさせる、そんな作戦だったのだろうが……。
「ワイヤー引き戻し!えっと、機体傾斜二十五度!右旋回しつつ急上昇!」
この時、弾太郎の見せた操縦は素早いものだった。
落第スレスレで実技試験を通過したパイロットとは思えないほどだ。
急激な機体の運動に引きずられるようにワイヤーはたわみ、うねり、螺旋を描いて引き戻された。
「ななななな?なんだぁ!」
何が何だかわからないうちにワイヤーはポケケノの首に巻きついた。
へたくそなダンスのステップのようなワイヤーの動きについていけず、避けることができなかった。
「やった!エンジン出力最大で上昇!」
ワイヤーを外す余裕をポケケノに与えなかった。
うずしお丸の上昇でワイヤーは首に食い込み締め上げた。
「ウグググ!ぐ、ぐるじい……」
絞首刑状態になったポケケノの赤い顔が紫色に変わっていく。
ワイヤーを緩めようと後ろ足で立ちあがり、それでもなお足りずに背伸びして持ちこたえるのがやっとだ。
しかもその結果、組み伏せられていたルキィは解放された。
「よし、このまま高度を上げれば……」
高度を上げれば?ワイヤーは一層深く首に食い込み、そして……ポケケノの首を切断……弾太郎は上昇を止めた。
「さすがに殺しちゃうのはマズいか。高度このまま。ルキィさん、大丈夫……ウワワッ?」
苦しがって暴れるポケケノに引きずられ、機体が激しく揺れ出した。
あやうく操縦席から放り出されそうになる弾太郎の頭上で、警告ランプが真っ赤に輝いてブザーがけたたましく鳴り出した。
コンピュータ音声が『三十秒以内ニ墜落シマス』などととんでもないことをいいだす始末だ。
「ダンタロさん、助かりました。ありがと……」
地上ではルキィが身を起こしかけたところだった。
だが、今にも墜落しそうなうずしお丸の姿にギョッとした。
「今度はこっちを助けてくれ!このままじゃ墜落しちゃう!」
「ハイッ!」
ルキィの行動は素早かった。
片手でポケケノの顎をつかみ、片足でポケケノの足の甲を踏んづけて固定した。
「フグッ?フグッ!」
宙ぶらりんの状態で体を固定されたポケケノが目を白黒させている。
そのみぞおちを狙ってルキィは掌底を叩きこんだ。
ズドン……砲撃のような重い音が響いた。
ポケケノの細身の体が何度も波打ち、暴れるのが止まった。
ルキィは顔を上げて、上空のうずしお丸の無事を確認した。
「ダンタロさん、ワイヤーを外してあげてください」
「了解……」
磁力固定されていたワイヤーが外されると、ポケケノは膝をついた。
顔は引きつり真っ青だ。
「グ、グッグ……グェェェ……」
口から透明な液体が溢れ出した。
タンク数杯分はありそうな液体はコンビナート中に広がっていった。
浴びるほど呑んでいたアルコールを全て吐いてしまったようだ。
「くそ、なんて酷いことしやがる……!」
それ以上はしゃべることも吼えることもできなかった。
ルキィが顔面をつかんで口を動かなくしてしまったのだ。
「よくも、よくも……よくもやってくれましたね。おじさん、じゃなくて『おにいさん』?」
ルキィは笑っていた。
市民を守る銀パト隊員たるものどんな時でも笑顔を心掛けなければならない。
たとえそれが見た全員を卒倒させかねない、殺気に満ち溢れた恐ろしいスマイルであってもだ。
「ムグムググッ?」
怯えるポケケノの耳にミチッと嫌な音がした。
おのれの頭蓋骨が歪む音だ。
脳味噌が潰れそうな激痛にも声も出せない。
(Vこのままじゃ殺される?)
命の危険を感じて必死で腕を引き剥がそうとするが、パワーの差が圧倒的だった。
「ちょっと、ルキィさん。乱暴は……」
かなりビビリ気味の弾太郎の方をルキィは見上げてニカッと笑った。
弾太郎はそれ以上は何も言えなかった。
作り笑いの上に目だけ全然笑ってないのが、マジで恐くて言葉が続けられなかった。
ブゥン。
ルキィは推定重量四万トン強のポケケノを軽々と片手で持ち上げ、振りまわした。
竜巻のような突風が巻き起こり、重いコンクリート片さえ宙に舞いあがった。
何度も振りまわされて目を回したポケケノを、野球のピッチングフォームみたいな投げ方で海に向かって投げ飛ばした。
「ヒィ―――――ッ」
情けない悲鳴を上げてポケケノは海面スレスレを飛んでいった。
途中で何度も海面に頭や背中をぶつけては悲鳴を上げなおし、最後に水柱を上げて頭から海に突っ伏した。
「ゲボッ、ゲボッ!おい、アンタいくらなんでもやりすぎって……」
肺に入った海水にむせながら、ひとこと抗議しようと陸の方を見て、恐怖のあまり言葉が出なくなった。
ルキィが笑いながら、悪魔でも逃げ出すような恐い笑顔で、こちらに狙いをつけていた。
その半開きの口の中に赤い強烈な光が灯るのを見た。
「ダンタロさん、コンビナート内では火気厳禁なんですよね?」
「……そ、そうだけど」
「なら海上なら火を使っても問題なしですよね?」
「い、いや、やっぱりやめといた方がいいと……」
「問題なしですよね?」
「……う」
彼女を止めることはできなかった。
下手なことをいえばこっちに飛び火しそうだった。
(ごめん、ポケケノさんとやら。死ぬことはないと思うから安心してくれ……多分)
弾太郎は心の中で気の毒な酔っ払い怪獣に謝った。
その間にもルキィの口の中は高温の炎が渦を巻き始めた。
「出るかな、あの娘の父親の直伝の得意技が」
テレビ画面を見ながら海人は小さく呟いた。
ブラウン管の中のルキィの口から間欠泉のように赤い炎が吹き出した。
「三千度のプラズマ火炎放射……直撃くらえばあのポケケノとかいう奴、骨も残らんな」
ルキィの口から飛び出した炎の塊は海面をかすめて突進した。
通りすぎた一瞬で触れてもいない海水が沸騰し、火線に沿って湯気が濛々とたちのぼった。
絶体絶命の業火を前に、哀れなポケケノは腰が抜けて座りこんだままだ。
「た、たすけて……」
もう逃げ切れないのは確実だった。
あと一秒もかからずにポケケノは灼熱の炎に包まれてケシ炭と化すだろう。
「たすけて、おかーちゃん!パルカノ……」
出し抜けに炎が止まった、鼻先を焦がすほどスレスレの位置で。
硬直したポケケノの前で静かに燃えていた炎が海風に吹き散らされて消えた。
呆けた顔を上げると機嫌よさそうなルキィの笑顔が見えた。
「びっくりしました?」
「は……はい、とてもびっくりしました」
「いくらなんでも本気で撃つはずないでしょ、酔っ払いのおじさん?」
「はぁ……そーですね」
悪戯っぽく話しかける声に呆けた返事を返すのがやっとだった。
あの世行き寸前の恐怖と助かったという安堵でポケケノは腰を抜かしていた。
「では、公共物破損と窃盗の現行犯であなたを逮捕させてもらいます。もう抵抗しちゃダメですよ?」
「……わかりました、ごめんなさい、もうしません」




